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必要ないんじゃねぇの?

1 :MS15:02/12/06 09:30 ID:bA85V8dN
新垣○○って本当にモー娘。に必要なんですかねぇ?
どっからどう見てもきmoいんですけど・・・
そして昨日テレビに出てたけどなっちの髪型がゴマキになってたじゃん!
ライバルがいなくなったのはわかるけどさぁ・・・なんか・・・ね

2 :名無し募集中。。。:02/12/06 09:31 ID:keEUzrJH


3 :名無し募集中。。。:02/12/06 09:32 ID:mMPw6DA9
ぬぃ

4 :名無し募集中。。。:02/12/06 09:33 ID:4vtpIEOu
ダーヤス様
誕生日オメ!

5 :名無し募集中。。。:02/12/06 09:34 ID:mMPw6DA9
>>1
あえて言う。狼逝け

6 :名無し募集中。。。:02/12/06 09:35 ID:Z++w64v8
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7 :MS15:02/12/06 09:37 ID:bA85V8dN
>>2
好きなのか?新垣・・・・・(汗)

8 :http://www.sanspo.com/geino/top/gt200212/gt2002120601.html:02/12/06 09:39 ID:E86P0Jwd
コネ餓鬼

9 : 名無し場集中。。。:02/12/06 09:41 ID:4z9PnKHk
コネオタは、木もい。

10 :MS15:02/12/06 09:43 ID:bA85V8dN
ごめん・・・
新垣と入れ替えてくれ!
こっちのほうが(・∀・)イィ!!!

11 :名無し募集中。。。:02/12/06 09:44 ID:n+mKWcQU
確かに仁絵はソロで逝くべきだよな

12 :MS15:02/12/06 09:46 ID:bA85V8dN
うむ。島袋も声はいいけど顔はヤヴァイ
グラディエーションしてよかた。

13 :ねぇ、名乗って:02/12/08 17:18 ID:/qI7xT2k
.

14 :名無し募集中。。。:02/12/09 12:37 ID:O1UJZGCi
ひとえちゃん絵の才能」あるし

15 :名無し募集中。。。:02/12/09 12:40 ID:Lvq/LuAT
>>14
俺には落書きにしか見えないんだが・・・。

16 :名無し募集中。。。:02/12/15 22:12 ID:8shJir21
t

17 :名無し募集中。。。:02/12/15 22:14 ID:8shJir21
te

18 :名無し募集中。。。 :02/12/16 21:01 ID:JTDHYwXf
tes

19 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/16 22:03 ID:5xjm+tlK
「飛べない豚はただの豚だべ」一説によると、豚はちょくちょくそう言って
笑っていたそうだ。と言っても普段は村から遠く外れた一軒家に引き
篭もっていて、ほとんど人と関わりを持たなかったという。たまに酒に
酔ったりすると村におりてきて、子供っぽい目を輝かせてだれかれ構わず
空の魅力について語ったりすることもあったそうだが。

20 :連続暇潰し小説「紅の豚」 :02/12/16 22:04 ID:5xjm+tlK
豚…ここでは便宜上豚と表現させてもらうが、豚は豚と呼ばれては
いたが、実際は豚などではなくとても可愛い顔立ちをした娘だったと
いう説もある。しかし頭のかたい大人たちは決してそれを認めようと
しなかった。
様々な説が飛び交ったあげく真相はこうして闇の中、過去のはるか
かなたへ葬られた形になってしまった。誠に遺憾である。

21 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/16 22:17 ID:5xjm+tlK
豚はよく晴れた日を選んで飛行機を飛ばした。詳細や細かい形状は
不明ではあるが、現存する資料から判断するに、それは飛行機と言う
よりはむしろハンググライダーのそれに近かったという。が、無論
定かではない。とにかく豚はよく晴れた日を待っては、いそいそと家の
いちばん近くの丘に出かけて行って、飛行機を飛ばした。
例え2メートルほどで落ちてしまっても、必ず豚は笑っていたという。

22 :連続暇潰し小説「紅の豚」 :02/12/16 22:33 ID:5xjm+tlK
さて、そんな豚の評判だが、所詮は豚であり飛べるはずがない、という
意見が村では圧倒的だったといわれている。ただ、それはどこかしら
曖昧な意見だったという。例えば誰かが豚について口にする。すると
聞いている誰かはまず貶す。「飛べるはずがねぇよ」「豚だしな」などと
いうおきまりの会話が繰り広げられる。誰かがまた声をひそめていう。
「でも、もし飛べたらどうするよ」
一瞬の沈黙のあと、言った方も言われた方もある種のきまりわるさを
おぼえる。「もし、飛べたら…」これに対しての返答は誰もできなかった。
そして最後は決まって酔っ払った勢いで笑い飛ばされたという。


23 :連続暇潰し小説「紅の豚」 :02/12/16 22:35 ID:5xjm+tlK
豚に対しての村人達の評判は、必ずしも悪いものばかりではなかった。
むしろ村外れにひとりぼっちで篭る豚に対して、同情的な声も少なからず
あったとされている。しかし、狭い村の中では空を飛ぼうとするような
存在というのは明らかに場違いであって、そのせいか豚には様々な
敵がいたようだ。さて、その中で飯田圭織という名前が出て来る。
これは都会の方へ進学して、優秀な成績を修めて帰ってきた学生
だったが、何故か豚に対して非常に厳しい態度をとっていたという。

24 :連続暇潰し小説「紅の豚」 :02/12/16 22:40 ID:5xjm+tlK
ところで学生と豚の関係についてだが、正確なところは実は伝えられて
いない。一般的には学生の方から豚に対して異様なまでのライバル
意識を抱いていた、とされている。しかしこれにも諸説あり、ただの
幼馴染であったという説もあり、同じ病院の同じ病室で生まれた中だ、
という噂もながれていた。むろん真相は闇の中である。ちなみに学生は
豚のことを豚を呼ばず、「なっち」と呼んでいたらしい。

25 :名無し募集中。。。 :02/12/16 22:56 ID:5awksuKe
あほ。

26 :連続暇潰し小説「紅の豚」 :02/12/16 23:06 ID:5xjm+tlK
あほとか言わないで、切なくなるから

27 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/16 23:34 ID:5xjm+tlK
さて、ここでひとつのエピソードを紹介しておく。学生が学校を卒業して、村に
帰ってきたばかりの頃、彼女はなぜか豚に対して異様なまでの興味を燃やし
はじめたそうだ。それも急に、である。彼女は村中誰かれかまわず豚について
訪ねまわった。なっちはどうやって飛ぼうとしてるのか、はたして飛べそうなのか、
そして、なぜ飛ぼうとしているのか──村中の誰に聞いても正確なところは
わからなかったため、彼女は二日ほど後、意を決して出向いたという。

28 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/16 23:40 ID:5xjm+tlK
その二人(?)の、久し振りの再会の様子については、村の日誌がおぼろげ
ながら触れていた。なんでも学生の訪問を豚はとても喜んだという。嬉しそうに
「ひさぶりだべカオリ」という言葉を向けた豚に対して、しかし学生はあくまで
無表情で、むしろ不機嫌そうに接したとされている。

29 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/17 01:08 ID:A1HGKXBi
その後、小一時間ほど学生は豚に対して質問を浴びせたらしい。しかし
それはかなりちぐはぐなものに終わったとされている。少なくとも学生が望んで
いたような、高等な議論には成り得なかったようだ。その内の一つ、学生が
「なっちって流体力学の知識とかあんの」というような質問を豚にぶつけた
ところ、帰ってきた返事は「なんだべ、それ」という一種間の抜けた返答
だったという。

30 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/17 01:17 ID:A1HGKXBi
ちなみにそれを聞いた学生は、村に帰ると嘲るようにそのことを触れ回り
村中に対し「あんなのが飛べるはずないじゃん」と語ったそうだ。むろん豚は
そんなことが言われているとはつゆ知らず、それからもただ晴れた日を選んでは
飛行機を飛ばすだけだった。学生はしばらくの間豚を罵倒し続けていたが、
やがてある日を境にぷっつりと豚の名前を口にするのもやめてしまい、ついには
ある朝村人のほとんどに気付かれないようにしてその姿を消してしまった。

31 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/17 01:24 ID:A1HGKXBi
さて、次に登場するのはこの物語にある種重要な役割を果たしていると
思われる一人の少女である。彼女のフルネームは未だ判明していないが、
現存する彼女の手記や、後述するが豚の残した日記と思われる古ぼけた
ノートより「辻」「のの」「ののちゃん」という固有名詞が頻繁に登場したことから
彼女が辻、という苗字であり、ののというあだ名だと言うのが見て取れる。
ここでは便宜上、「ののたん」と記述させていただく。

32 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/17 01:28 ID:A1HGKXBi
ののたんに関して言うなら、フルネーム以外にも謎が多く、例えば豚との関係
のみに絞っても、親交がいつ始まったのか、はたしてそれは何故なのか、など
色々なことが謎に包まれている。その辺を詳しく知ろうと思い、村唯一の
生き残りであり先日にしてめでたく齢160歳の誕生日を迎えた保田圭こと
通称「保田ばあちゃん」に尋ねた所「………だれだっけ」という返事を
質問から1時間後にいただいた。
とりあえずご健在をうれしく思う。

33 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/17 01:32 ID:A1HGKXBi
さて、前述したののたんの手記だが、これは日記調の文章に
抽象的なイラストがつけられたもので、端的に一日の移り変わりを
表した名文として学会を揺るがしたりもした。またそのほとんどが
一種特殊なひらがなで書かれていたため、判読も難解だった。
以下、手記の内容の一部を記しておく。「…8月12日、はれ。
あつかった。8月13日、はれ。あつかった。8月14日、はれ…」
ところどころ「プールにいった」「あいぼんとあそんだ」などという記述が
あるほかはだいたい全てがこの調子だった。ちなみにこれが記された
年の夏は、7月から9月にかけてずっと晴れていたようだ。
とても今では考えられないことである。

34 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/18 02:54 ID:5ngeqCW2
そんなののたんと、豚との関係は非常に研究者を悩ませた。
資料などから察するに、明るく人好きのする性格だったと思われる
ののたんと、人を避けるように暮らしていた豚との間にどういった接点が
あったのかは知らないが、驚くべきことにここには固い、それもかなり
強い友情が生まれていたとされている。

35 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/18 02:55 ID:5ngeqCW2
ただやはりこれに対しても研究者によって諸説分かれており、ののたんの
存在自体が不透明なそれであるために全くの事実無根だと主張する
向きもあれば、友情ではなく愛情だと主張する説も少数派だが存在する。
総合的に判断すれば年の離れた姉妹という位置付けが一番正しい
ような気がするが、ともあれ非常に仲がよかったという解釈に間違いは
ないだろう、と思われる。

36 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/18 03:25 ID:5ngeqCW2
さて、豚研究者によって「空白の一日」と称され、結局のところ今も様々な
謎につつまれたままの、ある一日について触れたいと思う。これは豚が
初めて長距離の飛行にチャレンジしたとされる一種の記念日であり、そして
ずっと独りだった豚が、はじめてののたんを乗せて飛んだ日でもある。また、
…悲しむべきことだが、その命日でもある。

37 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/18 03:26 ID:5ngeqCW2
それまで豚は丘から飛行機を飛ばすことはあっても、本格的なフライトに
関しては驚、くべき慎重さをもってこれを避けていた。丘から自らの家まで
(それは1キロもなかったと思われる)、飛ぶと言うよりはただ単に気流に
乗って降りて行く、というような感じで試行を続けていた。

38 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/18 03:31 ID:5ngeqCW2
ちなみにその日の天候だが、なにぶんにも昔の話なので、気象庁にも
確実なデータは残っていなかったそうだ。だから断言はできないとのことだが
それでも熱心な担当者の方がいて、当時の気象状況と照らし合わせる
など、随分尽力をしていただいたらしい。
その結果「その日は雨、少なくとも、晴れてはいなかった」という確信に
満ちた回答をいただいた。
非公式な回答ではあるが、あるいはひどい嵐であったとも言われている。

39 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/18 03:32 ID:5ngeqCW2
ここで研究者たちを悩ませたのは「なぜ、豚はその日を選んだのか?」
という疑問である。前述のとおり豚は晴れた日、それもよく晴れた日で
ないと飛行機を飛ばさなかった。本人の無頓着な性格に反してそれは
かなり神経質に吟味されたといわれている。
そして…これは仮定の話になってしまうが…例えばそれがよく晴れた日で
あったなら、飛行は成功をおさめたかもしれなかったのに、だ。

40 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/18 03:53 ID:5ngeqCW2
そう、豚には専門の知識などまるでなかったが、それでも試行と改良を
重ねるにつれ、なっち四号はどんどん飛行機の形を成してきていた。
(ちなみに、なっち四号とは豚が自らの機に命名したものであり
 一号〜三号の存在は未だもって確認されていない)
プロペラの形などは近代のそれに比べても決して遜色はなかったし
翼の形状にしても荒削りでこそあるが空気抵抗をしっかりと意識した
ものになっていたという。
もしかすると、ただ飛ぶだけではなく、長時間のフライトに耐えられるまでに
成長していたかもしれない。そしてそれはおそらく、豚も自覚していただろう。

にもかかわらず、豚は飛んだ。雨の日に、未完成の機体で。

41 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/18 04:29 ID:5ngeqCW2
述べた通り我々はその理由について、そしてこの「空白の一日」について
なんら語るべき言葉を持たない。豚は死んだ。豚の家があったと言われて
いる場所から、およそ10キロほど離れた地点に墜落して。
ちなみに大破した機体は今でも重要文化財として保護されていて、今日
でもその痕跡を見ることが出来る。長年にわたる腐食とサビでどす黒い赤に
染まったその機体は、地元住民からは「紅のなっち四号」という愛称で今でも
親しまれていると言う、というコメントを地元役場からいただいた。

42 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/18 04:34 ID:5ngeqCW2
昔のこととはいえ、様々な事実が謎のままであることは、かえすがえすも
残念であり、ののたんや学生と言った関係者の存在や、それにまつわる
不透明なエピソード達はなんの脈絡も持たずに我々をただ惑わすだけで
ある。
ただひとつ言えるのは、豚はとても空を愛していたこと。
自筆の日記と思われる、一冊の古いノートでは、その溢れるばかりの空に
対しての思いがつづられていた。

43 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/18 04:38 ID:5ngeqCW2
ちなみにこのノートはあちこち空白があったり落書きがあったり書かれた
ものが上から何重にも塗りつぶされて読めなかったりと言った、まぁ
こう言った個人的な手記に付き物の様々な弊害のせいで、内容が
判読できるのはそのごく一部でしかない。
以下、その内容を出来る限り記すことにする。

44 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 03:27 ID:FQ22wk+z
──────────────────────────────

…今日は朝からののちゃんが来た
なっちがののちゃんのおかげで最近食べるものがないべ、なっち痩せたよって
言ったら、「てへてへ」って言われた、そのあと二人でご飯作った
明日はきっと晴れる、したらひさぶりに飛べるっしょ、なっち嬉しいよ

45 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 03:29 ID:FQ22wk+z

今日はかなり調子よかった、着地も相当うまくいったべさ
ののちゃんはとても嬉しそうだった、なっちも嬉しかったよ
どうだったって何度も聞かれたから、笑ってごまかしといたべ
なんだか照れくさかったよなっちは
いつかはののちゃんも乗せて飛べるようになりたいっしょ

46 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 03:31 ID:Q9D2Rv/K

今日は雨、ののちゃんも来なかった、なっちなんだか一日中眠かったよ
翼をもっと大きくしないと、圭ちゃんとこから材料またもらっとくさ

めずらしくカオリが来たと思ったら、村を出てくことにしたって
なんでって聞いたけど教えてくれなかった、ゴメンねって言われた
謝られても困るっしょ、だけどカオリなまら真剣な顔してたべ
何て言っていいのかなっちわからなかった
前に来た時とは随分違う感じだったよ、またどこかで会えるって信じてるベさ

47 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 03:50 ID:F9nbY8dQ

ののちゃんに飛行機乗りたいって言われた、なっちもちろんことわったよ
まだまだ人なんて乗せていいレベルじゃないべ四号は、危険だからだめって
説明したんだけど、ちょっとしたらまた「それでもやっぱり乗りたい」って言われたべ
もうちょっとわかりやすい説明しようと思って、なんかいろいろと考えてたら
カオリに空飛ぶのを反対された理由が、なっちちょっとだけ分かった気がしたよ

48 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 03:51 ID:F9nbY8dQ

今日は雨だった、なっち一日中考えてたよ、なっちなんで飛ぼうとしてるんだろうって

49 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 04:17 ID:Wrg8LixE

ののちゃんと喧嘩した。なっち別に意地悪で乗っけないわけじゃないって
説明したんだけど、どうしても聞いてくれないもんだからちょっと怒鳴っちゃったよ
でも泣いてる顔見たら、なんかなっちが悪いことしたような気分になった
今日はなんだか切ないべ、ご飯食ったらすぐ寝ることにするっしょ

50 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 04:18 ID:Wrg8LixE

今日は晴れたけど、なんだか飛ぶ気がしなかった
丘から降りるだけじゃ物足りないよ、なっち空まで行きたいな
青い空、きっと風もさらさらしてるような気がするよ
ののちゃんは来なかった
──────────────────────────────

51 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 04:55 ID:c6YV3//n
──────────────────────────────
あぁ、ダメだべ、なっち最近イヤなことばっかり考えてる
読み返すだけで気分が悪いから消すことにするよ


…いつかカオリが言ってた通り、なっち落っこって、死ぬかもしれない
だけど飛ぶのは諦めきれないよ、なっちどうしたらいいんだろう
四号はきっともう完成するよ、あとプロペラを替えるだけだべ
怖いからパラシュートを乗せる事にしたよ、早速明日から作るべさ

52 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 04:58 ID:ALllsK4R

ヒサブリに村に行ったべさ、ののちゃんにはまた会えなかったけど
風邪じゃしょうがないべ、なんかお見舞い持ってけばよかった
それにしても姉妹とは思えないくらいけったいな化粧だべ、なっち不思議だよ
帰り道は雪で歩くのも大変だったよ、ののちゃんはだいじょぶだべか

53 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 04:58 ID:ALllsK4R

今日はずっと雪かき、明日までに終わるといいっしょ
最近天気よくないから飛べなくて寂しいべさ
もっと高く、雲の上まで届くくらい飛びたい、空から見えるあの丘はどんな風だろう
もしかなうんならなっち、その瞬間に死んだって構わないくらいだよ

54 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 05:07 ID:AMpUlJtr

はじめて丘から家まで飛べた、着地もかなりうまくいったべさ
プロペラと翼を替えただけで、風が吹いてもそんなに揺れなくなったよ
ただやっぱりまだ、高いところには行けないみたいだべ、空はまだまだ!
カオリがくれた本は難しいけど、ためになる、だけどなっちやっぱり本は苦手だよ


55 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 05:08 ID:AMpUlJtr

ののちゃんはもうずっと来ないけど、よく考えたらなっちはずっとひとりだったよ
いまさら気にすることもないべ、さみしいとか考えるからおかしくなるっしょ
風邪は治っただろうし、そろそろ遊びにくるべさ、どうせ

またプロペラを替えた、四号はなんだか最近見違えてきた気がするよ
もう少ししたら空、飛べるかも、なっち頑張るよ
──────────────────────────────

56 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 05:09 ID:AMpUlJtr

──────────────────────────────
日記つけるのもヒサブリだべ、ずっと四号にかかりきりだったべさ
丘から家までならもう当たり前に行ったり来たり出来るようになったべ
次に晴れたら、いちかばちか町まで飛んでみるっしょ
みんなきっとびっくりするっしょ、楽しみだべ

57 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/19 05:10 ID:AMpUlJtr



 ダメだ、なっち怖くて飛べないよ…
──────────────────────────────

58 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/20 03:58 ID:FQb0KDdS
レポートは以上だ。はたして資料不足で不透明なままに終わってしまった
研究は、しかしこれ以上続ける術を持たない現状では諦めるより仕方が
ないだろう。空白の一日は空白のままに終わってしまった。誠に遺憾である。

願わくば、その初飛行が──失敗したとは言え──すばらしいものであった
ことを祈りつつ、この駄文はここで終了させていただく。





59 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/20 03:59 ID:FQb0KDdS
「紅の豚」

60 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/20 04:04 ID:FQb0KDdS

飯田圭織は失望していた。村はなに一つ変わっていなかった。ちいさな頃、夢中に
なって飛びつくようによじ登った木や、時間も忘れて遊びまわった公園すらも。それが
彼女は気に入らなかった。すべてが小さく、狭く、色褪せて感じられた。心が締めつけ
られるような失望を、堪えるようにして彼女は村を歩いた。町ですごした長い月日は
彼女の外見をほとんど別人のように変えていた。村人たちは彼女とすれ違う度に
まるで異人を見るような目をするのだった。彼女にとっては何もかもが腹立たしく
そして物足りなかった。
久し振りの帰郷は、それを楽しみにしていた彼女をひどく落胆させる形で始まった。


61 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/20 04:12 ID:FQb0KDdS

──帰ってこなけりゃよかった、かも。
胸の中でひとりごちる彼女を、なつかしい風景が迎えた。彼女にとってはその全てが
──まるで草の匂いや、空を走る雲さえも──吐き気のするほど見なれた風景。
子供の頃の自分が夢中になって駆け回ったはずの、小さな庭。
近所でいちばん綺麗だと自慢だったはずの、古ぼけた屋根。

彼女は無言で自宅の扉を開いた。一声ののち、駆け寄ってくる足音が彼女を迎えた。


62 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/20 04:51 ID:FQb0KDdS

どうしたの、連絡もなしにいきなり。学校はどうだったの。勉強は。町ではどうだった。
ねぇ、あんた随分痩せたんじゃない、ちゃんと食べてたの。ねぇ、疲れてないかい…?

どうしてそんなによく喋れるんだろう。忙しなく回る母親の口をぼんやりと見つめながら
彼女はふと、そんなことを思ったりもした。同時に不思議な気持ちになるのだった。
だって、ずっとずっと会いたかったはずじゃない?なのに。そう自分に問い掛けたりも
しながら、彼女の心もおなじくらい忙しなく回っていた。
心のどこかが醒めている。あいづちを打つのだって面倒に感じている。そんな風に思う
自分がいることを、しかし彼女は恥じた。

お父さんがね、もうすぐ帰ってくると思うんだけど、あんた連絡しないから全然。
きっと喜ぶよ、あぁそうそう、伝えないとみんなに。それにしてもお母さん嬉しいよ…


63 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/20 05:00 ID:FQb0KDdS

狭い村に、彼女の帰郷はすぐに広まった。都会の大学を出て帰ってきた、いわば
「秀才」。村人たちは興味半分であれこれ噂をした。その中ではいくつかの罪のない
陰口の類いも、冗談混じりで吐き出された。彼女の家族や、旧友たちはあたたかく
彼女を迎えた。そうして、彼女にはその全てが物足りなかった。

──何が足りないんだろう?
歓迎会と称して、ささやかに催された宴会には、知らない顔もいくつか混じっていた。
覚えていないだけなのかもしれなかった。そしてどちらでもよかった。作り笑顔に疲れた
彼女は、頃合をみはからってそっとその場を抜け出した。


64 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/21 03:25 ID:tILY4Eph

広間の喧騒からは大分はなれた、庭に面した渡り廊下を、彼女は一人で歩いていた。
さまざまなことに思いをめぐらせながら。ひとつひとつのことを、ゆっくりと考えるのが彼女の
性格だった。脈絡のない考えの渦をしずかな所に持ちかえって、自分なりに整理する
作業は、いちばん彼女に合っていた。
立ち止まって、廊下から庭にかけてゆっくりと足を下ろすと、彼女は考え事をはじめた。


65 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/21 03:41 ID:tILY4Eph

夜風が庭の草木を揺らして、柔らかい音を立てた。窓からささやかに漏れてくる
灯りを背に、彼女は夜の暗やみをじっと、眺めていた。誰かがみたらただ、ぼぅっと
しているようにしか見えなかったことだろう。
考えなくてはいけないことがあった。村のこと、家族のこと、そして。山ほど積み重なった
「考えなくてはいけないこと」の存在はときどき、彼女に時間がいくらあっても足りない
ような気分を感じさせる時があった。



66 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/21 03:48 ID:tILY4Eph

「…オリ、カオリ」
どれくらいそのままでいたのだろう。彼女は最初、自分が呼ばれていることにまったく
気付いていなかった。声はしびれを切らしたように続いた。
「カオリ!」
「…え?」
「あ、気付いた。…あんまり動かないんで、寝てんのかと思ったよ」
そう言って苦笑いする友人の顔を、彼女はまじまじと見つめた。
「あ──」


67 :名無し募集中。。。:02/12/21 11:54 ID:cdaxzYN8
読んでます。頑張って下さい。

68 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/21 23:49 ID:Q3OfPUai

「うわぁ、またぼーっとしてたのかよ、変わってないねぇ」
しみじみとそう答える旧友を、彼女はしっかりと覚えていた。保田圭、それは
いちばん、というわけではないが、彼女にとっては大切な親友の名前だった。
「圭ちゃんかぁ!」
「おぉ、よかった、実は忘れられてたらどうしようかと思った」
「忘れるわけ、ないじゃん」
「いや、カオはわかんないからねぇ…」
微笑みとともにかわされた、そんなやりとりの後、二人は並ぶようにして廊下に
座った。そうして彼女はすこしだけ、気分が軽くなるのを感じた。


69 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/22 00:00 ID:LAsucyYL

二人はさまざまな話をした。積もる話はともすれば、永遠につきないのでは
ないかと思われるくらい、次から次へととめどなく続いた。無論その中で二人は
全てを語り尽くしたわけではなかった。近況報告の中には、いくつかあいまいに
ぼかさなければならない性質のものもあったりした。それでも彼女は楽しんでいた。
「ところでさ、なっちはどうしてんの」
なにげなく、そんな言葉を口にするまでは。


70 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/22 02:16 ID:LAsucyYL

保田の表情がすこしだけ曇った。もっともそれは一瞬だけで、すぐに普通の顔に
戻ってはいたけれど、ちょっとした違和感のようなものは隠し切れていなかった。
「…ねぇ、教えて」
飯田は続けて聞いた。なんとなく気になった、というのもその理由だが、彼女に
とっては幼馴染である以上に、一種特別な存在であった「なっち」。その消息を
尋ねないのは、どう考えても不自然なことだと、彼女には感じられた。それに。
例え気まずい雰囲気を感じても、それをごまかす術を彼女は心得ていなかった。


71 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/22 22:50 ID:LAsucyYL

「あのね、カオリ」
驚かないでね、そう前置きすると、保田はとつとつと語り始めた。前置きどおり
まったくそれは驚くべき話だったのだが、彼女は口をはさむでもなく、ただじっと
隣に座ったまま、時折うつむいたり、首をかしげたりしながら、最初から最後まで
おとなしく聞いていた。話が終わって、保田が最後に言葉を切っても、しばらくは
黙っていたくらいだった。
彼女の頭の中で、聞いたばかりの話がぐるぐると回っていた。彼女にとって
「なっち」と聞いて思い出すイメージは、明るくて笑っていて、みんなにとても
可愛がられていて、愛されていて、全ての人間を惹きつけるような、そんな
イメージしかなかった。


72 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/22 22:51 ID:LAsucyYL

彼女が町へ行ってすぐに、他所からひとりの男が来たこと。なっちが、その男と
深い仲になってしまったこと。狭い村で、それが村人の逆鱗に触れてしまった
こと。家族と、村人と、なっちと、男との軋轢、そして男が不意に姿を消してから
村外れに今はもう独りで暮らしていること──
彼女にとっては何もかもが、不思議でしかたなかった。
あれほど愛されてたなっちが、なんでそんな風になっちゃったんだろ。そんな
疑問が、頭を駆け巡るのだが、しかし同時に彼女はすこし疲れてもいた。


73 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/22 22:52 ID:LAsucyYL

「あぁ…」
やがて、ひとつ溜息のようなものを漏らすと、彼女は立ちあがった。
「圭ちゃん、ごめん。あたし疲れたから寝るわ」
えっ、というような声を、彼女はもう聞いていなかった。


74 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/22 23:00 ID:LAsucyYL

実際、彼女は保田のそばを離れると、広間に戻って客におざなりなあいさつを
して、それから部屋に戻ってすぐに寝てしまった。そういった態度は通常あまり
村では許されるものではなかったのだけれど、しかし彼女の疲れきった表情と
なにやら…真剣な眼差しが、保田をふくむ、その場にいる人間全てに一種の
妙な説得力をあたえた。こうして、彼女の帰郷一日目は終わりを告げた。


75 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 06:01 ID:hIhhbusX
それから二日ほど経った、よく晴れた昼のこと。村外れの山へとつながる道を
彼女は歩いていた。向こうに広がる丘や、一面を黄昏色に染めた山、それらは
荒れていた彼女の心をさらに軋ませた。雄大な秋の自然は、妙な詩的さを兼ね
備えていて、まったく物悲しい風景に映った。事実、彼女にとってそういう感情は
邪魔なものであったにちがいなかった。


76 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 06:08 ID:hIhhbusX
麓にさしかかった辺りで、道はすこしだけ開けた。そこには一軒のちいさな家が
ひっそりとしたたたずまいで建っていた。目指す場所に着いたことを知って
彼女はすこし歩調を緩めた。
ちゃりん、ちゃりんというような音が聞こえて、彼女はそちらに顔を向けた。家の
脇にある井戸で、誰かが水を汲んでいた。陽射しがその前髪だけを照らしていた。
ゆっくりとした足取りで、彼女は近づいていった。

77 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 06:23 ID:hIhhbusX

落ち葉を踏む音から、来客に気付いたのだろう、家の主は顔をあげた。そしてその
驚いた顔はつぎに、いかにも信じられないと言った感じの、歓喜の表情につつまれた。
「ひさぶりだべ、カオリ」
彼女は答えるように、ちょっとだけ手をあげた。


78 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 17:44 ID:hIhhbusX

秋も終わりの頃という、時期の割には暖かかった。二人は家に入らずにそのまま
井戸のあたりに座った。まだ驚いているのだろう、何を言っていいかわからない
旧友の様子を見てとって、飯田はすこしためらった。彼女自身、何を言っていいか
わからなかったからだ。「ほんとひさしぶり、だよね」
やっとのことそれだけ言った。
「ところで、どしたんだべ今日はわざわざ」
単純な質問に、彼女はぐっと言葉に詰まった。訪問の理由を彼女は用意して
いなかった。同時に、帰郷からの二日間が彼女の頭をかけめぐった。


79 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 17:48 ID:hIhhbusX

「なっち」の評判は、ひどいものだった。飯田は二日の間、会った人のほとんどに
「なっち」のことを聞いた。皆は必ずと言っていいほどはじめは壁を作るようにして
直接的にはその話題を避けていた。しかし、いざ何かのはずみでその壁が崩れるや
いなや、堰を切ったように喋り出すのだった…それも、罵詈雑言のたぐいを。


80 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 17:50 ID:hIhhbusX

彼女はしばしば口をはさんで話を中断させた。例えば彼女には、「豚」というのが
誰のことを指すのかが全くわからなかった。「えぇと、なっちの話だよね?」そう
言って念を押して、向こうが頷いても、それでもどこか釈然としないままだった。
彼女は話を聞き終わり、保田の言ったことが大袈裟どころか、実は非常に控え目な
ものであったことに気付くが、それでも見えない何がが胸の奥でひっかかっている
のを感じて、また新たな人に聞く。その繰り返しを二日間、演じた。


81 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 17:59 ID:hIhhbusX

彼女にとっての「なっち」は明るくて、愛されてる少女のいわば代表のようなもの
であった、あるいは象徴と言ってもよかったかもしれない。彼女にとっての「なっち」
とは、単なる旧友のそれではなく、一種特別な存在だった。
ちいさな頃、お菓子を余分にもらっていた「なっち」。親や、先生や、大人は皆
小さなことでも「なっち」を褒めた。可愛がられる「なっち」。何故か空を飛ぼうと
している「なっち」。そして村人に「豚」呼ばわりされる「なっち」…。
彼女は、いつしかひどく混乱していた。そうして気が付けば山道を辿っていた。
何故「なっち」を訪れたのか、それは彼女にもよくわかっていなかった。


82 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 18:13 ID:hIhhbusX

「そうなんだよ、それでね、今日はやっと飛べたのよ、あの丘からね…」
最初になんとなく訪れた気まずい雰囲気も、慣れて来ると「なっち」はひどく饒舌だった。
飯田はそれをじっと聞いていた。時々かるく相槌を打った。昔話はひとつもなく、積もる
話もほとんどなく、話題の中心はほとんどが空に関する話だった。彼女はそれを意外に
思いながらも、あまり口をはさむことはしなかった。


83 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 18:20 ID:hIhhbusX

「このままいけば、町と村を空で行き来したりできるようになるっしょ、急ぎの
 用があったり、足が悪かったり、急いで医者に運ばなきゃいけない病人
 なんかも、飛行機でひとっとびだべ、なっち頑張るよ…」
なっち。と、「なっち」が自分を呼ぶたびに、彼女の胸はなぜかずきりと痛んだ。


84 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 18:32 ID:hIhhbusX

秋の空はゆっくりとその色を変えていった。風もなく。二人は驚くほどおなじ態勢のまま
じっと、ただ話したり、聞いたりしていたが、やがて飯田はほとんど喋らなくなった。
彼女はあいづちもほとんど打たずに、ただよく回る口元をぼんやり眺めていた。
「どうしたの、カオリ」
当然のように来た質問に対し、彼女はまるでちがうことを答えた。
「全部、聞いたから」


85 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 18:37 ID:hIhhbusX

言いながら、彼女は「なっち」の様子をうかがった。しかしその表情は全く変わる
ことはなかった。少なくとも彼女にはそう見えた。
「そっか」
彼女はすぐに言ってしまったことを後悔した。何やってるんだ、あたし、帰ろう──
そんな風に思って、すこし立ちあがりかけた。
「でも、なっち後悔してないっしょ」
それは、全く気楽な口調だった。


86 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 18:38 ID:hIhhbusX

「でもさ、こんなトコに一人で住んでてさ、寂しくないの」
彼女はすこし拍子抜けした。と同時に疑問が口をついて出た。
「そりゃあ、寂しくないって言ったらウソになるべさ、でも」
ちらっと丘の方に目をやりながら言った。
「今のなっちには夢があるから、ね。そんなに寂しくもないよ」


87 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 18:47 ID:hIhhbusX

「空、飛びたいとかいうのが、夢なんだ」
胸のあたりがすこしだけ落ちつかなくなってきている、と彼女は思った。
「無理に決まってんじゃん」
そんな言葉を口にしながら。
「…無理?無理じゃないよ」
「無理だよ」
「無理じゃないって」
「無理!無理だって!マジで無理」


88 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:01 ID:hIhhbusX

「なんで怒んのよぉ、ちょっと落ちつくべさ」
「なっちさぁ、わかってんの?死ぬんだよ、落ちたら」
「でも、そりゃあ…なっちの勝手だべ」
「勝手って!勝手だけどさ、そりゃ」
「なっちにはなっちの夢があって、考えがあるっしょ、譲れないよ」
二人はしばらく、無言で睨みあった。何故こんな風になるのか、二人とも
わからないまま。


89 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:01 ID:hIhhbusX

彼女が家を出たのはまだ陽がのぼりきらない内だったけれど、秋の陽射しは
いつのまにか遠のいていて、あたりはもう黄昏色に染まっていた。光がうしろから
射しているせいか、それとも暗いせいか。まるで薄い膜のようなものがかかって
いるように感じた。表情がよく見えないことに、歯痒さを感じながら彼女は言った。
「ねぇ、なっちってさ──」

──

90 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:02 ID:hIhhbusX
──

「そんで、どやったん」
人のすくない村とはいえ、村中の酔っ払いを相手に女手一つで酒場を切り回す
中澤を、彼女はすくなからず尊敬していた。いくぶん苦手な相手でもあったのだが。
「どやったも、なにもさぁ」
彼女はいったん言葉を切ると、ほとんど空になったグラスを更にぐいっとあおった。
「…おかわり」
「その辺にしとき。んで、感動の再会の様子、まだ途中やで」


91 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:09 ID:hIhhbusX

「それでね、カオリ聞いたのよ。なっちがなんかバカみたいに空そら言ってるから
 さ、じゃああんたどーなのよ、飛べるのかって」
「ほうほう」
「ひこーきをね、作るっていうのはそんなに簡単なことなのか、って話よ」
ただでさえ村では気をひくような話題を、大声でわめくように喋る彼女には、すでに
酒場中の注目が集まっていた。表面上は顔をそむけていた周りの酔っ払いだったが
やがて、その内の一人が我慢しきれずに呟いた。
「で、どうなんだ、豚は飛べそうなのか」


92 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:12 ID:hIhhbusX

それを皮きりにして、質問はあちこちから飛んできた。
「そうだよ、結局どっちなんだ」「飛べそうなのかよ」「まさか…な」
それらはあくまで冗談めかした質問ではあったが、彼女が返事をせずに立ちあがると
酒場は一気に沈黙した。中澤の手から新しいグラスを受け取り、彼女は皆に向きあう
ようにしてスツールに腰掛けた。答えそうな気配を察して、みんなは固唾を飲んで
見守った。酒場内をちょっとした緊張感が包んでいた。
彼女はいまいましそうにまたグラスをあおると、叫ぶように答えた。

「あんなのが飛べる訳ないじゃん!」


93 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:14 ID:hIhhbusX

酒場中の空気は、その一瞬で弛緩した。酔っ払い達は顔を見合わせ、それから
爆発したように笑った。どこか安心したようにも見えた。「なぁ、飛べるわけねぇよ」
「あんなのが飛べんだったら俺だってよぅ」「ははは!」
酔っ払いは口々に嘲り、笑った。飯田はそれを横目に、また派手にグラスを傾けた。
中澤だけが黙って、飯田をじっと見つめていた。


94 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:34 ID:hIhhbusX

さらに数日が過ぎた。

自分の心に押し寄せてくるある種の、言わば閉塞感のようなものを、彼女には
どうにもできなかった。とにかく彼女は暇さえあれば勉強をしていた。一度なにかに
集中すると何日も、ひょっとすると何ヶ月もそれにのめりこむような習性が彼女には
あって、それを知っていた家族や親しい人間はじっとそのままにしておいた。
やがて彼女は、最低限の用事を済ませるほかはもうほとんど部屋から出てこなく
なって、それを村人たちはまるで豚が乗り移ったようだと噂しあった。


95 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:37 ID:hIhhbusX

降り続いた雨があがって、潤いを吐き出し切った夜空はその色を徐々に濃くして
いった。まっくろな空を見上げながら、飯田はいつか通った道を歩いていた。
木枯らしが濡れた枯葉を散らして乾いた音を立てた。手にした荷物を肩のほうまで
重そうに抱え上げると、彼女は濡れた地面を滑らないようにしっかりと一歩一歩
踏みしめるようにして、歩いた。
甲高い音を立てて、時折谷間から吹き上げるように冷たい風が吹いた。


96 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:42 ID:hIhhbusX

やがて、目的地に着いた。昼間に見るそれとは違って、夜中のちいさな家は
彼女にとても冷たい印象を与えた。ドアを叩いてから、一分後に「なっち」は
出てきた。
「なっちさぁ」
「ど、どうしたのさ、こんな夜中に」
「あたし、村出てくよ、町に戻って勉強したいんだ」


97 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:48 ID:hIhhbusX

「なにいってるっしょ?今までさんざん勉強して、やっと卒業したんでないかい?
 ちょっとくらい休んだほうがいいよ、なっちだったらそうするけど」
「なっち」
「あ、ごめん、なっちと一緒にされても困るよね…」
けらけらと、とぼけた顔で笑う「なっち」この間のことなど忘れているかのように見えた。


98 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 19:50 ID:hIhhbusX

「…あたし、卒業してないんだ」
「どういうこと」
「あたしにげてきたんだ、町から」
言葉を切ると、飯田は息を深く吸い込んだ。まるで一息で全てを吐き出そうと
するかのように、彼女は喋り続けた。


99 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 20:24 ID:hIhhbusX

「あたし自分に才能があると思ってた。だから村出てったんだけど、すごい、ね、
 自分がね、世間知らずだって、ただの。町にはあたしなんかより、頭いい人が
 いっぱいいて、世界は全然広くて、ってわかったの。あたしなんかより、全然
 みんな上で、あたしはたいしたことない方から数えた方がはやいくらいだって
 わかって…それでも頑張ったんだよ、カオリ随分がんばったんだけど」
「……」
「卒業試験があって、あたし、いきなり眼が見えなくなったんだ。マジで。
 しょうがないから、受けられません、って言ったのよ、係の人に、係の人も
 わかりました、とか言ってて。で、眼が治ってから、また受けにいったら、その
 係の人が、もう受けられません、って」
飯田の声はだんだん上ずってきて、それを自分でもわかっていた。しかし止まらない
何かを、彼女は押さえることができなかった。


100 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 20:37 ID:hIhhbusX

「卒業できません、って言われて、カオリもう怒るとかの前に悲しくなっちゃって
 目の前がバーンってまっくらになって、頭がクラクラしてね、何で町の人はこんな
 冷たいんだ、なんでこんな怖いんだろ、って思って、気付いたら荷物もってここに
 戻ってきてたんだ…だからね、カオリ負け犬なのよ」
言いながら、飯田は胸のあたりに鋭い痛みを感じた。吐き出せば吐き出すほど
それがただの苦い思い出でしかないということを確認させられるだけだった。
心から出ていくだけでも痛みを残した。
「でも、あたし町に戻ることにしたからさ」
もう負け犬じゃないよ、そう言った。


101 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 20:45 ID:hIhhbusX

「…うん、それはいいべ、寂しいけど仕方ないっしょ…でも、時々は訪ねてきなね
 その頃には四号も飛べるようになってるかも、したら町まで送るっしょ…四号で」
「なっち」
「うん?」
「いや」
無理だよ、頭をよぎったそんな言葉を、彼女はなんとか飲み込んだ。
「頑張ってね」


102 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 21:06 ID:hIhhbusX

朝日がまだのぼらない内に、彼女はそそくさと別れを告げると、村にひとつしかない
小さな駅にむかった。駅にはまだ誰もいなかった。薄汚れた改札口の手前の地面に
そのまま、半分放り出すような感じで彼女は荷物を置いた。そうしてから、軽くなった
腕をくるくると回していた彼女は、辺りがゆっくりと明るくなっていくのを感じた。

朝日は雨上がりの線路に、屋根に、地面に、数え切れないくらい反射して、彼女の
視界をガラス細工みたいに彩った。時折通りすぎる冷たい風に身を震わせながら
彼女はいつ来るともしれない電車をしばらくの間待っていた。ちょっと考えるような顔を
したあと、彼女は再び荷物を抱え上げて、線路沿いをゆっくりと、町に向かって歩き出した──




103 :連続暇潰し小説「紅の豚」:02/12/26 21:08 ID:hIhhbusX
おもむろに第一部完 完結編は未定
行き当たりばったりで書いてました推敲とかしてないです>>67ごめんありがとう

104 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 02:58 ID:xKQgRpqI
朝起きると、目がほとんど見えなくなっていた。完全に見えない、というのではなく
ピントが全く合わず、滲んだようにぼやけている。それはまさに起きぬけの視界の
ようで、だから最初は起きたばかりだからだと思っていたのだが、1分しても、2分
経っても目は元に戻らなかった。私はしばらくぼんやりと、ベッドに腰掛けたまま
原因を考えていた。不思議と不安は感じなかった。
「圭織」
部屋の外から、母親が静かに私を呼んだ。起きる時間だと言うのだろう。

105 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 02:58 ID:xKQgRpqI
答えずに私は、とりあえず窓際へ向かいカーテンを開けた。目がおかしいのは
別に暗いからではない、ということは分かっていたけど、それでも光を浴びれば
すこしは違うような気もしたからだ。勢いよくさしこんできた朝日は、滲んでいた視界の
あちこちに粒が散らばるように広がった。私の目はますます見えづらくなった。

106 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 02:58 ID:xKQgRpqI
「圭織」
再び母親の声がする。まだ寝ていると思っているらしい、心配してくれるのは
ありがたいけど、東京で一人暮らしをするようになってからもう何年も経つのに。
やはり母親にとって娘はいつまでも娘のままなのだろうか、そんなことをぼんやりと
考えながら、私はふと気付いた。
何故母親の声がするのだろう…?私は、一人暮らしをしているはずなのに。

107 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 03:02 ID:xKQgRpqI
「圭織」
とにかく、部屋を出るわけにはいかなかった。別に視界が利かない状態でもドアから
出るのは簡単だったが、何かが頭にひっかかっていた。
「圭織」
また、私の名前が呼ばれた。それは確かに聞きなれた母親の声だった。が、先ほど
とは違って苛々しているような匂いが、その声からは感じとれた。
そうして、私は少しだけ身震いを感じた。

108 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 03:02 ID:xKQgRpqI
ドアから出てはいけない…何者かが、私にそう囁いているような気すらした。本能が
訴えかけてくるような感覚。だがそうも言ってられない、とにかく仕事に行く必要が
あった。しかしこんな目で仕事などつとまるのだろうか…?思考はまるでとりとめが
なかった。
「圭織」
5回目の声と同時に、ドアのノブが外から回される音がした。逃げなくてはいけない。
そう直感的に思ったその瞬間、とつぜん視界がぐにゃり、とぼやけた。
ピントが合わないとかそういうレベルではない、まるで世界ごとねじれていくような
感覚。とても耐え切れずに、私は思い切り目をつぶってしまった。

109 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 03:03 ID:xKQgRpqI
閉じた瞳の裏側で、まっくろな渦がぐるぐると回る。頭の中をまるごと掻きまわされて
いるような感覚があった。このままではとても耐え切れない、発狂してしまいそうな
瞬間だった。私は頭を押さえて、叫び出したくなるのをじっと堪えていた。それでも
目を閉じてしばらくすると、そんな感覚も大分やわらいできた。
私はゆっくりと目を開けた。

110 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 03:03 ID:xKQgRpqI
あいかわらず視界は滲んでいたが、周りの様子が明らかに違っているのがわかった。
ぼんやりと色々なものが見える。ロッカーらしきもの、テーブル。そこは楽屋だった。
人の気配がして、私は振り向いた。目の前に誰かがいた。
「…おはようございます?」
戸惑ったような声。加護の声だ。私は滲んだままの目を向けて「おはよう」と言った。
「飯田さん、今、あれ?どっから入ってきたんですか」


111 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 03:06 ID:xKQgRpqI
メンバーは次々と集合した。私はとりあえず挨拶だけを交わして、あとは楽屋の隅で
じっとしていた。やがてスタッフも入ってきて、今日の仕事の説明が始まった。
「……これで、台本はこうなってます……」
私はほとんど聞いていなかった。私の横にいた矢口が、ほんのちいさな声で耳打ちを
してきた。
「ダメだよ、ちゃんと聞かないと」
ばれていた。うまくごまかそうと思ったが、いい言葉が見つからずにぐるぐると回った。
カオリ目が見えないんだよね。そんな言葉がよぎった。結局言わずにおいた。

112 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 03:07 ID:xKQgRpqI

収録は呆れるほどあっけなく終わった。目がよくなりはしなかったが、別に差し支えも
なかった。目の前一面に飛び散るフラッシュに向かって、笑ったり喋ったりしていたら
やがてスタッフの声がした。
「はい、OKでーす」
拍子抜けしたのも、安心したのも事実だ。
歌収録は別に、後日に行なわれるらしい。さすがにダンスはこの目では無理だろう。
そう思った。もしかしたら、案外なんとかなるのかもしれないけど。

113 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 03:07 ID:xKQgRpqI
楽屋に戻り、休んでいるとメンバーから声をかけられた。
「カオリ、今日すごい調子よかったじゃん」
「ね、あたしも思った」
「面白かったよ、あたしマジで笑いとまんなくって大変だった」
そんなによかったのだろうか、私は収録中のことを、ほとんど覚えていなかった。

114 :年末飯田さん小説 第一話:02/12/28 03:07 ID:xKQgRpqI
「じゃ、また明日、おつかれー」
「おつかれさま」
帰っていく皆を見送りながら、一人になるのを待った。しばらく椅子に座っていると
楽屋全体の壁がぐにゃり、と歪みだした。私は目を閉じた。


115 :年末飯田さん小説 第二話:02/12/29 01:53 ID:ms0KXmra
次の日、起きると耳がほとんど聞こえなくなっていた。脳に直結してこないと言うか
どこか聞こえてくる音が、現実感を喪失しているような感じがした。…一言で言うと
耳もぼやけていた。目も相変わらず滲んだまま。私は軽く溜息をついた。
なんてことだ、よりによって耳とは…。アーティストにとって致命的じゃないか。

116 :年末飯田さん小説 第二話:02/12/29 01:53 ID:ms0KXmra
「…圭織」
昨日と同じ、その声だけははっきりと聞こえた。起きる時間だ。しかし、やはりドアから
出ていく気にはなれなかった。私は昨日そうしたように、視界がぐにゃりとするのを
待って、目を閉じた。
頭が掻きまわされ、歯をくいしばって待つと、私はスタジオにいた。
そこでは新曲のレコーディングが始まろうとしていた。

117 :年末飯田さん小説 第二話:02/12/29 01:54 ID:ms0KXmra
レコーディングは朝早くから開始された。私の出番は昼過ぎからだった。
「次…飯田」
名前が呼ばれるまで、私はずっと集中していた。よほど気を引き締めていないと自分が
呼ばれたことすら、わからない。楽譜や歌詞が手渡されていたが、私には細かい字など
とても見えなかった。字はあきらめて渡されたMDを聴こうとしたが、それも無駄だった。
ブースに入り、ヘッドホンを装着しても、伴奏はほとんどわからなかった。メロディーも
歌詞もわからないレコーディング。しかし、あたえられた仕事はこなさなくてはいけない。
私はとりあえずでたらめに歌った。

118 :年末飯田さん小説 第二話:02/12/29 01:55 ID:ms0KXmra
防音ガラスの向こうで、つんくさんの表情が明らかに変わって行くのが見えた。私は
構わず歌いつづけた。やがて録音は中断され、同時にすごい勢いでつんくさんが
ブースに入ってきた。
「飯田、……どないしたん…!…ごかったで、……ええん…!」
つんくさんはよほど驚いたのか、取り乱した様子で私の腕をつかむと上下にぶんぶんと
振った。どうやら喜んでいるらしいが、私にはどこがよかったのかわからなかった。
むしろ怒られ、下手すると帰されると思っていたのだけど、それからもつんくさんは
楽譜を書き直したり、演奏をチェックしたりしながら、延々と私に歌わせた。

119 :年末飯田さん小説 第二話:02/12/29 01:57 ID:ms0KXmra
録音が終わり、ブースを出た頃には夕方になっていた。つんくさんの声で皆が
集められた。「……いうわけで……パートが…飯田が……」
途切れ途切れ内容が聞こえたが、それは歌いすぎて疲れていた私の頭を素通り
していった。メンバー達はどこか浮かない様子だった。特に沈んでいたのは誰
だっただろう、滲んだ目では判別がつかなかった。
「……でな、…それで……」
つんくさんはいつまでも喋り続けた。私にはまるで英語のように思えた。


120 :年末飯田さん小説 第二話:02/12/29 01:58 ID:ms0KXmra

私の身になんらかの異変が起こっているのはもう間違いなかった。しかし私には
どうすればいいのかまるでわからなかった。
もし、このままひどくなっていったらどうなるのだろうか、目が見えなくても、耳が
聞こえなくても、アイドルとしてやっていけるのだろうか、そんな風にも思った。
何故だろう、怖くはなかった。
何か問題が起きたらその時に考えよう、というのが結論だった。
そして視界がぐにゃりとした。目を閉じて、私は家に帰る。


121 :年末飯田さん小説 第二話:02/12/29 01:58 ID:ms0KXmra
そしてまた一日が経った。目が覚めて、朝だと私は気付く。視界は滲んでいた。
耳もぼやけていた。それはやはり治るどころか昨日よりもひどくなったように感じた。
しかし、ただそれだけだった。私はすこし安心した。そんなに急激にひどくなりは
しないみたい…だが、油断は出来ない。

122 :年末飯田さん小説 第二話:02/12/29 02:01 ID:ms0KXmra
「圭織」
声が、また私を呼んだ。仕事の時間だ。視界がぐにゃり、と歪む。目を閉じればそこは
仕事先なんだろう。考えてみれば不思議な話だ。はたして目を閉じなかったら、あの
ドアが開いたら、私はどうなるんだろう…?
好奇心ながらそう思った。しかし、頭を掻き回されたままではいられない。
私は目を閉じた。そして楽屋にいる。

123 :年末飯田さん小説 第二話:02/12/29 02:01 ID:ms0KXmra
「うわー、……めちゃくちゃ……」
それはお弁当を食べている時だった。矢口が顔をしかめて何か言っている。
他のメンバーからも、何やら浮かない感じが見て取れた。
「…ずいです」
「ねぇ…」

124 :年末飯田さん小説 第二話:02/12/29 02:02 ID:ms0KXmra
おそらく味のことを言っている、おぼろげながらそれがわかった。そんなに
まずいのかな、そう思って私は、意識して一口食べてみた。味がしなかった。
そしてその時初めて私は、匂いすらしていないことに気が付いた。
「カオリよく食べられるね」
何故かはっきり聞き取れたそんな一言に、私は曖昧に笑った。


125 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:06 ID:vOOJCvE2

私の視界はどんどん滲んで行った。音はどんどんぼやけていった。人と話をする時など
よほど集中しないかぎりまともな受け答えは出来なかったし、何より相手が誰なのかも
わからない時が多かった。
私は、しかし仕事は休まなかった。収録が終わるとなぜか皆褒めてくれたし、今度の
新曲のパートはやたら多かった。私がメインに決まったらしいが、素直に喜ぶわけには
いかなかった。
朝になると声は相変わらず聞こえてきた。視界が歪むたびに目を閉じた。

126 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:06 ID:vOOJCvE2
「こんばんは…娘。…す」
「……です」
「………が、……で…、……!」
「……!」
収録は毎日のように、様々な現場で行なわれた。私一人の時もあった。
私は時折笑った。そして時折喋った。おかしいほど全てがうまくいっていた。
みんなやたらと早口で喋っている、私には自分の言ってる事すら聞こえない。

127 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:14 ID:vOOJCvE2
「…ねぇ、……オリ!」
誰かが肩を揺すっているのに気付いた。滲んだ目と耳で見当をつける。
「…カオリ!」
圭ちゃんだ。私はにっこりと笑いかけた。
「…近、おかしいよ…みんなは…だけど」
真剣な声と、真剣な表情。話に集中しなくてはいけない、と思ったが
集中しなければ、と思えば思うほど考えは頭の外へ逸れていってしまう。
「……聞いてるの…?」
圭ちゃんの声もまるで英語だ。英語は難しいな、私はそんなことを思う。
「…もういいよ…」
悲しそうな声とともにドアが開く。ADさんが出番を告げる。
私はすこしだけ切ない思いにかられたが、すぐに忘れてしまう。


128 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:15 ID:vOOJCvE2
私は精一杯に歌った。私にはもう私の歌も聞こえなかった。私は時折意識して
やたらと下手に歌おうとしたり、全然ちがう歌詞を叫んだりした。ダンスの時も
でたらめに動こうとした。そうすることによって、お客さんは喜び、つんくさんは
笑い、メンバーは私を褒めた。しかし、その理由まではわからなかった。と
言うより、どうでもよかった。第一、みんなが私に対して何を言っているのか
私にはわからなくなっていたから。
気付くと、私はカメラの一番近くにいた。気付くと楽屋にいた。気付くと家にいた。

129 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:15 ID:vOOJCvE2
「圭織」
毎朝、声は私を呼んだ。もういつか朝なのか、いつが夜なのかも曖昧になっていた
私にとって、声は唯一の確かな道しるべだった。もうほとんど駄目になっている
視界も、歪んだ時だけはやたらとリアルだった。そして目を閉じればそこが今日の
仕事先だった。頭を掻きまわされる瞬間にはいつまでも慣れなかった。

130 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:18 ID:vOOJCvE2
「カオリ、最近……すごいよ……ねー」
また誰かが私に言う。私はまた笑顔だけでそれに答える。
「…ソロデビュー……だね…」
言いながら、誰かが私の肩を叩く。
「ねぇ、……カオリも……思うよね…」
誰かが心配そうに私を見つめている。圭ちゃんだ。私のことなら大丈夫なのに。

131 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:19 ID:vOOJCvE2
そして気付くとライトを浴びながら私は踊っている。激しい音楽が鳴っている。
周りにあるのはカメラだ。そして気付くと私は楽屋にいる。メンバーが楽しそうに
喋っている。どうやら私も輪の中に参加しているらしい。気付くと、家にいる。
声がしない時、それは寝る時間をあらわす。だから私は寝る。そして気付くと。

132 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:19 ID:vOOJCvE2
最近記憶が途切れることが多い。それが何故なのか、私にはわからなかった。
考えもしなかった、というのが正しいかもしれない。私はもう仕事場と、部屋を
往復するだけの存在だった。そして仕事はと言えば、順調すぎるくらいだ。
その他には何も考えるべきことはないように思えた。



133 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:23 ID:vOOJCvE2
「圭織」
ある朝、また声が私を呼んだ。何故この声だけははっきり聞こえるのだろうか。
そんな風に考えていると、気付いた。体が全く動かなくなっていた。
「圭織」
母親の声。母親は何故私を呼ぶのだろうか。何のために毎朝?

134 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:24 ID:vOOJCvE2
「圭織」
私は体を起こそうと思った。起きなくてはいけない時間だからだ。しかし
体の動かし方とはこんなに難しかったのか。
自分の体なのに、何がどこにあるのかさえ、まるでわからなかった。
「圭織」
目の前を包む、黒ともすこし違う闇。音のない闇。時間の流れさえ曖昧だった。
何かたいせつな事を間違えてしまった事に、私はその時初めて気が付いた。

135 :年末飯田さん小説 最終話:02/12/30 01:24 ID:vOOJCvE2
「かおり」
視界がぐにゃり、としたが、私にはもう目の閉じ方がわからなかった。
その時どこかでドアが開いた。
それからのことは覚えていない。




136 :年末飯田さん小説:02/12/30 01:28 ID:vOOJCvE2
>>104-135

137 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:39 ID:ns0LpkSV

「しっかし、ほんと人いないねぇここ」


138 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:40 ID:ns0LpkSV
あたし達はゆっくりと、まっくらな階段を上っていった。一番前を行くなっちの
コートの裾が揺れてちらちらする。別に風が強いわけでもないのに、ちょっと
不思議に思っていたら、あたしのブーツがガッ、って階段にひっかかった。
転びはしなかったけどちょっと焦った。照れ隠しのつもりで帽子を被りなおしたら
圭ちゃんがこっちを見ていた。圭織が笑ってる。なっちも気付いてた。
なんだか帽子の奥まで見られてるみたいで照れくさかった。

139 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:40 ID:ns0LpkSV
──初詣に行こう、と言い出したのは誰だったか、忘れた。
時間が空いてないよ。なら空いてる時に行こうよそれでいいじゃん。人いない
時でもいいの?てかそっちの方がいいんじゃん。でも寂しいでしょそんなの。
いや別にそれでいいよ。ウチの近くにボロイ神社あるけどどうする?絶対人いないよ。
そう別にまぁそこでいいよ。圭ちゃんそればっかじゃんどうでもいいの?
どうでもいいんじゃなくて、どこでもいいんだよ──

元旦もとうに過ぎた、真夜中の神社はホントに呆れるくらい誰もいなかった。
集まったのは年上メンバー四人。「あれだ、シニアだ」そう言ってみんなで笑った。


140 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:41 ID:ns0LpkSV
「ねぇあたし達娘。やめたらさぁ」
階段もやっと半分くらいまで来た時、なっちがヘンなことを言い出した。
「ってかアイドルやめてさぁ、芸能界にもいられなくなったらどうしようか」
明るい口調で言いきった。なっちを、不思議そうな顔で圭織が見ている。
「はぁ?」圭ちゃんもびっくりしたような顔を向ける。
「そんなびっくりしないでよ」驚いた顔を作るなっち。わざとふざけてる
みたいにも見えた。

141 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:46 ID:ns0LpkSV
「今からお願いしようよ、将来のことを」
「将来のこと、ねぇ」圭ちゃんは深刻そうな顔をする。圭織もそう、きっとあたしも同じ。
「ドラマとか出たい?」「出たいね」「歌はずっと歌いたいね」
「あたしは…どうなんだろ」「絵だね」「絵?やだ、シャレじゃないよ」「うわぁ」
話しながらあたし達はずっと階段をのぼっていく。


142 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:46 ID:ns0LpkSV

「今のうちに小銭だしとこ」


143 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:47 ID:ns0LpkSV
しゃらん、と鈴が鳴る。小銭が音を立てる。階段をのぼりきった先の小さな
境内で、あたし達はほんの数秒だけお願いをした。最後にもう一度鈴を
鳴らして、顔を上げる。なっちがぱんぱん、と二つ、手を鳴らした。
「神様、お願いしますよ〜」
「ねぇ、なっち何お願いしたの」
集まった視線を受け流すようになっちは笑って、言う。
「いやー、ね。さっきの話じゃないけどさ」

144 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:48 ID:ns0LpkSV
「もしアイドルやめたらさぁ、誰にも知られないところで暮らしたい、って」
それはびっくりするようなくらい静かな声だった。ふざけ半分で喋ってた
つもりだったのに、いつのまにかみんな真剣な顔をしている。
「みんなが知ってるか、誰も知らないか、どっちかじゃないとヤダよ、なっちは」

145 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:50 ID:ns0LpkSV
なっちの言葉はなんか安い格言っぽかったけど、みんなちょっと唸った。
「わかるような…気がする!」圭ちゃんがネコみたいな目を開いて答える。
「んー、でもどうだろう」圭織は迷ってるみたいだった。「要するに落ちぶれたく
ないってこと?なら、わかるけどさぁ」
そんな戸惑いをうけながすように、なっちは優しく笑って口を開いた。


146 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:51 ID:ns0LpkSV

「落ちぶれたくないんじゃなくて、…綺麗に終わりたいのよ、なっちは」


147 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:51 ID:ns0LpkSV

「あのさぁ」
しばらく黙っていたあたし達だけど、沈黙を嫌うようにまたなっちが口を開く。
「今度は何よ」圭ちゃんがみじかく応じた。なっちはちょっと深呼吸してから
ゆっくりとしゃべり始めた。

148 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:52 ID:ns0LpkSV
「福ちゃんも彩っぺも紗耶香も裕ちゃんもごっつぁんもいなくなって
圭ちゃんもいなくなって」
いなくなって…。ちらりと圭織が圭ちゃんを見た。なっちは続ける。
「その内ここにいるみんなもいなくなって、もちろんなっちもいなくなって。
それでも娘。は娘。として歌ったり、踊ったりするんだろね」
「そしたらどうなんだろうね、うたばんとか」
「どうなんだろうね」
そして、みんななんとなく黙った。

149 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 20:54 ID:ns0LpkSV
しゃらんしゃらんしゃらん…
鈍い金属の色が揺れている。それを境内にひとつだけ据え付けられた
灯が照らす。いつのまにか、鈴を鳴らしているのは圭織だ。
綺麗な音とともに、沈黙がほどけていく。
「何やってんの圭織、それ、揺らし過ぎ」
「うーん、いっぱい振るよーあたしは」
「…ねぇ、一万円入れちゃおうか、お賽銭」
「え、もったいないよ」
しゃらんしゃらん…
圭織はしばらく縄を振って、鈴を鳴らし続けた。


150 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:01 ID:ns0LpkSV
「着物来てくりゃよかったねぇ」
圭ちゃんがぼつり、と呟く。あたし達は笑った。
「何言ってんの、大体誰もいないのに着物着たって」
「ねぇ」
「いや、気持ちとしてさ」圭ちゃんは憮然とした表情で答えた。
「こんな真面目にお参りできるとは思ってなかったし、せいぜい五分とかで
すぐ撤収して、どっか別んとこで甘酒とか飲むのかな、なんて思ってた」
「またお酒ですか」
「まぁ、ホントに人がいないとは思ってなかったからねぇ」
あたし達はまた、神社を見まわした。
夜風にそよぐまっくらな茂みの他には、動くものは何もなかった。

151 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:02 ID:ns0LpkSV

「シッ!…ねぇ、誰か来たんじゃん?」


152 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:03 ID:ns0LpkSV
圭織のその言葉に、みんな耳をすませた。確かに木が擦れるような音が
…微かにだけど、聞こえる。足音のようにも聞こえる。
「風でしょ?」なっちが呆れたように、それでも小声で言う。
「ちょっとあたし見てくるよ」言うとともに、音のしたほうへ向かって歩き出す
圭ちゃん。常夜灯の向こうへ、ゆっくりと溶けるように消えるその後姿を
あたし達はゆっくりと見送った。

153 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:05 ID:ns0LpkSV
「圭ちゃん辞めちゃうんだもんねぇ、マジなんだよね」溜息混じりで圭織が
何回目かわからない言葉を吐き出す。「カオ全然慣れないよ、こればっかりはもう」
「フラットスリーどうなんのかな」なっちはあくまで冗談っぽい調子をくずさない。
「ていうか、フラットスリーフラットスリーって言ってるけど、フラットスリーって何?」
「あれだよ、サッカーのさぁ…」

154 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:05 ID:ns0LpkSV
他愛もない話がしばらく続いた。圭ちゃんは戻ってこない。
「遅いねぇー、圭ちゃん」圭織は境内に腰掛けて、足をぶらぶらさせている。
「電話してみようよ」携帯を取り出してなっちが言う。静かな神社に響き渡る
着メロを想像して、あたしはすこしおかしくなった。その時。
「うわぁ、携帯つながんないよここ!すごくない?」
なっちがびっくりしたみたいに言った。そんな嬉しそうな声ださなくても、と思った。


155 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:07 ID:ns0LpkSV

「じゃんけん、しょ!はいなっちの負けー」


156 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:07 ID:ns0LpkSV
「やだよー、怖いよ」
「しょうがないでしょ、じゃんけん負けたんだから、早く電話しておいで」
何度も振りかえるなっちに、あたし達は笑って手を振る。
「なっち、多分だけどあっちの方が道だから、あっちの方なら電波入るっぽいよ」
「なんか…出ないよねぇ?」
「わかんない…ウソウソ、出ないって」

157 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:08 ID:ns0LpkSV
きっと知らない人が見たら、酔っ払ってるんじゃないかって思うくらい
頼りない足取りでなっちが茂みの向こうに去っていった。残ったのは
圭織とあたし。風がすこし止んだ。
「矢口さぁ、今日元気なくない?」
圭織はあいかわらず足をぶらぶらさせたまま、なっちが行った方を向いている。
あたしは答えずに、圭ちゃんが行った方を見つめていた。
二人ともとくにしゃべらずに、時間がそのまま過ぎていく。

158 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:09 ID:ns0LpkSV

「ていうか、なっちも遅いねぇ…」


159 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:12 ID:ns0LpkSV
「あの二人さぁ、もう戻って来ない様な気がしない?」
圭織がいきなりびっくりするような事を言い出した。
半分ぼうっとしてたあたしは、その言葉に顔を上げた。

160 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:13 ID:ns0LpkSV
「カオにはなんか見えるの、そういうのが」境内の奥の方は光の加減で
あたしの方から見ると陰みたいになっていて、うっすらと圭織の真っ白な
横顔だけが見える。それは真剣な顔だった。あたしはなぜだかまともに
見れなくて、目をそらすようにした。
腕をひっかけて圭織がまた、鈴を鳴らす。
しゃらんしゃらんしゃらん…
次にあたしがそっちを向いた時にはもう誰もいなくって、ただ鈴と縄が揺れていた。

161 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:14 ID:ns0LpkSV
…そんな気がしたんだよね…。

鈴はしばらく揺れて、とまった。境内は完全な無音になった。さっき聞こえた音も
今は聞こえない。誰の声も聞こえない。いつのまにか風も吹かない。
思わず吐き出した溜息は白く、絹のヴェールのような白がふぁさっ、と視界を覆う。
圭ちゃんは戻ってこない。なっちも戻ってこない。圭織もいなくなった。
こんな簡単に独りぼっちになっちゃった。


162 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:15 ID:ns0LpkSV

あたしはゆっくりと縄に近付いて、思いっきり揺らした。
しゃらんしゃらんしゃらん…
痛いくらい静かだった境内に、また音が戻って来た。
鈴の音に呼びかける言葉、
やだよ、みんないなくなっちゃやだよ──



163 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:17 ID:ns0LpkSV

「やーぐち」


164 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:18 ID:ns0LpkSV
呼ばれて振り向いた時には、あたしはすこしだけ泣いてた。近付いてくる
圭ちゃんを、白い灯がスポットライトみたいに照らしている。
「ごめんごめん、なんか警備っぽいおじーちゃんがいて、捕まってたよ」圭ちゃんの
顔がようやく見える距離まで来た。あたしは帽子をもうすこし、深くかぶる。
「他のみんなは?」


165 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:21 ID:ns0LpkSV
「おーい」振りかえるまでもなく、それはなっちの声だった。
「駄目だよー携帯全然つながんない…あれ、圭ちゃん戻ってきてるじゃん」
「何、どこいってたのなっち」
「どこいってたのじゃないよ圭ちゃん全然戻ってこないからさー、電話しようってなって」
「あーごめんごめん、なんかおじーちゃんがいてさぁ…うわぁ!」

166 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:22 ID:ns0LpkSV
ガタっ、というような音がして、賽銭箱の陰から圭織が出てきた。
「びっくりしたぁ、なんでそんなとこから出て来んの?」
「へへ、矢口をびっくりさせようと思ってさ」笑いながら、圭織は
あたしの顔をのぞきこんだ。「どう矢口、消えた!とか思った?」
「…ちょっと待って圭織?」

167 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:23 ID:ns0LpkSV

「矢口…泣いてる?」


168 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:24 ID:ns0LpkSV
「圭織が驚かすからでしょー、矢口だって怖いにきまってんじゃんこんな夜中にさぁ」
「そ、そんなことゆわれたって、マジただのいたずらのつもりだったんだって」
「矢口ぃだいじょぶ?」
頭を撫でられて、背中をさすられて、あぁ、そう言えばあたしこん中じゃ
一番年下だったなぁ、なんてことを思い出した。それにしても、あたしは
いつのまにか子供になってた。

169 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:25 ID:ns0LpkSV
「そんな泣くほどびっくりするなんて思わなかった」
「圭織…まぁ、とりあえずあやまんなって」
「えっ、謝んの?…ごめん、矢口」
「ほら、矢口」
「やぐちぃ…」
困ったような顔が三つ並んだ。
あたしはずっと泣いてやった。



170 :新年矢口さん小説「はつもうで」:03/01/01 21:26 ID:ns0LpkSV
>>137-169

171 :名無し募集中。。。:03/01/03 23:53 ID:3pBkxJoX
あけおめ。
保全。


172 : :03/01/04 23:02 ID:usAiXdtb
あけおめ。

173 :パクリ小説「恐怖新聞」:03/01/04 23:03 ID:usAiXdtb


──ねぇ、あたしなりにいっしょうけんめい考えたんだよ
運命だから変えるべきじゃないって、ちょっとは思ったりもしたけどね
でも、本当の運命なんて、誰にもわからないでしょ──



174 :○パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/04 23:05 ID:usAiXdtb

一人で夜、部屋の中にいることが嫌いだ。窓の外に広がるまっくらな空を
独りぼっちで眺めていると、たまに無性に怖くなったり、寂しくなったりする。
朝も早いし、何も考えずに寝てしまってもいいんだけど、そうもいかない時も
あったりして、そんなある夜のこと。


175 :×パクリ小説「恐怖新聞」:03/01/04 23:05 ID:usAiXdtb

あたしは確かその日も眠れずに、ベッドに寝っ転がってなんかくだらないことを
考えていた気がする。確か空がピンク色だったら明るくていいのにとか、そういう
感じの、たわいもないことを。いろいろ考えていると、いつしか気が付かないうちに
寝ている、というのがあたしの得意なパターンだった。だけどその夜は違った。

窓の外から聞こえてくるカサカサ、という音に気が付いたとき、最初は何とも
思わなかった。あ、なんか外でかさかさいってる。そう思っただけだった。
だけど次に聞こえてきた、どんっ、ていう音を聞き流すことは出来なかった。
それは明らかにあたしの部屋のベランダから聞こえてきたものだったし
テレビもつけずにいた音のない部屋に、その鈍い音はあまりにも鋭く響いた。
ほとんど跳ねるみたいにあたしは飛び起きた。


176 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/04 23:07 ID:usAiXdtb

寝ようとしていた体に、一瞬にして緊張がはしった。
ベランダに、カーテンの向こうに、誰かがいる。その時のあたしには、その
はっきりとした息遣いまでも感じられたような気がした。電気もつけるのも
忘れて、ほとんど反射的にあたりを手で探るあたし。必死だった。
真っ暗な部屋のなかで気ばかりがあせった。汗でネバついた右手がやっとの
ことで掴んだのは…ホウキだった。


177 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/04 23:08 ID:usAiXdtb

それを汗ばんだ手で握り締めて、あたしは胸の中で叫んだ。
…く、来るなら来ればいいじゃない…。
ほとんど祈るような気持ちで、でも、こんな夜中に来なくてもいいじゃない、と
つけくわえた。次の瞬間、がらら、という音と共に、窓が勢いよく開いた。
そして、声があたしを呼んだ。

「石川さ〜ん」


178 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/04 23:09 ID:usAiXdtb

カーテンがふわりと舞い、とたんに冷たい風が吹き込んできて、室内の
あったかい空気を揺らした。ホウキを振り上げることもできずに、すくんだ
まま動けなかったあたしの目の前を何だか、紙の束のようなものが
通りすぎていくのが見えた。ぱさっという音がして、あたしはやっとその時
何かが投げ込まれたことに気が付いた。
「……え?」
それは我ながら随分間抜けな声だったと思う。
「しんぶ〜ん」
そして部屋の中に、あのとぼけた声が響き渡った。その声をこれから
何度も聞く羽目になるとは、その時のあたしはまだ、知らなかった。


179 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/04 23:24 ID:usAiXdtb
続く

180 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/04 23:47 ID:usAiXdtb

新聞、という意味すらよくわかっていなかった。その声の主は戸惑うあたしには
まるで構わずによっこらしょっと、とか言いながら入ってきた。その時には暗いの
にもすこし目が慣れてきていたし、窓際はちょっとだけ明るかったから、それが
どうやら知ってる女の人だってことに気付いたけど、あたしは口をぱくぱくさせた
まま、あいさつもせずにいた。というか何て言っていいのかもわからなかった。
「…しかし、寒いな」
ぼそっと呟くと、寒そうに体を震わせた…それは市井さんだった。


181 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/04 23:48 ID:usAiXdtb

しばらくそのままの態勢で、夜中にやってきた非常識なお客さんを見つめていた
あたしだったけど、とりあえず電気をつけることにした。明かりの下で眩しそうに
眉をしかめる市井さんは本当に寒そうだった。黒のダウンっぽいジャケットに
大きなリュックサックをしょったその姿は、言われてみれば新聞配達員を思わせた。
いったい何をしにきたのか、新聞とはなんなのか、あたしは
…当たり前のことだけど、ひどく混乱していた。


182 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/04 23:48 ID:usAiXdtb

「…あの、すいません、市井さん…ですよね」
「うん、ほら、新聞届けに来たよ」
軽快な口調だった。形のいい唇はその色を失い紫色になっていた。指差された
先には先ほど投げ込まれた紙の束があって、その時あたしは初めてあぁ、新聞って
これのことか、と気付いた。
他の不自然なことはいったん全て無視することに決めて、あたしはひとまずそれに
手を伸ばした。


183 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/04 23:54 ID:usAiXdtb

新聞?の一番上には、大きくて派手な見出しがついていた。

『モー娘。楽屋に、暴漢侵入!』

もーむすがくやに、ぼうかんしんにゅう。頭の中でその言葉を何度かリフレイン
させた後、結局意味がよくわからなかったので、あたしは尋ねる事にした。
「えぇと…なんですか、これ?」
「だから、新聞だって言ってんのに」
市井さんはそう言うと、いかにも不思議そうに首をかしげた。


184 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:00 ID:ypr169P3

「ていうかこれ、知りませんよ。えっと、暴漢ってこんなことありましたっけ」
「うん、知らないよね、知らないはずだし」
「でもモー娘。楽屋って書いてありますよ、これ、モー娘。楽屋って」
「うん、そうだよね、不思議だよねぇ〜」
とんちんかんな会話をしばらく繰り広げたあと、あたしは話を噛み合わせることを
ちょっと諦めかけた。再び新聞に目を戻したあたしの目を引いたのは…日付けだった。

それはどう見ても翌日の日付けになっていた。


185 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:01 ID:ypr169P3

はっきり言って状況はほとんど理解できなかったけど、あたしは意を決して、言った。
「何のいたずらなんですか…?」
実際、こんな夜中に窓から入ってくるだけでも非常識なのに、どう笑っていいのか
リアクションに困るような冗談まで出されて、あたしは正直軽く苛々していた。
「うん、いたずらだと思っちゃうよね。その気持ち、すっごくよくわかる」
「あの、すいません。あたし明日も早くて、失礼だとは思うんですけど」
「うん、帰れって感じだよね。わかるよ。だけど言っとかなきゃいけないことが
 一つあるんだ。それ言ったら帰るから、聞いてくれるかな。頼むからさ。」


186 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:01 ID:ypr169P3

再び窓枠に足をかけて、今にもそこから出て行こうとする態勢をとったまま
市井さんは急に真剣な表情になった。あたしは何も答えずに、少しだけ
顔を上げて聞く態勢であることを示した。
「この新聞読んだら、芸能生命が1ヶ月縮まるんだ、一回につき、さ。」
そんじゃまたね、なんて言いながら、なぜかドアじゃなくって窓から出て行った
市井さんの背中をあたしは呆然と見送った。ここが二階であることにも、その時は
全然気付かなかった。やっぱり娘。やめちゃうと暇なのかな。開けっ放しの窓を
ぼんやり見つめながら、そんなことを考えてた。

結局、そのおかしなやりとりの意味はひとつもつかめなかった。


187 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:03 ID:ypr169P3


 『モー娘。楽屋に、暴漢侵入!』

 本日午後二時頃、某テレビ局で、人気絶頂のアイドルグループ
『モーニング娘。』の楽屋に刃物をもった男が侵入。『ののたんの陰毛を剃らせろ』
『あいぼんは死ぬなんて言うな』『梨華ちゃんにはスッポンなんて必要ないんだ』
などと言った支離滅裂なことをわめきつつ休憩中だったメンバーに襲いかかった、とのこと。
 悲鳴を聞きつけたマネージャーや番組スタッフがすぐに男を取り押さえたが、時すでに
遅くメンバーに怪我人が出た模様。ただし、事務所の方から正式な発表は未だなく
詳細は不明となっている。調べに対し男は…



188 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:04 ID:ypr169P3

「ねぇ、よっすぃ…」
翌日、楽屋の隅っこの方でたまたま二人きりっぽくなった時を見計らって
あたしはおそるおそるよっすぃに話しかけた。バッグの中にはあの新聞が
入っていた。忘れようかなってちらっと思ったけど、結局気になって持ってくる
ことに決めてしまった。それに、誰かに相談しておいた方がいいような気も
したから。そしてあたしがその相手に選んだのがよっすぃだった。
「ちょっと、これ読んで欲しいんだけど」


189 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:06 ID:ypr169P3

あたしは簡単に切り出すと、新聞をバッグから出して、手渡した。
「えー、何これ、新聞?まさかウチ等の記事とか」
「おねがい、よっすぃ、いいから読んで」
ぶつぶつ言いながら、よっすぃは新聞を読みはじめてくれた。ばさっばさっと
電車で見かけるアブラっぽいオジさんのような手つきをしてから、よっすぃは
広げた新聞に目を落としていた…
…と思ったら、わりとすぐに顔を上げた。


190 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:07 ID:ypr169P3

「一応読んだけど、…何?」
口調といい、表情といいそれは全く問題にもしていない様子だった。あたしは
なんとなくどぎまぎした。別にどぎまぎする理由もないんだけど。
「ど、どう思った?」
「どう思った…っていうか…北朝鮮?ってどこにあるんだったっけ」


191 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:07 ID:ypr169P3

よっすぃはあくまで真面目な顔をしていた。あたしはちょっと意表をつかれた。
北朝鮮ってくらいだから北にあるんじゃないの、そんなことを思わず言いそうに
なったりした。
「ていうかよく意味わかんないんだけど」
「あたしもよく意味わかんないよ…」
言いながら、あたしは一緒に読もうと思ってよっすぃの手元を覗き込んだ。
「ちょっと待って、この新聞はだからね……あれっ」
一瞬、言葉がでなかった。


192 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:09 ID:ypr169P3

結論から言うと、なかった。モー娘。の文字も、暴漢がどうこうって記事も、なかった。

北朝鮮が核をどうこうして、アメリカがそれに対してどうこうした、というような
感じのそれが、その新聞の見出しだった。あたしはそれでも諦めきれずに
ひったくるようにしてよっすぃからそれを取り上げるともう一度読み返してみた。
夢じゃなかったと思うんだけど、新聞は何度読み返しても普通の新聞だった。
日付けも今日の日付けだった。ってこれは当たり前なんだけど。「…ふえ?」
なんだか溜息のようなものがでてきて、そんな混乱するばかりのあたしを
よっすぃは、不思議な生き物でも見るような顔でただ見つめていた。


193 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:10 ID:ypr169P3

いぶかしげなよっすぃを適当にごまかして、やっと一息ついたのはいいものの
あたしの心中はフクザツだった。なんか色んなことがおかしい、そう思った。
けれど、でもいつまでもそのことばかり考えてるわけにはいかなかった。
すぐに収録が始まっちゃって、それどころじゃ無くなってしまったから。

そして収録は、あまりうまくいかなかった。集中できないのを適当に
ごまかしたり、ごまかしきれなくて怒られたりした。
あたしは新聞のことなんて忘れよう、忘れようと思っていたのだけどなんか
ひっかかったトゲみたいにどっかしら気になっちゃって、どうしても集中する
ことができなかった。


194 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:11 ID:ypr169P3

それでもなんとか大体が撮り終わって、そして何人かのメンバーだけがさきに
楽屋に帰ってくることになった。あたしも戻ることになった。次の仕事にそなえて
すこしでも寝ておこう、なんてことを考えながら、楽屋のドアを開けたその時
…ふと、時計が目に入った。

時計は1時55分を指していた。
あたしはなんとなくわるい予感をおぼえて、楽屋を見渡した。


195 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:12 ID:ypr169P3

あいぼんが漫画を読んでいる。ののがバッグを枕にすやすや眠っている。
他には誰もいない。
あたしは新聞の内容を思い出した。

二時頃、ののたん、あいぼん、梨華ちゃん。
時すでに遅くメンバーに怪我人が。詳細は不明。

時計は1時58分を指した。
何やら冷たいものが背中のあたりを何度かはしった。ぞくりとするような冷たさ。


196 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:15 ID:ypr169P3

ドアに鍵をかけながら、あたしの頭はぐるぐると回った。いつのまにか普通のものに
すりかわった新聞、妙にぴったりした状況。どう考えればいいのかもわからなかった。
大した意味もないのかもしれない、けど、こんなのどうしようもなく気味が悪い。
ドアに鍵はかけたし、すぐ近くには警備のひともいた。だけど──。

もうちょっと丁寧に新聞を読んでおけばよかった、そんな後悔を感じたりもした。
もちろん心のどっかじゃ、そんな心配を馬鹿馬鹿しくおもわないでもなかったけれど。


197 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:16 ID:ypr169P3

「梨華ちゃん、ちょっと」

急にかけられたその声に驚いて振り向くと、いつのまにか真後ろにあいぼんが
立っていた。あたしはどきどきする心臓をおさえながら言った。
「な、何?」
あいぼんは眉をすこしあげてから、こう言った。
「いや、ちょっとジュース買ってくるから、どいて」


198 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:17 ID:ypr169P3

通すべきか、それとも通さないべきか…そう考える間もなく、あいぼんはあたしを
押しのけてとっとと出て行ってしまった。とっさに鍵をかけたものの、そのままだと
あいぼんが戻って来た時入れない。そしてもし暴漢が──ありえないけど──
本当に来たとしたら、外にいるあいぼんが危ない、だけど鍵をかけなかったら
…寝てるののが危ない。そしてあたしも危ない。
あたしはぶつぶつと考えながらただいたずらに、鍵をかちゃかちゃ開けたり
閉めたりを繰り返していた。結局どうすればいいかわからなくなって、ドアの
横の壁にもたれかかった、その時。

おもむろに、ドアをノックする音が楽屋に響いた。


199 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:18 ID:ypr169P3

一瞬で頭の中が凍りつくような瞬間のあと、考える間もなくかちゃり、という音が
続けて聞こえた。鍵が開く音だ、そう思った。あたしの目の前でドアがゆっくりと
開いていく。あ、ドアが開いていく、そう思った。バカみたいに。


200 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:21 ID:ypr169P3

失礼します、という男の人の声がした。あたしは内開きのドアの裏側にぴったり
寄り添うような形でいたから、運良く男からは見えない場所にいることができた。
青い、警備の制服を着たその人は一見警備員さんにも見えるけど、違うってことを
あたしは知っていた。新聞を読んでわかっていた。
あいぼんは──ジュースを買いにいったまま、未だ戻ってこない。そしてののは。

刺激してはいけない、刃物を持っている──

「なんだ、寝てるんですか…無用心だなぁ…」
呟いて、男はにやぁ、と笑った。斜めうしろから、頬のあたりが膨らんで見えた。


201 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:21 ID:ypr169P3

男の視線の先に何があるのかははっきりしていた。無邪気な顔で寝ている
のの。あたしはその時どうすればよかったのか、それは今もってわからない。
「ののたん…ののたんには陰毛なんてあっちゃいけないんだ…」
くぐもった声でそう呟くと、男は寝ているののににじり寄った。
「寝顔も萌えるよ…ののたん…」


202 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:27 ID:ypr169P3

ドアの陰には武器になるようなものはない、あたしは動けずにいた。距離が
近付くにつれて、何とかしなくちゃっていう焦りはあるんだけど、それと同時に
どきどき鳴る心臓の鼓動が聞こえやしないだろうかというような、とにかく…
あたしは、パニクっていた。そして怖かった。だからただ見ていることしか
出来ずにいた。金縛りにあったみたいに。
そしてついに男の手が、ののの寝顔に伸びて行った。あたしはもう見ていられ
なくて、手で顔を覆ってしまった、その時──
突然、がいん、という音がした。
続いて、どさっ、という音がした。

おそるおそる指をひらいた。
ののが、前と変わらず幸せそうな顔で寝ている。そして男は…
倒れていた。


203 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:28 ID:ypr169P3

何が起こったんだろう、そう思ったその時。開けっぱなしのドアの
陰から、軽く息を切らせたあいぼんが顔を出した。そして…。
倒れた男の傍にはころころと、少し凹んだコーヒーの缶が転がっていた。
「…ストライク」
そう言って、あいぼんはにこっと笑った。そして叫んだ。

「誰かぁ、来てくださああああい!」


204 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:30 ID:ypr169P3

事のなりゆきに呆然としながらも、あたしはぼんやりと状況を把握しようと
していた。遠くの方から何人かが走ってくるのが足音でわかった。
「悲鳴を聞きつけたマネージャーや番組スタッフが」来てくれている足音。
その時のあたしの顔色は、どんな色してたんだろう。
こんなことってあるんだ。ともかく、安心にふっと気が緩みかけたその時。
ふと、視界のすみで何かが動いた。

気絶しているはずの男が、なんかぴくっと動いたような。


205 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:31 ID:ypr169P3

気のせいであってくれればいい…そんな願いも虚しかった。よく見てみると
男が気絶したフリをしていたのは明らかだった。わざと起き上がろうとせずに
刃物を握りなおしているのが、あたしには見えた。ドアのところで、助けを
待っているあいぼんはそれに気付いていない。
あたしにだけは見えた──


206 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:32 ID:ypr169P3

「ダメ!」
何をすべきか、なんてわからなかった。
盾になってののを守ろうとかそんなんじゃなかったと思う。
あたしは一声叫んで、男の方に駆け寄った。そして。

「あっ」
びっくりしたようなあいぼんの声とともに、
世界が反転して、
まっくらに
なった。






207 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:35 ID:ypr169P3


 ……辻も加護も大丈夫みたいだね。よかった。
 梨華ちゃーん。おーい。
 大丈夫?
 石川はなに?殴られたの?
 ううん。
 寝てるだけ?なんか頭タンコブできてない?
 いや、あいぼが投げた缶コーヒー踏んで転んでましたぁ…
 マジで?キャハハハ!
 転んだ梨華ちゃん、寝てた犯人の頭にそのままごっつん!って。
 さっすが梨華ちゃん!って感じだよねぇ… 

目を覚ましたあたしを待っていたのは、こんな声だった。


208 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:35 ID:ypr169P3

 しかしよくやった、加護。
 そうそう、加護はえらいよ、すごい。
 一面載るかもよ、加護、缶コーヒーでワルモノを撃退!みたいな。
 度胸あるよ、辻も助かってよかったなぁ。
 あいぼんありがとね…
 うんうん、もっとホメたまえ、みんな。
 調子乗りやがって…でも、よくやった!
 ははは…

…時すでに遅く、メンバーに怪我人が出た模様…詳細は不明…
目を開くのはしばらく後にしよう、あたしはそう思った。



209 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/05 00:36 ID:ypr169P3
つづく

210 :名無し募集中。。。:03/01/06 00:50 ID:BukENwMO


211 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/06 23:50 ID:enQWwcVF


──芸能生命が縮まるって言われても、
1ヶ月じゃなんとも言えないっていうか、ピンと来ないっていうか。
…ていうか元々どんくらいあるのかもわからないじゃない──



212 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/06 23:51 ID:enQWwcVF

あれから一週間くらい経った。あれから…って、そもそもあれは一体
なんだったんだろう?なんて思う。最初から最後までつかみどころなんて
何にもなかった一日。なんだかヒドイ目にあったことだけわかってる。それだけ。
市井さんはあれ以来こない。


213 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/06 23:54 ID:enQWwcVF

カーテンを引いて、コタツにもぐりこんだ。窓の外には雪がちらほら。明日も
冷えるかな──そんな風に思った。あったかいコタツ。ピンク色の毛布。
あたしはミカンに手を伸ばす。
なんとなく幸せを感じる。いいことだよね。

「しんぶ〜ん」
そして突然響いた声。
あたしはもうほんとにまったりしてて、一瞬空耳かと思ったくらい。


214 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/06 23:55 ID:enQWwcVF

がらっと窓が開いた。カーテンがふわっと揺れて、外の冷たい風が部屋の
あったかい空気をゆらす──なにもかもあの時と同じように。びっくりする間も
なく、新聞が飛んできた。同時にあたしは体を起こす。
窓際ではひらひらするカーテンを手で払いのけている黒いダウンジャケット。
やっぱり市井さんが立っていた。
「新聞、届けに来たよ」
あくまで冷静なその声。

だけどあたしは、とても冷静じゃいられない。


215 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/06 23:56 ID:enQWwcVF

「市井さん…そう!こないだ!」
「うん、こないだどうだった?大体当たってたでしょ」
「当たってたって言うか、どういうことなんですかぁ、一体!」
声も自然とおおきくなる。勢いよく詰め寄るあたし。いなすようにとぼけた声で
答える市井さん。溶けた雪が前髪からぽたぽたと水滴になって落ちている。
暖房の効いた部屋のなかで、そこだけ温度が低いみたいな雰囲気だった。


216 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/06 23:57 ID:enQWwcVF

…あたしはあれからずっと考えてた。
偶然なんかじゃない、あれは偶然なんかじゃなかった。イタズラなんかでも
なかった。まるで、そう、予言のように。はっきりとわかるはずのない未来を
提示していた。そして…不思議なことはそれだけじゃない。
あたしに出来ること、それはたずねることだけ。目の前にいるこの人に。
はっきりさせなくちゃいけない。

決意を表すかのように、姿勢を気持ち正してあたしは市井さんに向き直った。
室内に緊張感が走る、みつめ合う二人。突然市井さんが目を逸らした。逃がす
訳にはいかない、あたしはさらに詰め寄る。合わせるように市井さんは体を
逸らす。もちろんあたしもにじり寄る。…あぁ、なんかサスペンスみたい。
「あれだよ…」
とつぜん市井さんが口を開いた。


217 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/06 23:59 ID:enQWwcVF

「それにしても、この時期に新聞配達はあれだよ、辛いね…」
「…はぁ?」
「やたら寒いしね、雪だよ今日なんて?ありえないっつーか」
「そうですね…って、答えてください」
「…」
「いや、本気で」
「あ、コタツ入っていい?」
「…どうぞ!」
なんだよ、怒ってんのかよ。ぶつぶつ言いながら市井さんはコタツに入ってきた。


218 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 00:00 ID:Wo9rdCVh
続く

219 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 22:47 ID:+Ikxsz25

「どうゆうことなんですかぁ?って言われてもなぁ、一体何から説明したらいいやら」

あったまって落ちついたのか、市井さんはあたしの口真似
(ゼンゼン似てなかったけど)なんて交えながら、やっと話を
始めてくれた。あたしもコタツに入って、聞く事にした。


220 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 22:49 ID:+Ikxsz25

「あのねぇ、こないだ説明してなかったけど、明日起こる出来事が書いて
 あんの。あの新聞にはね。だから日付けは明日になってんの。まぁ明日って
 いうか、今日か。明けて今日。今日起こるはずの出来事が書いてあんのよ。
 あとねぇ、あと…ん?あ、説明おわっちった」
おわっちった?何回か頭の中で反復してみた。やっぱりわかんなかった。
未来のことが書いてある新聞。あっていいのだろうかそんなものが。予言?

「書いてあんのよって…ノストラダムスじゃないんですから…」
思わず呟いた。あたしはやっぱりちょっと呆気にとられていた。
「ノストラダムス?あんなの当たってねーじゃんか全然」
けっ、とか言いながら市井さんはミカンに手を伸ばした。


221 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 22:50 ID:+Ikxsz25

あたしは出来るだけ冷静になろうと努めた。
「…あの。じゃあこっちからいくつか、質問があるんですけど」
「ん?何でも聞いていいよ。その前になんか飲みもんない?」
「例えば、ですね」
「いや、飲みもん…」
「新聞に書いてあることって、絶対変えられないんですか」


222 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 22:50 ID:+Ikxsz25

「難しい質問だなぁ…うん、ちょっと待ってて」
市井さんは腰をあげると、台所の方に向かった。人の家とは思えない
くらい迷いのない手つきで、コーヒー豆を取り出す市井さん。せめて
スニーカーくらい脱いで欲しい…。そう思った。
「おい、これ使わせてもらうよー」
コポコポ、という、ちょっといい音がした。

「石川も飲むだろ?ほらコーヒーだぞ、あったかいコーヒー」
カップを二つ手にして戻ってきた市井さん。あたしはもう無言だった。


223 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 22:52 ID:+Ikxsz25

「結論から言うと、起こるはずの出来事を変えることは出来るよ。だけど誰もが
 出来るってわけじゃない。つまり…何が起こるのか知っている奴だけ、ってこと」
あったかいコーヒーをおいしそうにすすりながら、市井さんは説明をはじめた。

「まぁそもそも、知ってる奴じゃないと変わったかどうかも気付かないんだけどさ」


224 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 22:52 ID:+Ikxsz25

「知っている奴だけ…ってことは、石川と市井さんだけってこと?」
「そう、例えばさ、石川がこないだ新聞もらった段階でいきなり自殺したとしたら?」
「じ、自殺ですか?」
市井さんは怖いことを平然と言った。
「そんな顔すんなって。た・と・え。例え話なんだから。…でも
 そしたらあの出来事は変わるだろ?仕事は中止になってたかも
 しれないしさ。少なくとも、石川があそこで怪我することはなかった」
「そうですけど、自殺だなんて…」
「まぁ極論だけどね自殺は。でもね、そん位しないと無理かもね」
市井さんの半分ふざけたような口調が、その時一気に引き締まったような気がした。


225 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 22:55 ID:+Ikxsz25

「そう簡単には変えられないよ。あくまで変えることは出来るはず、って
 だけの極論。言ってみれば運命だね。運命に逆らってもいい事はないよ。
 例えばこないだだってもしかしたら怪我してたのは辻や、加護だったの
 かもしれない。それを変えたことによって、石川が怪我をする羽目になった。
 そうでなくても、きっと誰かが必ず怪我してたんだよ。つまり運命は必ず
 目的を遂げようとするんだ…遂げられなければ、その代償を探すことによって」


226 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 22:55 ID:+Ikxsz25

一旦言葉を切ると、わずかに残っていたコーヒーを飲み干した市井さん
…その口調もそうだったけど、そんなかすかな仕草からさえも
やけに重苦しい印象をうけて、あたしはすこし戸惑った。そもそも
いつのまにこんな話になってたんだろう?

カップを置くと、市井さんはもう一度口を開いた。
「…どうしても変えなきゃならない運命、ってなら別だけどね」


227 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:03 ID:+Ikxsz25

その真剣な表情に対して、あたしには何とも言いようがなかった。どうしても
変えなきゃならない運命…そんなものがあたしに訪れる日は来るのだろうか。
そして、市井さんのその苦しげな口調もひっかかった。ずっととぼけた風な
話しかただったのに、いきなり別人みたいに。

だけどゆっくり考えてる暇はなかった。不思議なことは他にもある。
忘れないうちに聞いておかなくてはいけない、あたしはなんとか頭を切り替えた。


228 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:04 ID:+Ikxsz25

「あとあの、新聞、あれいつのまにか普通の新聞になってたんですけど」

市井さんは軽く首を傾げてから、すぐに何かをひらめいたような顔になった。
「あぁ、もしかして誰かに見せた?」
「あ、はい見せましたけど、その頃には、もういつのまにか、普通になってて」
なんでこんなに焦ってんだろう、言いながら思った。混乱しっぱなしのあたし。
市井さんはちょっと含んだような笑顔をしてから、教えてくれた。
「人に見せたってしょうがないよ、あれは石川、あんたに配った新聞なんだから、さ」


229 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:05 ID:+Ikxsz25

「人に見せたら変わっちゃう…てことですか」
「まぁ、平たく言えば」
「え、でも市井さんは見たじゃないですかこないだ」
「あたしはいいんだよ、配達員なんだから」
「そうなんですか…そんなのって」
「いいの」
「でも」
「あ、やべー、時間だ」
市井さんは素早かった。わざとらしく時計を取り出したと思ったらあっという間に
もうコタツから出て立ちあがっていた。
「…いや、言いたくないならいいですけど」


230 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:07 ID:+Ikxsz25

「それじゃ、おじゃましましたぁ〜」
市井さんはやっぱり窓から出ていこうとした。あたしも見送ろうと思って
コタツから腰をあげた、その時。
ベランダに足を踏み出したまま、市井さんが急に振りかえった。
「あ、そうそう。一回につき芸能生命1ヶ月。縮んじゃってるから
 気をつけてね…って気のつけようないけどさ」

そんじゃまたね、と言って市井さんは出ていった。


231 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:10 ID:+Ikxsz25

なんだかますますわけがわからない、それが感想だった。
どうやら未来のことが書いてある新聞があって
それはあたしにあたえられた運命で──
はぁ。

カーテンを閉めて振りかえった。コタツの上、ミカンの隣に広がっている
新聞が目に入った。
あたしはとりあえずそれを手に取った。見出しが目に入る。

 『モー娘。石川、トイレで醜態!?』

食い入るように紙面を眺めた。



232 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:11 ID:+Ikxsz25

 『モー娘。石川、トイレで醜態!?』

 本日午後五時頃、某テレビ局のトイレでちょっとしたトラブルがあった。
 トラブル自体はただのトイレの故障だが、その時の利用者がなんと今を時めく
アイドルグループ『モーニング娘。』のメンバーである石川梨華だったことから
一騒ぎもちあがったという。
 偶然そこに居合わせた、公開収録の観覧に訪れていたファンも集まり現場は
一時騒然となった。中には非常に取り乱すファンも混じっており、止めに入る
スタッフと重なり暴動寸前。逮捕者まで出る騒ぎになったという。


233 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:12 ID:+Ikxsz25

どうしても変えなきゃならない運命を、早速見つけられたのは喜ばしいこと
なんだろうか。あたしはひとつ溜息をついた。
気付かないうちに新聞は手の中でくしゃくしゃに丸まっていた。


234 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:12 ID:+Ikxsz25
続く

235 :名無し募集中。。。 :03/01/07 23:29 ID:FNmDTGYt
続くな

236 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:37 ID:+Ikxsz25
やだ

237 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:38 ID:+Ikxsz25

翌日のスケジュールはやはりと言うか、テレビ収録だった。それも某番組の
三本撮り。公開収録だってある。五時くらいに休憩が入って、トイレに行く
羽目になる可能性は十分…いや十二分にありそうだった。
なんとしても避けなければいけない。こんな…こんな質の悪いコントだけは。


238 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:38 ID:+Ikxsz25

「梨華ちゃ〜ん、おはよう」
「…おはよう」
「うわっ、梨華ちゃんどしたの…目真っ赤だよ」
答えずに手を振った。あたしは結局ほとんど眠れなかった。
「ちょっと石川、大丈夫?」
心配するみんなをよそにあたしは、いちばん隅にあった椅子に座り込んだ。


239 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:39 ID:+Ikxsz25

ふと鏡に目をやる。ひどい顔が目に入った。目は真っ赤に腫れているし
クマも出来ている。メイクでなんとかごまかさなきゃ…なんとかなるかな?
また溜息がでる。そして心配はそれだけじゃない。
「や〜だ〜安倍さん、やめてぇ〜」
もし、あの運命の通りになったとしたら。
「うわぁああぁああ」
何かの間違いってことはありえない。かわす方法は…
「ほらほら〜ののちゃんも加護ちゃんも、おいしいよ〜」

…うるさい。


240 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:41 ID:+Ikxsz25

安倍さんとあいぼんとのの。何やらおっかけっこをしていた。人の気も
知らないで…まぁあたしの気持ちなんてわかるわけないんだけど。
胸の中でそうひとりごちるあたし。
静かにしてもらおう、そう思って顔をあげたら、安倍さんと目があった。
「何、梨華ちゃんも欲しい?」
なにか勘違いをされたらしい。いきなりなにやら瓶が出された。

安倍さんはにこにこ笑っている。瓶にはなみなみと白い液体が。
「なんですか、これ」
「牛乳。北海道の牛乳は噂によると世界一だって梨華ちゃん知ってた?」
牛乳、聞いただけでもぞくっとした。今日のあたしにとって最悪のキーワードだった。
「実家から送ってきたんだよ、まぁ飲んでみなっておいしいから」


241 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:41 ID:+Ikxsz25

「い、いえ、オナカいっぱいですから」
よくわかんない断り文句だったけど、安倍さんはふぅんなんて言いながら
そんなに強くは勧めて来なかった。あたしはほっと胸を撫で下ろした。
とにかく今日は出来るだけ、目立たないようにしよう。そう決意したその時。
「おぉ、安倍さんうまそうっすねぇ、それ」


242 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:42 ID:+Ikxsz25

「よっすぃも飲む?北海道の牛乳。実家から送ってくれたんだよねぇ」
「吉澤、めちゃくちゃ早いっすよ飲むの」
「いやぁ、なっちには勝てないっしょ、道産子のが早いよ?」
うわぁ、どっちが早いの?しょうぶしよう、あたしなっちに賭けるよ、よーぃ…
一気に盛り上がる楽屋。悪い予感がすこしだけよぎった。
「一気飲みたいか〜い!」
「いえい!」


243 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:43 ID:+Ikxsz25

「北海道代表なっち!」
「プッチ代表、吉澤、行きますよ!」
瓶を手に勢いよく立ちあがって、宣言する二人。意味なく盛りあがる楽屋。
…そして黙っていられなかった人が一人。
「ちょっと待って!じゃあ、タンポポ代表…!」
一瞬にして楽屋の空気が凍った。しまった、という顔で立ちすくんでいるのは
他の誰でもない、飯田さん。


244 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:45 ID:+Ikxsz25

その場にいた誰もが分かっていた。負けず嫌いの飯田さんが「プッチ代表」
というキーワードに反応してしまったこと。カオリ!と続けようとしたこと。
そう、そして言葉につまったその理由も。

「…代表は、石川ね」
悔しそうにそう呟く飯田さん。楽屋のみんながほっと、胸をなでおろした
その瞬間。
とてもじゃないけど断れる雰囲気じゃなかった。


245 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:47 ID:+Ikxsz25




「すいません、ちょっと、トイレ…」

収録が一段落して、休憩に入る時間。よっすぃの顔色はすでに真っ白だった。
大袈裟じゃなくて、さっきの牛乳とおなじくらい真っ白に見えた。大袈裟だけど。
「よっすぃ、大丈夫?」
心配になってあたしは小声でたずねた。すれ違いざまによっすぃが呟く。


246 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:47 ID:+Ikxsz25

「絶対あれだよ、あの牛乳」
世界一のね、自嘲的に吐き捨てるとよっすぃは安倍さんを恨めしそうに
睨んだ。睨まれた方はなぜかけろっとしていたんだけど。
行ってらっしゃい、と見送るあたし。時間は未だ1時。
あたしにはまだ何ともない。
それが、たまらなく怖い。


247 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:50 ID:+Ikxsz25

もう全てのベクトルがその「運命」に向かっているような気がした。
だけどあたしだってバカじゃない。寝ないで予防策を色々考えてた。
絞ったのはこの3つ。
1.5時頃は絶対ガマンする。
2.テレビ局のトイレを使わない。
3.5時までにしておく。


248 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:50 ID:+Ikxsz25

1の案が一番いいと思ったけど、運命は変えられない、という台詞がチラついて
どうもたよりなかった。
2の案もなかなか良さそうなんだけど、実際そうそう都合よくいくかどうかは
謎だった。もし、まぁ例えばどっかのトイレに運良く入れたとしても、そこが
故障するっていう「運命」も十分考えられたし。そして、3の案。
こればっかりは天任せだけど、おそらく成功すれば完璧…運命だって
ねじ伏せられる。あたしは3の案に全てを賭けていた。

収録はだらだらと続いた。休憩のたびに走り出すよっすぃ。やっぱり
ピンピンしている安倍さん。そしてひたすら緊張しているあたし。


249 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:51 ID:+Ikxsz25

そしてついに。時間は4時を回るか、回らないか。とても「五時頃」なんて
言えない時間。天はあたしを見捨てていなかった。その時が、チャンスが来た。
詳しくは書かないけど。
収録中だったけど(それも、丁度5時頃までかかりそうな感じだった)あたしは
構わず手をあげて、言った。「すいません、トイレ行きたいんでいいですか?」
みんながびっくりしたような顔であたしを見た。あたしは返事も待たずに
つかつか現場を立ち去った。運命をねじ伏せるんだもん、この位しないとね。


250 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:51 ID:+Ikxsz25

トイレにはあっけなく着いた。立派なトイレだった。さっき見たスタジオの
時計は4時7分。3分と経っていないはずだった。そしてあたりに人影は
なかった。一応息をひそめて個室へと入る。鍵をかけた。そして。
そう、全てが完璧だった。
簡単に終わらせて、戻ってくる。それで終わりのはずだった。のに。


251 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:51 ID:+Ikxsz25


…ていうか、トイレの故障、って聞いて頭に浮かべるのって百人に聞いたら
 百人が「水が流れなかった」とか「水が溢れてきた」って言うと思うんだよね…


252 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:52 ID:+Ikxsz25

ほんとに、ずいぶん立派なトイレだった。だからちょっと安心したんだけど。
でもあたしは慎重だった。  前に、一回試しに流して見た。全く何の異状も
なかった。だからあたしは今度こそ安心して
 た。その時すこしだけ音が               けど、全然
      るのに大した時間はかからなかった。
あたしはすぐに     ることにした。出来るだけ急いだ方がいいと判断
したから。そして牛乳で       はやけに   だった。だけどあた
                ることができた。


253 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:53 ID:+Ikxsz25

もちろん、水は普通にながれた。胸をなでおろすあたし。全てが片付いた。
あたしの胸の中からも、同時に大きな荷物が流れていったような気がした。
一体何をバカみたいに悩んでいたんだろう。あたしは思った。大体あんな
新聞なんていい加減なもんじゃないか、そんな結論にも全く迷いはなかった。
さあ、とっとと現場に戻らなくては、あたしはドアのノブをゆっくりと捻って
引いた。

ドアは開かなかった。


254 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:53 ID:+Ikxsz25

思わず首を傾げた。
何故開かないのか、はじめはさっぱりわからなかった。あたしは確かに
ノブを掴んで、捻って、引いた。けど、なぜか手応えを感じなかった。そして。
あたしは不思議に思った。どうしてノブがあたしの手の中にあるのだろう、と。
それからドアを見つめた。それはトイレのドアらしからぬ鉄のドアだった。
重そうなドアだった。そして頑丈そうなドアだった。
実際とても頑丈だったそのドアは。
そう、取れちゃったノブ以外は。


255 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:54 ID:+Ikxsz25

…まさか「ドアが壊れてて閉じ込められる」なんて誰が想像した…?



256 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:54 ID:+Ikxsz25

とれちゃったノブをそのままはめて、回してみた。駄目だった。ぴくりとも
うごかないドア。突き破るのはまず不可能そうだった。それにしても…
なんて立派なトイレなんだろう?
収録から抜け出た状況なので、もちろん衣装のまんま、携帯も持ってない。
そしてこのままあたしが戻ってこなかったらみんな騒ぐだろう。あたしを
捜し回って…騒ぎになるかもしれない…そしたら…?

トイレでちょっとしたトラブルが。その時の利用者がなんと。
一騒ぎもちあがった。ファンも集まり現場は。取り乱すファン。
暴動寸前。逮捕者まで。

ぞくりと感じた悪寒はたしかにどこかで感じたものと同じだった。その寒気と
きたら、比較にならないくらいだったけど。


257 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:55 ID:+Ikxsz25

冷や汗が頭の中まで吹き出すような感じがした。誰かが来ればいいんだ、
5時までに誰かが来れば。外からなら絶対開くはず。そうあたしは思った。
でも誰もこなかったらどうしよう。ダメだあたしネガティブになってる。でも
ネガティブにもなるよね。大体誰かきたってどうすんの?「閉じ込められた
から開けてくださーい」なんて言えるの?言える訳ない。じゃあ誰か
知ってる人を呼ぼうか。だけどどうやって呼ぼう?収録から抜け出た状況。
なのでもちろん衣装のまんま、携帯も持ってない…あれ。考えが堂々めぐり
している。そもそもあたしは。

下手な考えをいたずらに繰り返すばかりで、どれくらい時間が経ったんだろう。
「梨っ華ちゃーん、いますかぁー?」
最初に響いた、その底抜けに明るい声は、他でもないあいぼんの声だった。


258 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:55 ID:+Ikxsz25

冗談抜きで泣きそうになったと思う。救いの女神。騒ぎにならないで
脱出できる、そう心から思った。単純に嬉しかった、ほっとした。
だけど安心するのはまだはやい、そうも思った。慎重にならなきゃ。
「…あいぼん?ねぇ、他に誰かいる?」
声を落として、あたしは聞いた。
「あ、梨華ちゃん。ううん一人。みんな捜してるよー」
一人。神がいるとしか思えなかった。あとはうまく言って開けてもらうだけ。


259 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:56 ID:+Ikxsz25

あたしは湧きあがるわけのわからない興奮を沈めながら、
「そう…あのねあいぼん、ちょっと聞いて」
おそるおそる切り出した。精一杯の小声で。

だけど、あいぼんは言った。
「しっかし梨華ちゃん、うんこながいよー!」
かなりの大声で。


260 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:56 ID:+Ikxsz25

「しっ、声大きいって!違うの!」
「えっ、うんこじゃないの?」
「そう、違うの」
「おーい、加護ー、梨華ちゃんいたのかぁ?」
よっすぃの声だった。多分トイレの外から言ってる。かなりの大声で。

「うん、いたけどうんこじゃないってさぁ」
「えっ?じゃあ、何?」
当然の疑問だよねよっすぃ。それをかなりの大声で。


261 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:56 ID:+Ikxsz25

「まぁいいや、開けてー梨華ちゃん」
「…ねぇ、あいぼん、外には人いっぱいいるの?」
「ちょっと待ってて…うん。スタッフの人とかも集まってきてるみたい。
 みんなどしたんだ、って心配してる。さっさと出てくればいいのにー」
それが出来たら苦労しないの。だけど違うの。ここでドア開けてもらっても醜態なの。
いるのはメンバーとか、スタッフの人だけじゃないの。絶対。新聞で見たの。
トイレに閉じ込められる石川梨華なんて、大声で触れ回られても困るの。
心の中でもう祈るように叫ぶあたし。もちろん通じるはずもなく。


262 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:57 ID:+Ikxsz25

「あぁ、分かった…ねぇ梨華ちゃん、なんかファンの人とか集まって
 来ちゃったから、とりあえず楽屋に戻れってさ。」
「……困るの」
「なんかぁ、出たくないって言ってますけどぉ…あ、わかりました。
 じゃあ梨華ちゃん、あたし行くけど」
「違うの」
「じゃ、うんこ頑張ってねぇ〜」
「…違うの!」
どこかでドアが閉まる音がした。


263 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:57 ID:+Ikxsz25

…あたしはもう意地になって出て行かなかった。それがよかったのかも
しれない。…悪かったのかもしれないけど。
それが「五時頃」なのは間違いなかった。

「石川さーん、でてきてくださーい」
スタッフの女の人の声が、あたしを何度も何度も呼んだ。
「なんで出てこないんだ?」
スタッフの男の人の声もした。こっちは多分外からだろう。
「おい、ファンが騒ぎ出してるぞ」
ファンが騒ぎ出してる…。笑い出しそうになった。こんなのって。


264 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:58 ID:+Ikxsz25

「梨華ちゃんが立てこもってるそうじゃねーか!」
「ヲイ、どうなってんだ!?」
「さ、騒がないでください」
「うるせー!」
もう真っ白にちかい頭の中、やけに耳だけは敏感だった。
ファンが集まり、スタッフと重なり騒動に。なっている。
はっきりと聞こえる声。声。声。


265 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:59 ID:+Ikxsz25

「大体お前等梨華ちゃんを働かせ過ぎなんだよ!」
「つまんねーコントばっか作りやがって!」
「おい、手ぇ出すんじゃねーよお前」
「うるせーこいつ、やっちまおうぜ」
「こら、警察呼ぶぞ警察!」
「警備員何やってんだ早く来いって!」
ゴキっとかバキっとかいう音がした、ような気がした。
悲鳴も聞こえたような気がした。どっか遠くで。


266 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:59 ID:+Ikxsz25

「いってぇ殴りやがったな、おい」
「今警察呼んだからな」
「うるせーむかつくんだよ手レ…」
「……………………………!」
「…………………………!!」
「………!!!」

あたしはいいことに気が付いた。耳を塞げばいいんだ。


267 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/07 23:59 ID:+Ikxsz25

「…………………………!!」
「……………………!」
「……………………………………………………!!」
「………………!」
「…………………………………………!?」


トイレの外の騒ぎは、あたしには聞こえないの。
逮捕者が出るのも、あたしのせいじゃないの。




268 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/08 00:00 ID:XAMDXO11
つづく

※上げないでください

269 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/08 00:02 ID:XAMDXO11
1話>>173-208
2話>>211-267

270 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:10 ID:8KaYIIfM


──新聞が来る度にあたしは思うんだ。
あぁ、あんまりあたしに関係ないニュースでよかったな、って。
あぁ、関係ないニュースじゃなくてよかったな、って──



271 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:11 ID:8KaYIIfM

市井さんはそれからも時々、新聞を届けに来てくれた。
届けに来てくれた、っていう言いかたもおかしいのかもしれないけど。
時々は笑っちゃうようなニュースが、時々は大変なニュースがあって
だけど市井さんのとぼけたような声だけはいっつも一緒だった。
もちろん、悲しいニュースも中にはあったりして。


272 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:11 ID:8KaYIIfM
第三話

273 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:15 ID:8KaYIIfM

 『モー娘。保田に熱愛発覚!?』

「……なんですか?これ」
「いや、あたしに聞かれても」
「続き、読みますか」
「うん、読んでみようか」


274 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:16 ID:8KaYIIfM

新聞にも大分慣れて、突拍子もないことにも慣れたつもりだったあたし
だったけど、さすがにその見出しには驚きを隠せなかった。そのあまりに
ショッキングな見出しには、市井さんも興味を示したみたいだった。
あたし達は顔をくっつけるようにして、どきどきしながら読み進めて行った。


275 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:17 ID:8KaYIIfM

 『モー娘。保田に熱愛発覚!?』

 二十世紀最後のアイドルと言われた『モーニング娘。』に、衝撃のニュースが
持ちあがった。来春脱退が決まっている最年長メンバー保田圭だが、なんと
彼氏の存在が発覚したという。気になるお相手の詳細は未だもって不明だが
どうやら結婚を前提とした付き合いらしい、とのことだ。
 年頃とは言えやはりアイドル、脱退後のソロ活動への影響も危ぶまれるが
関係者の中には素直に祝福する声も多いと言う。これも人格か。


276 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:17 ID:8KaYIIfM

保田さんに彼氏?結婚を前提?あたしの頭はくらくらした。
さすがに市井さんもフクザツな顔をしていた。
「まさか圭ちゃんがね…」両手をコタツに入れ、顎をその上にのっけるように
して、市井さんは何やらぶつぶつと呟いている。あたしは何か言わなくちゃと
思うだけで、言葉がまったく思いつかない。一言で言うと、二人ともひどく
戸惑っていた。
「相手、誰なんですかね…」
「わかるわけねーじゃんか」
「ですよね…」


277 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:19 ID:8KaYIIfM

はっきり言ってありえない、と思ったけど、でもこれは運命なんだし。じゃあ
素直に祝福すべきなのだろうか。でも祝福って。あぁ、明日どんな顔して
保田さんに会えばいいんだろう。そもそも。ぐるぐる。メリーゴーラウンド
みたいに、あたしの頭がまわる。
「なんかの間違い、ってことは…」
言っちゃってから、あぁあたしバカ言ってるって思った。そんなワケないって
ことくらい、あたしはとっくにわかってた。新聞は絶対。書いてある事は
絶対起こるって。市井さんはゆっくりと口を開いた。
「…うーん、ありえないんじゃん。さすがにこれは」


278 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:20 ID:8KaYIIfM

それからは二人ともすっかり無口になってしまって、市井さんもすぐに
帰っていった。「そんじゃまたねぇ」という声にも心なしか元気がなかった。
そして、その翌日。

行きたくない、と思う深層心理がはたらいたせいか、あたしはすこしだけ
遅刻してしまった。

息を切らせながら楽屋のドアを開けた時、あたしのアンテナはかつてない異変を感じ取った。


279 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:22 ID:8KaYIIfM

いつもはワイワイはしゃいでるはずの楽屋から声が消えていた。それ
どころかみんな生気のない顔をしている。泣きそうな子もいた。あいさつも
忘れて、あたしは呆然と楽屋を見まわして、思った。一体何事だろう…。
まさかあの件に関係しているのだろうか。
答えはすぐにおとずれた。あたしの右斜め後ろあたりから。
「石川ぁ〜おっはよ〜!」


280 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:23 ID:8KaYIIfM

保田さんの声が響くと同時に、楽屋の温度がすこし下がったような気が
した。誰も顔を上げない。あたしもちょっとぞくりとした。
「おはようございます…」
辛うじてあいさつしたものの、一人だけ不自然にニコニコしている保田さんを
前にして、続けて何と言っていいのかわからなかった。喉がカラカラになって
いるのがわかった。
「石川遅いよ、遅刻かとおもったよ〜」
すいません、と返そうと思ったんだけど、その前に何か飲もうと思って
テーブルに置いてあったペットボトルを口に含んだ、その時。
「そうそう、あたし、結婚するから」

あたしの口から勢いよく吐き出された『お〜いお茶』は
お約束どおり保田さんの顔を直撃した。


281 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:30 ID:8KaYIIfM

「げほっ、げほっ。すびばせんかかっちゃった」
「大丈夫?石川。」
お茶まみれの顔をにっこり輝かせて、保田さんはあたしの心配をしてくれた。
見ようによっては微笑ましいやりとり。でも楽屋の雰囲気がなぜだろう、どんどん
重くなっていくように感じる。
「結婚、ですか」
あぁ、やっぱり当たってた。あたしは溜息をついた。やっぱりなんかの間違いで
あって欲しかったと、どこかでそう思っていた自分に気が付いた。


282 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:34 ID:8KaYIIfM

きっとあたしが来る前にみんなはもう聞いていたのだろう。そう考えると
さっきまでの楽屋の雰囲気も頷けた。
一人ニコニコする保田さんとは別に、みんながみんなおそろしいほど静まり
返っていて、ほっとくとそのまま楽屋ごと凍ってしまいそうな雰囲気だった。
何か言わなくては、気詰まりな沈黙の前に苦闘するあたし、とそこへ。
「ていうかさぁ」「つーか」「あのぅ」「ところで…」
4人くらいが一気にかぶった。決まり悪そうに譲り合うみんな。顔を向ける保田
さんに、矢口さんが代表になって、言った。
「相手…誰?」


283 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:35 ID:8KaYIIfM

「え〜♪言わなきゃ…ダメ?」
言葉とはうらはらの「よくぞ聞いた」といわんばかりの得意げな表情を
あいぼんは後になって「夢にでてきた」と語った。また、くねらせた腰を
見ながら、ののがちょっとおびえたように後ずさったのが見えた。
一言で言うと、みんなひいてた。


284 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:36 ID:8KaYIIfM

「い、言いたい、別に言わなくてもいいよって言いたい…」
「ダメだって」
「でも誰なんですかね…」
「わかんない、誰って聞いてもなんかしらショック受けそうあたし」
保田さんはザワつくみんなをくるっと見まわして言った。
「相手はねぇ、普通の人なんだよねぇ…だから言ってもわかんないと思う」
ごめんね、有名人とかじゃなくて、とつけくわえる保田さん。そしてその満面の笑顔。
「だったら最初からもったいぶんじゃねーよ…」
矢口さんがぼそっと呟いた。幸いにも保田さんには聞こえなかった。


285 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:38 ID:8KaYIIfM

「まぁ、いつか会わせるからさぁ」
そう言って、おもむろに携帯を取り出す保田さん。
「えー、でも、誰に似てるとかあるじゃん、なんかないの写真とかシールでも」
やっと気を取り直したらしい矢口さんが、好奇心をあらわにしてインタビューを
開始した。
「あ、見たい見たい」
「そうそう、写真ないですかぁ?」
「めっちゃカッコよかったりして!」
一気に盛りあがる楽屋。保田さんは残念そうに眉をひそめてみせた。
「…ないのよねぇ、何にも」


286 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:38 ID:8KaYIIfM

「なんだ、ないの…」
「じゃあしょうがないねぇ」
「でもさ、じゃー有名人で言ったら誰に似てる?」
食い下がる矢口さん。何故か目がマジなのは気のせいかな。
「誰か似てる人…?」
「そう、似てる人」
「あ、いた」
「だ、誰?」
矢口さんのみならず、みんなが固唾を飲んだ。あたしも飲んだ。
「ベッカム様!」
活気を取り戻したはずの楽屋は、一瞬にして再び凍りついた。


287 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:39 ID:8KaYIIfM


「えっと、べっかむさま。」
「うん、ベッカム様。」
「ディヴィット、ベッカム様。」
「うん。」
「イングランドの。」
「うん。イングランドの。」
「マンチェスターユナイテッドの。」
「おっ、詳しいね吉澤。」


288 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:41 ID:8KaYIIfM

「つーか、嘘でしょ…写真見ない限り信じないよあたしは」
「わかった、今度撮ってくるよ」
「写真1枚もないのってすごいよね」
「うん、撮ってないからね一枚も」
「マジで?」
なんだかいつになく嬉しそうな保田さんの様子に、はじめは凍っていた
みんなもほぐれてきたみたいだった。
「え?なんかそういう仕事の人なんですか?」
「いや、別に」
「じゃあなんで」
「いや、まだ撮ってないだけ」
「何それ」
「そうだよ圭ちゃんカメラ好きじゃん」


289 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:41 ID:8KaYIIfM

みんなが首を傾げる中、あたしも気になったので聞いてみた。
「えっと、いつ知り合ったんですか?」
「えっとね。いつだっけちょっと待ってね」
指を折りながら数える保田さんに、みんななんとなく嫌な予感を感じた。
「先週の…土曜?かな?」
絶句する皆を尻目に、保田さんは鼻歌なんか歌いながらメールを開始した。

「今の圭ちゃんには、何いっても無駄だから」
諦めたように首を振ると、飯田さんがぼそっと呟いた。



290 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/10 00:41 ID:8KaYIIfM
続く

291 :山崎渉:03/01/10 04:33 ID:pP27NLdK
(^^)

292 :山崎渉:03/01/10 16:52 ID:wKQQgnQA
(^^)

293 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:01 ID:gqQfdjXV



「…しらないよ、てかなんであたしのせいみたいになってんだよ」
「だって、市井さん保田さんと仲いいでしょ?なんとかしないと」
「大体マジで付き合ってんだったらいいじゃんか」
「でも…」
「はいはい終わり。大体人の恋愛に首つっこんじゃダメ。」

市井さんに軽くあしらわれて、あたしはちょっとへこんだ。


294 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:04 ID:gqQfdjXV

あたしときたらもう心配で心配でなんだか心配で、なにか重い荷物を
しょっちゃったような気がして、もう市井さんだけを頼りにしてたのに。
市井さんときたら、あたしが今日のことを話してる間もずっと「なんだよ」とか
「いいよそんな話」とか言いながら、なんだかあんまり興味なさそうな顔を
ずっとしてた。まぁ人の恋愛をどうこう言ったり、ましてあたしが保田さんの
心配をするなんてこと自体、筋違いなのはわかってるけど。でも。
…二日連続で来ることなんて今までなかったのに。
本当は市井さんだって気にしてるくせに。そう言ってやりたかった。

市井さんはそんなあたしに構わず、おもむろにリュックをゴソゴソやりだした。
「ほら、今日ももってきたよ、しんぶ〜ん」


295 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:04 ID:gqQfdjXV

ばさっ、という音がして、新聞が配られた。
一分後。
あたしは、鼻血が出るかと思った。
「…い、市井さん、これ、これ読みました?」

「うん?読んでない。今出したばっかじゃん」
あたしはそれを市井さんに差し出した。


296 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:06 ID:gqQfdjXV

  『モー娘。保田、お相手は詐欺師!?』

 先日お伝えした『モーニング娘。』メンバー、保田圭のお相手だが、実は
とんでもない経歴の持ち主だったようだ。男性は新宿歌舞伎町のホストクラブ
「A」の元NO.1(自称)であり、金銭トラブルから店を辞めたあとも定職につかず
元の客を相手にヒモのような生活を送っているとのこと。
 また今現在結婚詐欺の容疑者として、当局から手配されているという噂も
あるらしい。男性は98年にも客だった女性から詐欺罪で起訴され、実刑こそ
まぬがれたものの執行猶予をつけられており、それが…



297 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:09 ID:gqQfdjXV

「え」
「こ、これ、これっていったい、」
「わ、わかんないよ、取りあえず落ちつけって石川」
「詐欺って騙されるってことですよね、保田さんが騙されるって」
「いやいや、まぁでももともと男と女なんて騙しあいみたいなもんだから…あちっ」
「い、市井さんお茶こぼれてますって!ティッシュティッシュ」
「と、とにかく石川。圭ちゃんはお前に任せた」
「任せたって、まかせられても困りますよあたし」
「あ、やべ時間だ、そ、そいじゃまたね」
「市井さんちょっと待って、一人に、一人にしないで!?」



298 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:10 ID:gqQfdjXV
第三話(後半)

299 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:16 ID:gqQfdjXV

市井さんが帰って(逃げて)から、翌日楽屋のドアを開けるまで、あたしは
100種類くらいのハッピーな想像(妄想)を繰り広げた。なんかの間違いで
あればいい、実は別人であればいい、保田さんがいきなり飽きてて
くれればいい。あたしはがっくりと肩を落とした。
どれもありえそうになかった。

「おっはよー」
そして保田さんはやっぱり元気だった。みんなは、と言えば随分
慣れたみたいで、飯田さんなんかは「幸せそーでいいね」なんて
言ってた。あたしはそそくさと、保田さんから離れた。


300 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:17 ID:gqQfdjXV

こうなった以上、何とかして保田さんの目を覚まさなくてはいけない、という
妙な責任感があたしに芽生えていた。かと言ってそのまま言っても聞いて
もらえないどころか、殴られる可能性も高かった。
…誰かに相談しよう。
色々考えた結果あたしは、隅っこの方で安倍さんとののを相手に何やら
ぶつぶつ言っている矢口さんに照準を絞った。


301 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:19 ID:gqQfdjXV

他のみんなはもう保田さんに慣れちゃってるのに、矢口さんだけはいまだに
慣れていないように見えた。さっきから夢中でメールを打っている保田さんの
やたら嬉しそうな後姿を横目でちらちら見ながら、何やらぶつぶつ言って
いる。思いっきり負のオーラが出ていた。
「どうですかねぇ、保田さんは」
あたしはおそるおそる聞いてみた。


302 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:22 ID:gqQfdjXV

「あぁ、オイラ、ショックだよ…」
矢口さんはほんとにショックを受けているように見えた。なにがそんなに
ショックなのか、ちょっと不思議だったけど、でも分かるような気もした。
「大丈夫ですかね、知り合ったばっかの人に」
「いいんじゃないの?幸せそうだし」
安倍さんがニコニコしながら答えてくれた。
「しあわせそうだしねー」
ののも何故かニコニコしている。あたしも思わずつられてそうだよね、なんて
ニコニコしながら言いそうになったけど、ふと正気に戻った。
駄目駄目、それじゃなんにもならない。


303 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:22 ID:gqQfdjXV

心を鬼にしてあたしは切り出す事にした。
「でも、もしかして」騙されてたら…そう言いかけた時、矢口さんが
突然、口を開いた。
「ちくしょー、圭ちゃんなんて騙されちゃえ」
あたしはドキっとした。何故それを?

「はは、矢口うらやましいんでしょ?」
「うらやましいんでしょ?」
安倍さんとののに言われて、矢口さんは頭をボリボリと掻いた。
「う〜ん、なんだろうね、うらやましい気もするよ。ただの勘違いにしても、さ。
 あぁオイラもあん位ドキドキしてぇなぁ〜あぁ、ちっきしょー」
「どきどきしてぇ〜なぁ」
「ののちゃんはまだ早いでしょ」
「そうそう、辻にはまだ早いよ。百年早いね矢口から見たら」

…言えない。
ここで言っちゃったら、まるで保田さんの幸せにケチつけてるみたいで・・・。


304 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:24 ID:gqQfdjXV

あたしは矢口さんからも離れ、一人ぶつぶつと考えた。
何か起こるって分かってたら、それなりに注意も出来るんだけど(って
注意してもあんまり意味ないんだけど)、でも今回のニュースはそういう
性質じゃなかったし。せめて相手に会えればいいんだけど。でも新聞には
住所とかは書いてなかったし。…毎度のことながら、新聞にはいつも困る。


305 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:24 ID:gqQfdjXV

「うわぁ〜〜〜〜〜」
突然、楽屋中に響き渡った保田さんの大声。
「今日会うことになっちゃったよ!いや〜、参ったまいったぁ」
携帯を見ながら、わざとらしく叫ぶ保田さん。ちょっとうんざりした顔を
見合すみんな。だけどあたしは違った。これは、天がくれたチャンス
かもしれない。そう思った。意を決して足を踏み出した。
「保田さん」
「何よ〜」
にたにたしながら振り返る保田さん。心を鬼にするのよチャーミー、そう
自分に言い聞かせた。

「あたしも連れてって下さい、デート」


306 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 02:25 ID:gqQfdjXV
続く

307 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:21 ID:5KR0HfPU


仕事が終わり、あたしと保田さんはデートに向かった。保田さんはもう
いつになく渋ったんだけど、説得してなんとか連れてってもらえることになった。
「ねぇ」
「はい?」
「あんた、なんかたくらんでんでしょ」
「たくらんでませんよ〜。」
嘘だった。あたしはずっと仕事中に計画を練っていた。


308 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:22 ID:5KR0HfPU

着いたのは和風の、感じのいい居酒屋。居酒屋っていうよりは料亭っぽくて
高級感たっぷりって感じだった。なんかいかにも芸能人とかがお忍びとかで
来そうな店。まぁ保田さんも芸能人なんだけど。
通されたお座敷はやっぱりとても立派だった。どうも相手の人がすこし遅れてくる
みたいで、あたし達は二人でしばらく待つことになった。やたらとそわそわする
保田さんをよそに、あたしは一旦頭の中で計画を反復することにした。
冷静にならなくちゃいけない。


309 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:22 ID:5KR0HfPU

仕事中に練った計画、それは至ってシンプルだった。
チャーミー    「チャオ!チャーミーでーす」
ホストっぽい男 「ど、どうもはじめまして(くそっ、チャーミーなんて連れて来やがって)」
チャーミー    「あれ、なんか焦ってません?」
ホストっぽい男 「あ、焦ってねぇよ。ていうかなんで連れて来たんだよ」
保田さん     「…なに、かわいい後輩を連れてきちゃまずいの?」
チャーミー    「きっと、やましいことがあるんですよ!」
ホストっぽい男 「や、やましいことなんてねぇよ」
チャーミー    「嘘よ、保田さんは騙せてもチャーミーは騙せない」
ホストっぽい男 「くそっ、ばれてたか!逃げるぞ〜」

保田さん 「ねぇ、あんたさっきから何ぶつぶつ言ってんの?」
あたし 「えっ?」

「いや、さっきから何をぶつぶついってんの?って」


310 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:23 ID:5KR0HfPU

あまりに完璧な計画だったためか、しらずしらず口に出してしまっていた
ようだ。いぶかしげにこっちを見つめる保田さんをごまかすのに一苦労
しているその時。個室のフスマがすーっと開いた。
保田さんはにっこり笑って手をあげた。あたしは唖然とした。


311 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:23 ID:5KR0HfPU

入ってきたのは至って普通の、お父さんみたいな地味なスーツを着た
人だった。髪も真っ黒でスポーツ刈りっぽい感じで。もちろんごてごてした
アクセサリーもなくって、シャツのボタンもちゃんと一番上まで留めてて。
ベッカムには…ほとんど似てなかったけど、でも全然変な顔はしてなかった。
「ごめんこの子どうしても付いてくるっていうからさぁ」
「いや、構わないよ。待たせてごめん。始めまして…。」
あたしは、混乱した。


312 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:23 ID:5KR0HfPU

完璧な計画がガラガラと音を立てて崩れていく。にっこりと会釈をかわし
ながら、あたしは冷静にならなくてはいけない、と思った。そう、まず
相手を知らなくちゃいけない…観察することが大事だと思った。
目。鼻。くち。耳。首。ネクタイ。スーツ…
「あてっ」
「あんた、何ジロジロ見てんの失礼でしょ」
「す、すいません…」
だけどぶつことないのに…と、頭をさすりながら思った。そんなあたしを
見て、男の人は楽しそうに笑った。保田さんもそれを見て笑った。そんな二人は
なんとなくお似合いに見えた。あたしはどんどん拍子抜けしていった。


313 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:24 ID:5KR0HfPU

…ていうか、この人いい人なんじゃないの?
きちんとした身なり。ものごし。喋りかた。全てがやさしそうで、いかにも
いい人〜っていう感じだった。そして、急に乱入したあたしに対しても
イヤな顔ひとつせずに接してくれた。
話も上手な人だった。あたしはこういう場所は苦手だと思ってたけど
保田さんと男の人が楽しそうに喋っているのをにこにこしながら
聞いているうちに、なんだか楽しくなってくるのがわかった。
それは、素敵な時間だった。保田さんにとってはなおさらだったと思う。


314 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:25 ID:5KR0HfPU

ちょっと電話してくる、そう言って男の人が席を立った。保田さんと二人きり。
あたしはちょっと考えた。もしかしてあたし邪魔者だったら帰ろうかなって。
保田さんに言おうと思った…時、保田さんがくるっとこっちを向いた。
「ねぇ、石川」

「な、なんですか保田さん」
あたしの考えが見透かされたような気がして、ドキっとした。
「いい人でしょ…あの人。あたしにはもったいないくらいだって自分でも思う」
保田さんはテーブルに肘をついたまま、独り言みたいに呟いた。


315 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:31 ID:5KR0HfPU

いい人ですよね。そう言いかけて、何かがひっかかってふと止まった。
お酒が進んでいくうちに、あたしはいつのまにか当初の目的も計画も
すべて忘れてて、ただただ邪魔者にならないように気を付けるばかりだった。
新聞に書いてあったことはなんかの間違い、もしくは人違いということで
いつしか頭の隅っこに片付けられていた。というかあたしはほとんど
そんなこと忘れていた。
その時も、全然だからそういうことは考えてなかったんだけど。

あたしの返事はいらなかったらしい。保田さんはまた口を開いた。


316 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:32 ID:5KR0HfPU

「でもね、石川。あたし結婚とか言っちゃってるけど、別に舞いあがってる
 だけじゃないよ…あたしね、本気だからさ」
「本気…ですか」
「そう。あたし世間知らずだしさ、あんま頭よくないけど、何にも考えてない
 わけじゃないよ、あたしなりに精一杯考えて、であの人に決めよう、って
 思ったんだ…みんなが心配してくれてるのは知ってたけど、ね」
言葉を切った。そうして、保田さんは本当に幸せそうな顔をしていた。
それはいつもの保田さんとは全然違ってた。楽屋で見る保田さんとも
カメラの前の保田さんとも、今まで見たどの保田さんとも、全然違ってた。


317 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:33 ID:5KR0HfPU

「ちょ、ちょっとあたしトイレ、トイレ行って来ます」
聞きながら胸がいっぱいになっていくのがわかった。涙が溢れそうなのが
わかった。あたしはなんだかいたたまれなくなった。自分がとってもずるい
きたない奴みたいに思えた。顔をそむけて立ち上がり、個室から出た。
奥まった方の廊下へと向かった。やたらと顔を洗いたくなった。

 ばっか、ちげーよ。しょーがねぇだろ…。

トイレに向かう角を曲がろうとしたあたしに、不意にそんな声が聞こえてきた。


318 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:33 ID:5KR0HfPU

それは確かにあの人の声だった。もう少しで曲がる所だった反射的に。

 だから言ってんだろ、今日ケリつけるつもりだったんだよマジで。
 邪魔が入っちまったんだよ、え?しらねぇ。いきなりトモダチ連れてきやがってよぅ。

聞きながら、別人かもしれない。そんなことを思った。声は確かにそうなんだけど
喋ってる口調が、内容が、頭の中でよくつながらなかった。あたしはなんだか
落ちつかない気分になった。これってもしかして…。


319 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:34 ID:5KR0HfPU

 いや、でもいけるね。全然信じ切ってるしこっちのこと。
 結婚しようかって言った時の目ぇ、マジで見せてやりたかったよ…。
 それとなく話も通してあるし、出来れば今日中に幾らか…

物陰から様子をうかがった。トイレのドアに寄りかかって、ニヤニヤしながら
電話しているのは、確かにあの人だった。あたしは溜息をついた。
今度こそ泣きそうになった。あんなに楽しそうに喋っていたのに?


320 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:35 ID:5KR0HfPU

──全てが間違いであればいいのに。
あんな新聞なんて信じないって、言い切っちゃえばどんなに楽だろう。
運命なんて信じないって心から思えたら──

男はバカみたいにずっと喋っていて、あたしはもうほとんど聞いてなかった。
個室にも戻れずに、男を問い詰めることも出来ずに、ただ一人で角のところに
たち尽くしているだけだった。どうすることも出来ないあたしには。それが
ひどく痛かった。
「どしたの」
保田さんの声が、後ろからあたしを呼んだ。あたしはゆっくりと振り返った。


321 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:35 ID:5KR0HfPU

ちがうんです、なんでもないんです、反射的にそんな言葉が出そうになって
すぐにとまった。あたしははっと息を呑んだ。保田さんの体が鉄のように
こわばっているのがわかった。口調こそ穏やかなものだったけれど、目は
あたしを見ていない。丸い瞳は声の方向にじっと向いたまま、まるでその
存在ごと射抜こうとするかのように光っていた。
その表情を見れば、すこし前から聞いていたのは間違いなかった。
「…石川」
怖い、そう思った。今起きてること、これから起こることを思って、頭が
ヒリヒリするような感じがした。だけどその一方、頭の中でどっか別の
もう一人のあたしが、変な言いかただけど、そんな保田さんに見惚れていた。


322 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:36 ID:5KR0HfPU

何かを覚悟したようなその表情は、なんていうか澄み切ってて、お化粧
だってだいぶ落ちてきてるのにとても女っぽくって。決して綺麗ではなかった
けど、あたしはどきっとした。

 だいじょうぶだって、世間知らずのバカ女くらい…

いつまでも喋り続ける男。保田さんは深く溜息をついて、もう一度あたしを呼んだ。
「石川」
「…はい」
「水、持ってきて」


323 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:36 ID:5KR0HfPU

逆らうことも出来ずに個室に戻った。食べ散らかされた料理、お皿には
料理がちょっと残っていて、多分もう手をつけられることはないのだろう。
空のグラスは下げられていた。新しいお皿がきていた。軟骨のから揚げが
山盛りになっていた。
一杯のコップを手にして、あたしはすぐに個室を出た。


324 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:37 ID:5KR0HfPU

無言で水を渡した。男はドアのところにいつのまにか座り込んでいて
あいかわらす携帯を手にニタニタと喋り続けていた。
保田さんがゆっくりと近寄って、男が驚いたように顔を上げて、何やら
言いかけるその顔に水がかかって、その全てがあたしにはまるで映画の
スローモーションみたいに見えた。
頭から水をかけられて、うなだれる男に向かって保田さんは言った。


325 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:37 ID:5KR0HfPU

「バカにすんのもいい加減にしてよ…いくらアイドルだからって
 あたしはそんなに馬鹿じゃないよ」
世間しらずでもないよ、そうはき捨てると、呆然としたままの男を置き去りに
して、保田さんはつかつかと店を出ていった。取り残された男は逆上する
でもなく、ただその場にたたずんでいた。最後に何か一言言ってやろうと
思ったんだけど、その横顔がとっても傷ついてるみたいに見えたからやめた。
ぽたぽた落ちる水滴が妙にシュールにうつった。
きっと十分みじめだったんだろう、一番傷ついたのは誰だっけ?
「ごちそうさまでした!」
それだけ言ってあたしは個室に戻った。
荷物をとって、保田さんを追いかけるために。




326 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:38 ID:5KR0HfPU


「…あたし」
「なんですか」
「あたし、みじめだよね」
「そんなことないですよ」
あたし達は、二人で夜道を歩いていた。


327 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:38 ID:5KR0HfPU

保田さんは泣かなかった。
「もういいんだ、バカだからあたしわかんないんだよ」
「保田さんはバカじゃないですよ」
「さっきはああ言ったけどね、わかってんだあたしバカだって」
「バカじゃないですよ!バカじゃないもん…」
あたしは泣いていた。
それこそ馬鹿みたいにしゃくりあげるあたしを嬉しそうに見つめて
保田さんは髪をなでてくれた。
立ち止まってしばらくそうしてくれた。あたしはとても落ちついた。


328 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:39 ID:5KR0HfPU

「お、男と女なんてもともと騙しあいみたいなもんですから…あてっ」
慣れない台詞に気を取られ、電柱に頭をぶつけて思わずうめくあたし。
「…あぁ、そういう物言い。最近、誰かに似てきたなぁって思ったら〜」
酔っ払ってるせいか、いかにも面白そうに保田さんは言った。
「紗耶香だ、紗耶香。紗耶香に似てきたよ」

頭をさすりながら、あたしはただ笑うしかなかった。




329 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/11 21:39 ID:5KR0HfPU
つづく

330 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:06 ID:Pyfnbjue


──運命だからって諦めてもよかったけど
どんなに辛くてもかなしくても、一歩前向きに踏み出すんだ
すべていつか納得できるさ──



331 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:07 ID:Pyfnbjue

「市井さん」
「ん?」
「市井さんは今までもこうやって、新聞配ったりしてたんですかぁ?」
「難しい質問だなぁ…」
いつか、市井さんに聞いてみたことがある。


332 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:07 ID:Pyfnbjue

「あるけどね、誰にか、は言えないし…まぁ言ってもわかんないと思うけど」
「どして?芸能人なんですよねぇ?」
市井さんは頭をぼりぼり掻きながら、いかにも答えづらそうに教えてくれた。
「…芸能生命を絶たれるっていうのは、そういうことなんだよね」
そんなもんなのかな、と頷いた。


333 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:07 ID:Pyfnbjue

あたしはいつしか、芸能生命が縮むという事実を忘れていた。
未来を知ることができるという事実も忘れていた。
新聞のおかげで助かったこともあったし
新聞のおかげでひどい目にあったこともあった。
いつのまにかあたしは当たり前みたいに感じていた。
いつまでもこんな風に続いていくって、思うようになっていた。

ただ、楽しんでいたのかもしれない。



334 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:08 ID:Pyfnbjue
第四話

335 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:10 ID:Pyfnbjue

その日、仕事でだいぶ遅くなったあたしが家に帰ってきて自宅のドアを開けた
時にはもう十二時をまわっていたと思う。「ただいま」と小声で呟いてからすぐに
あたしは、なんとなく部屋中がぴりぴりしているような感じをおぼえた。
窓が開いてて、市井さんがこたつに入ってて。全然いつもと同じような光景の
はずなのに、それは確かにいつもと全然違う感じだった。

あたしが帰ってきたのにも気付かない風の市井さん。こたつの上に
ぽん、と無造作に置かれた新聞。いつもの「しんぶ〜ん」はどしたの
かな。なんて、あたしはのんきに考えていたけど。
「珍しいですね、あたしが帰ってくる前にいるなんて…」
もう市井さんがいるのもあたしの中じゃ当たり前みたいになってた。
市井さんは顔をあげた。やっとあたしに気付いたような顔だった。
返事はなかった。


336 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:10 ID:Pyfnbjue

その時、置かれていた新聞が目に入った。そしてその見だしが。
一面に大きく太字で記された文字。毒々しくカラフルに飾られた文字。
それは。

『モー娘。解散』

どさっという音がした。あたしのバッグが床に落ちた。
「こ、これって」
悪い冗談ですね、そう言おうと思った。だけど市井さんのその時の顔ときたら──


337 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:12 ID:Pyfnbjue

「…あたしもね、伝えたくなかったよ」
「どうして、どうしてこんな」
「あとね、もっと下も読んで」
冷静にならないと、そう思っても、どうしても弾む息を押さえきれなかった。
「下もって…」
何故だろう、やたらと息苦しい。頭ががんがんするのを必死に堪えて、読み
進めていくあたし。

『石川梨華の突然の脱退発表が原因か』

「え…」
「言ったでしょ、一回読むごとにあんた、石川の芸能生命は1ヶ月ずつ
 縮まっていくんだ、って」
何度も聞いたはずの台詞が、その時になって初めてあたしの頭をがつんと一撃した。


338 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:13 ID:Pyfnbjue

…そういえば何度読んだだろう…。膝のあたりの力が抜けて行くような気がした。
ふらふらする頭を抱えた。ほとんど何も考えられなくなった。あたしは、喋っていた。
「あたし…辞めたくない、辞めたいなんて絶対思わないし、言わない!
 脱退発表なんて、ありえない…ありえないじゃ」
あたしの言葉はふと止まった。

──ありえない、と思ったことが、全て起きるんだ。
最初は信じられないって、あたしもそう思ってたよ──

「あたしもね、そう思ってたよ…」
市井さんは吐き出すようにそう言った。


339 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:13 ID:Pyfnbjue

市井さんのその言葉には妙な実感というか、現実感が含まれていた。
得体のしれないような感情がこみ上げてきて、あたしは自分を押さえられなかった。
「何よ他人事みたいに!あんたがそんな新聞届けてくるから悪いんじゃない!
 こんなことになったんじゃない!ねぇ、責任とってよ!何とかしてよ!ねぇ!」
叫び続けるあたしはその時、完全に冷静さを無くしていた。市井さんは
逆にずっと座ったまま無表情だった。むしろあたしが熱くなればなるほど
その表情を無くしていったような。
「責任とるったって。あたしには何にもできないって」
「何よその態度!謝ってよ!あんたのせいで…」
「まぁ、あたしのせいって言えば、あたしのせいなんだけどねー」


340 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:14 ID:Pyfnbjue

後から思うと市井さんのそんな態度も、あたしを怒らせる為のものだったの
だろう。わざと冷静に、大人に振舞って。そうすればあたしはますます子供
みたいになれる。そして。
ぱぁん、という音がして、あたしの右手は市井さんの頬を打った。
顔を背ける市井さん。息を弾ませるあたし。しばらく時が止まった。

心臓の鼓動だけが痺れたままの頭にずきずきと響いた。
開けっぱなしにした窓から吹き込んでくる風が寒すぎた。
何もかもが冷たかった。市井さんの、見なれたはずのその表情でさえも。


341 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:14 ID:Pyfnbjue

ごめんなさい、殴るつもりじゃ、大丈夫ですか、様々な台詞が頭の中で
くるくると回ったけどあたしは結局黙ったままじっと突っ立っていただけだった。
市井さんもあかくなった頬を押さえようともせずにじっと無表情のまま
あたしを見つめていた。
冷たい風が二人の間を通りぬけた。やがて市井さんはこたつから足を出して
ゆっくりと立ち上がった。
「痛いけどね。しょうがないよ、ね。」


342 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:15 ID:Pyfnbjue

「帰って…かえって」
「どっちにしろもう、あたしは…新聞は、もう来ないよ」
「帰って!」
「じゃあね、石川。またな…」
窓から出ていった市井さんを、見送ろうともせずに窓を閉めた。
その言葉の意味を、考えようともしなかった。



343 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:16 ID:Pyfnbjue

 『モー娘。解散』
  『石川梨華の突然の脱退発表が原因か』

 本日午後五時、国民的アイドルグループ『モーニング娘。』の所属事務所から
衝撃のニュースが舞い込んできた。事務所からのFAXによれば、同グループの
メンバー石川梨華による突然の脱退希望により、これ以上活動を続けていくのが
困難になった、というのが解散の主な理由だという。
 しかし、結成以来脱退と増員を繰り返してきて、むしろそれを一つの売りにしていた
同グループだけに、この唐突な解散発表には関係者も首を傾げている。



344 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:17 ID:Pyfnbjue


案の定というか、朝早く事務所に呼ばれた。
「どうしたの、その目」
ゆうべ眠れずに腫らしたままの目を見て、誰かがびっくりしたような声を出した。
前にもこんなことあったっけ、あたしは思った。


345 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:18 ID:Pyfnbjue

事務所には全員呼ばれていた。その時、あたしが入っていった時はもう
すでに全員が部屋に集められていた。飯田さんだけはなぜかいないみたい
だったけど。
どうしても信じられなかった、実感がわかなかった、だけど──
収録現場ならともかく、レッスンならともかく。事務所に全員朝から揃っている、
この状況は明らかに不自然すぎた。
「なんかこういうのって緊張するよねー」
安倍さん。
「ASAYANを思い出すね、カメラ無いみたいだけど」
矢口さん。
ごめんなさい、とあたしは胸のなかで呟いた。


346 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:20 ID:Pyfnbjue

おはようございますを言いながら、震えないように気をつけた。
顔をあげる時は歪まないように、そう自分に言い聞かせるように。
そこには何も知らずにはしゃいでる声があって、疲れた風に時間を持て余す
顔があって、あたしはもう誰の顔もまともには見れなかった。

急に肩を叩かれた。振りかえると、飯田さんが後ろに入ってきていた。
「あ…飯田さん、おはよう…」
ございます、と言いかけた口が止まった。


347 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:21 ID:Pyfnbjue

あたしと、目があったその時。飯田さんのその真剣な表情が、張り詰めた糸が
緩んでいくみたいに、急に泣き出しそうにくしゃくしゃになっていった。それは
まるで子供みたいに見えた。娘。に入る前のあたしが、普通の一般人だった
あたしが、テレビで見てた頃の飯田さん。どこか子供で、頼りない、そんな
飯田さんが戻って来たみたいだった、少なくともあたしにはそんな風に思えた。
「どうしたの、カオリ…そんな顔しちゃ怖いよ」
「…つんくさんが来いってさ」
声をかけた矢口さんには目もくれずに、飯田さんはあたしにそう告げると
疲れたように椅子に腰を下ろして、テーブルに突っ伏した。
誰にも見られないように両手で顔を包んで飯田さんは静かに泣きはじめた。


348 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:21 ID:Pyfnbjue

静かに啜り上げるその泣き声が、胸に刺さって辛かった。
あたしもきっと同じくらい泣きそうな顔をしていたにちがいなかったけど
呆然とするみんなを尻目にわざと何も言わずゆっくりと立ちあがった。



349 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:23 ID:Pyfnbjue

「…失礼します」

つんくさんは机の前に立ってあたしを待っていた。いつもは脚なんか組んだ
まま、椅子にどっぷり座っているのに。
あたしはつんくさんの前に立った。頭のどこかが麻痺しているような、そんな
感覚を抱えながら。
「悪いな、こんな朝早くから呼びつけて」
「いえ」
──用件はなんですか、
いえ、わかってるんですけどねほとんど──


350 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:24 ID:Pyfnbjue

「今日はな、大事なことを言わなあかんねん…なぁ」
それはやけにしずんだような口調だった。わざとらしくも聞こえた。
言いかけたまま口を閉じて、つんくさんは突然がばっと身を沈めた。
「頼む、石川!この通りや!」

…メンバー石川梨華による突然の脱退希望により、これ以上活動を続けていくのが
困難になった、というのが解散の主な理由だという…
新聞の内容が頭をよぎって、つんくさんの土下座に飯田さんの泣き声が
頭の中で組み合わさった。まるでパズルみたいに。


351 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:25 ID:Pyfnbjue

──そんな、土下座なんてされても困りますよ
どうせ頼む、辞めてくれって言うつもりなんでしょう
もったいぶらないでさっさと言えばいいじゃないですか──

安い芝居を見せられている、そう感じた。どこか白けた自分がいる。つんくさんが
あたしに土下座するなんてもちろん、生まれて初めてのことだった。もしあたしが
何も知らなかったらどうしただろう…?きっと、慌てふためいて、つんくさんやめて
ください、とか言ったりして。石川に出来ることならなんでもします!
…なんて、バカみたいに。
だけど。この時ばかりは違った。あたしは言った。
「…あたし、何でもします」


352 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:26 ID:Pyfnbjue

「そう言ってくれると有り難いわ…実はなぁ…」
顔を上げずにつんくさんは言った。どうせ笑ってるんでしょ?あたしは思った。
だけど、あたしの台詞には続きがあった。
「そのかわり絶対、辞めませんけどね」
つんくさんはがばっと顔を上げた、その顔はむしろ頭を下げる前より
真剣さを増していた。
「…どうゆうことやねん」


353 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:29 ID:Pyfnbjue

「どうして解散したいのかはあたしにはわかりません。解散したいなら
 メンバー全員の納得いく説明が欲しいです。あたしがいきなり辞めて
 しょうがないから解散、とかいう…」
言いながら、あたしは奇妙な高揚感をおぼえた。ふわふわしている。
言葉がなにしろ、滑るように出てくる。あたしじゃないみたいに。
「…そんなくっだらない、安いシナリオなんていらないと思います」
人生とは全てがその安いシナリオ通りに動いているんじゃないか、
そんな感傷っぽい気持ちがちらっと胸を通り過ぎた。


354 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:30 ID:Pyfnbjue

「飯田に聞いたんか、解散すること」
やっぱり飯田さんは聞かされたんだ。だから泣いてたんだ。こんな話聞かされたら
泣くよね。きっと今頃苦しんでるんだろうな。一瞬だけちらついて消える様々な思い。
「いえ、違います」
新聞で見たんですよ、なんて言ってみたい。そんな気分だった。
「ほなら誰から聞いたんや!」


355 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:30 ID:Pyfnbjue

立ちあがって怒鳴るつんくさんはとてもさっきまで土下座してた人間とは
思えなかった。やたらと高圧的。あたしなんてきっと、どうにでも丸め込めると
思ってたんだろう。
「別に、誰からでもよくないですか?…とにかくあたし辞めません。いつかは
 辞めるかもしれないけど、自分から辞めたい、なんて死んでも言いません。」
その時のあたしは呆れるほど冷静だった。つんくさんの表情がサングラスの
奥まで、くっきり見てとれた。その目はもう苛々を隠そうともしてなかった。
睨みあっているあたしとつんくさん。思わず笑い出したくなるようなシチュエーション。


356 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:31 ID:Pyfnbjue

つんくさんは口を開いた。わざととろけるような声を出した。
「何言うてんねん、ソロになれるチャンスやで。元々自分をソロアーティスト
 としてフィーチャーする為の発想やねんこれは。わかるやろ?後藤みたいに、
 松浦みたいに、藤本みたいに、自分ソロやったことないからわかれへんねん
 …気持ちええぞソロは…」

ソロ活動をフィーチャー?あたしを?だけどあたしは知っていた。
あたしの芸能生命はもう無くなってるってことを。そして。
──どうしても変えなきゃならない運命。



357 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:31 ID:Pyfnbjue

──あたしだけならもしかしたら諦めたかもしれない。
だけどあたしの巻き添えで、みんなが泣くことになる。
みんなの巻き添えであたしが泣くんじゃない。それがあたしにはわかっている。
だったら方法は一つ。だけど可能性なら二つ──


「つんくさん」
「何や」
「一日だけ、考えて直してもらえませんか、解散のこと」


358 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:32 ID:Pyfnbjue

あたしの語気に押されたのかもしれない。ただ単に面食らってただけかもしれない。
「考え直すって言われてもな、もう事務所として手続きも色々あるわけやしな…」
つんくさんはあきらかに戸惑っていた。あたしは続けた。
「一日待って、それでも解散したいんだったら、あたし辞めます」
「ホンマか!?わかってくれたんか!」
わかってくれたんか…笑いそうになった。何をわからせるつもりだったんだろうか?
「いえ、そうじゃなくって、あたし一人で辞めるってことです」


359 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:33 ID:Pyfnbjue

色々なことが頭をよぎった。あたしはどこまでも冷静になれた。つんくさんの
表情がすこし変わった。
「一人で辞める…て、なんの話してんねん自分」
「解散はしないで下さい、あたし一人で辞めるってことです」
「だからそりゃどういうことや、ちゅうてんねん俺ぁ」
「もし解散した場合、あたし全部雑誌社とかに売ります。今の話もぜんぶです…」




360 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:33 ID:Pyfnbjue


──不思議に思ったことがある。どうして、あんな新聞みせられて、
あんな突拍子のない未来を、つきつけられて、あたし簡単に納得してるんだろうって。
だけど、今やっと気付いたよ、あたしなれてたんだそういうのに──



361 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:34 ID:Pyfnbjue


ドアを開けると、部屋中の視線があたしに集まった。
飯田さんが話したのか、それともその様子から気付いたのか、皆真剣な表情で
中にはもう泣き出しそうな顔までちらほらと混じってた。
あたしは一言だけ言った。
「冗談だったみたいですよ」
そしてにっこり笑った。みんなの緊張がほどけていくのがわかった。
唯一半信半疑だった飯田さんも、あたしが「明日になればわかりますって」って
言ったらちょっと安心してくれたみたいだった。

「ごめんね、石川」飯田さんは最後にぽつりと呟いた。
「あたし最近なんか、不安でしょうがないんだよね」


362 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:35 ID:Pyfnbjue


その夜、家に帰ってきたあたしはそこらじゅうに散らばっている新聞をまとめて
ビニールひもで結わこうとしたけど、なかったからガムテープでぐるぐる巻きに
した。それはちょっとした腰掛けがわりになるくらいの厚さになった。
くたくたに疲れていたけどほかにもやらなくちゃことがあってまだ寝られない。
あたしは次に、窓の外に向かって声をかけた。
「ねぇ、市井さん、いるんでしょう」
言葉と同時くらいに、窓ががらっと開いた。


363 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:35 ID:Pyfnbjue

「…ばれてた?」
「…ばれてましたよ」


364 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:36 ID:Pyfnbjue

「いや、一応ね、用事があるんじゃないかなーって」
よっこらしょっと、とわざとらしく呟いて入ってきた市井さん。その表情は
いつもとすこし感じがちがっていた。あたしは言った。
「ねぇ、これからはあたし配りますよ、新聞」
「うぅ、気付かれちゃったみたいだね」
市井さんは照れくさそうに笑った。


365 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:37 ID:Pyfnbjue

なくなった芸能生命はどこにいくんだろう…そう思ったとき、答えは自然と出ていた。
目の前のいる人を責める気には決してなれなかった。
あたしもこれから同じことをしようとしているんだから。

「石川」
「なんですか」
「…ごめんね」
「謝ることないですよ、あたしだって同じことしようとしてるんだから」
「優しいね…」

それに、市井さんだって元々はきっと同じで──


366 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:38 ID:Pyfnbjue

「あたしはもう配らないよ」
「充分溜まったから、ですか」
「いや…まぁ、そうとも言うかな?」
元の分を取り返したから?そう思ったけど、言わずにおいた。


367 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:39 ID:Pyfnbjue

「とりあえず、まぁ感じを掴む意味でもさ」
1枚あたしに配ってみなよ、そう市井さんは言ってくれた。
一旦は断ったんだけど、市井さんはきっと負い目も感じていたんだろう。押しきられた。
あたしは新聞の中から一枚を選んで、市井さんに手渡した。
市井さんに手渡そうとする、その瞬間からそれは普通の新聞では無くなる。そして。

「うわぁ…マジっすか」

顔をしかめる市井さんの声を聞きながら、あたしの心は安心で緩んでいった。
これで明日の見出しにも、明後日の見出しにもきっと『モー娘。解散』は踊らない。
あたしが新聞を配り続ける限り。
…そして、他のメンバーの誰かの、芸能生命が終わりを告げない限り。


368 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:39 ID:Pyfnbjue

「ねぇ、市井さんはどうしてあたしを選んだの?」
「ん?」
「あたしもこれから選ばなきゃいけないから、教えて欲しいの」
「怒んないで聞く?」
「おこんないで、聞く」
「一番弱そうだったから」
「何が?」
「…パンチ力」


あたし達は顔を見合わせて、それから笑った。




369 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:40 ID:Pyfnbjue

 『市井紗耶香 IN CUBIC-CROSS解散』
  『ボーカルの突然の脱退発表が原因か』

 昨日午後五時、アイドルグループ『市井紗耶香 IN CUBIC-CROSS』の
所属事務所から衝撃のニュースが舞い込んできた。事務所からのFAXに
よれば、同グループメンバーの市井紗耶香による突然の脱退希望により
これ以上活動を続けていくのが困難になった、というのが解散の理由だと
いう。決して不仲や営業方針による解散ではなく、あくまで本人の意志が
尊重されての言わば「前向きな解散」である、と事務所は強調した。
 また、ボーカル市井の今後の活動だが、本人の強い希望により、ソロと
して曲作りにはげむ他
「古巣である『モーニング娘。』からの脱退メンバーとのユニットも構想されて
いる(関係者)」
「数々ライブもこなして、市井本人もただの元アイドルからどんどん脱皮して
きてる。面白くなるんちゃうか(元プロデューサー)」
などなど、今後の展望は明るいものになりそうだ。



370 :パクリ小説「恐怖新聞娘。」:03/01/12 01:44 ID:Pyfnbjue
おわり

>>210>>235
保全、愛読ありがとう

目次
1話>>173-208
2話>>211-267
3話>>270-328
4話>>330-369


371 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:16 ID:ivAHXjzp

【場面】
夕暮れ。裏通りのガード下。人通りはほとんどない。全体的に暗く、向こうの
表通りからネオンがちらちら光っている。
後藤が一人、籠を手に立っている。籠にはマッチが山盛りになっている。


372 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:17 ID:ivAHXjzp

後藤  (傍白)どうしてマッチが売れないんだろう。

  後藤、静かにため息をつく。
  通行人が一人、表通りからふらついた足取りでやってくる。後藤は
  顔を伏せたままおずおずと近寄る。

後藤  あの、マッチを…。

  通行人、訝しげな視線を後藤に浴びせ、無言で通り過ぎる。
  後藤、その背中を見送りながら再びため息をつく。


373 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:19 ID:ivAHXjzp

後藤  あぁ、やっぱり今日もひとつも売れないのかな。
  
  言いながら後藤は自らの身なりを見下ろす。汚れの目立つスカートを
  折り込んだり、ぼさぼさの髪を指でとかしたりして、またため息をつく。
  突然低いエンジンの音が響いて、表通りから1台の車がゆっくりと走って
  くる。黒塗りの高級車。後部座席に安倍が座っている。

安倍  (後藤に気付いて)ん?
後藤  (傍白)高そうな車。こんなところに何の用があるんだろ。
安倍  (運転席に向かって)おい、止めるっしょ。

  後藤の目の前で車が止まり、黒い窓がゆっくりと開いてゆく。
  安倍、窓から顔を出す。後藤はぽかんとした顔で見ている。


374 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:23 ID:ivAHXjzp

安倍  何してんの、あんたこんなとこで。
後藤  …あの、マッチを…。
安倍  (小馬鹿にした口調で)マッチ?まさか売ってるの?
後藤  …はい。
安倍  今日びマッチなんて誰も買わないっしょ。

  後藤、答えずにうつむく。
  安倍はじろじろと無遠慮な視線を向ける。

安倍  驚いた。あんたみたいなのってホントにいるんだね。

  その言葉に、後藤はますます顔を伏せる。

安倍  (顎で籠を指しながら)今日はいくつ売れたの。
後藤  …つも。
安倍  何?
後藤  一つも、です。


375 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:29 ID:ivAHXjzp

安倍  何、あんたは他に仕事がないの。
後藤  …。(微かに頷いて、すぐに首を振る)
安倍  どうやって生活してるの。
後藤  …た、たまには。
安倍  ん?
後藤  たまには、買ってくれる人がいます。

  安倍、信じられないというような顔で首を振る。

安倍  たまにしかいないってことでしょ。
後藤  …もういいじゃないですか。
安倍  なに?
後藤  あたしのことなんて、どうでもいいじゃないですか。

  後藤、疲れたような表情でうずくまる。


376 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:35 ID:ivAHXjzp

  安倍、無言で後藤を睨みつける。後藤は顔を上げない。安倍、何かを思い
  ついたような表情になる。いたずらっぽく微笑むと、一旦車に引っ込んで
  運転席に何やら呼びかける。

後藤  (傍白)これだからお金持ちは嫌だ。

  安倍が窓から顔を出す。

安倍  何か言ったかい?
後藤  いえ、何も。
安倍  ふぅん…まぁいいべ。それ、なっちが買ってやるっしょ。

  安倍、言い終わると同時に札束を投げる。それは後藤の膝のあたりに
  着地する。後藤、目を丸くして固まる。

安倍  何、びっくりした顔して。(わざとらしく笑いながら)それだけじゃ足りない?


377 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:38 ID:ivAHXjzp

  後藤、札束と安倍を見比べるようにきょろきょろしながら何かを言おうと
  するが、口をぱくぱくさせるだけでなかなか言葉が出てこない。
  安倍はにやにやしながら待っている。

後藤  (搾り出すような声で)どうして、マッチに。
安倍  なに?
後藤  …たかがマッチにそんないっぱいお金はらってくれるのかわかんない。

  後藤、言い終わり急いで目を伏せる。安倍は満足げに見下ろす。


378 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:43 ID:ivAHXjzp

  二人ともそのまま、しばらくの間無言で動かない。安倍は後藤をじっと
  見下ろしている。後藤は顔を伏せたままじっと札束に目を落としている。
  やがて安倍が思い出したように呟く。

安倍  んじゃ、なっちは帰るよ。いつまでもこんなとこいられないっしょ臭くて。

  安倍、窓から顔を引っ込めようとする。後藤は慌てたように顔を上げる。

後藤  …あの!

  黒い窓が閉まりかけて、また開く。
  安倍、いかにもうんざりしたような表情を作っている。

安倍  何。なっち結構忙しいんだけどこうみえても。


379 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:45 ID:ivAHXjzp

後藤  あの、マッチを。
安倍  ん?
後藤  マッチを…持っていってください。(籠をおそるおそる差し出しながら)
     マッチ買ってくれたのに、マッチを持っていかないなんて…。
安倍  あぁ、これ、これね…。

  安倍、うっすらと笑いながら窓越しに籠を受け取ると、それを振りまわす
  ようにして壁に叩きつける。
  後藤、アスファルトに散らばるマッチを呆然と眺める。

安倍  なっちにはこんなもの必要ないべ、そんなこともわからないのかい?
     こんなもの、壁に叩きつけるくらいしか使い道が見当たらないべさ。


380 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:46 ID:ivAHXjzp

  言い終わると同時に黒い窓が完全に閉まる。走り出した車はすぐに
  ネオンの向こうへと消えていく。
  後藤、へたりこんだまま散らばったマッチと膝の上の札束をぼんやりと
  見比べている。

後藤  …拾わなきゃ。

  後藤、籠を拾い上げて札束を入れると、さらにその上からマッチを
  拾い集めて入れていく。全てのマッチを拾い終えると、籠をしっかりと
  胸に抱いて、ふらふらとどこかへ歩いていく。


381 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/14 21:49 ID:ivAHXjzp
続く

382 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/17 01:14 ID:ffj/F7gT

【場面】
翌朝。同じガード下。人々が早足で行き交う中、後藤が一人ぼつりと籠を
手にして立ちつくしている。何故か真っ赤にその目を腫らせている。


383 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/17 01:15 ID:ffj/F7gT

後藤  (通行人に)あの、マッチを。

  後藤、次々と声をかける。通行人は皆、いかにも忙しそうに、さらには
  迷惑そうな顔をしてよけていく。
  
後藤  マッチを…。

  通行人、誰も立ち止まらない。舌打ちの音が聞こえる。後藤、籠を
  持たない手でお腹のあたりにそっと手をやる。

後藤  (傍白)
     あのブルジョワの人が昨日言ってたとおり。朝からこうやっていくら
     頑張っても、マッチなんて誰も買わない。きっとマッチなんて。あぁ、
     ゆうべは結局眠れなかった。それにしても…あたし、なんだってこんな
     ことしてんだろ?


384 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/17 01:19 ID:ffj/F7gT

  気付くと太陽が、頭のほとんど真上まできている。通りを見渡す後藤。
  真昼のガード下に、人通りはほとんどなくなっている。

後藤  (傍白)あぁ、モタモタしてたから、人がいなくなっちゃった。

  後藤、きょろきょろとあたりを見まわして、人波が完全に途切れたのを
  みはからうと、お腹に手を入れる。そこからなにやら包みを取り出すと
  震える手でそれを解き出す。包まれたぼろぼろの新聞紙と、巻かれた
  ゴムを解くと、そこからはゆうべの札束が出て来る。後藤、それを慎重な
  手つきで一枚一枚ゆっくりと数え出す。

後藤  (傍白)いち、にぃ、さん、しぃ…

  時にきょろきょろしながら、時に震える手で後藤はしばらく数えている。


385 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/17 01:24 ID:ffj/F7gT

後藤  (傍白)96、97、98…99まい。あぁ、ゆうべ何度数えたっけ。

  後藤、数え終わると綺麗に端を揃え、また元通り包んでベルトにはさむ。

後藤  (傍白)何度数えても数えたくなっちゃう。これがお金の魔力ってやつか。

  ぼんやりと人通りのないガード下を眺めまわして、後藤はしばらく何かを
  考え込んでいる。と、ふいに何やら決心したような表情になる。
  後藤、そのままゆっくりとどこかへ歩き出す。
  マッチの籠は置き去りにされている。



386 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/17 03:06 ID:ffj/F7gT

【場面】
真昼。街の中心部である広場につながる表通りを後藤が歩いている。
通りにそって様々な店が立ち並んでいる。


387 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/17 03:07 ID:ffj/F7gT

  後藤、一軒の店の前でふいに立ち止まる。ショーウィンドウの向こうには
  綺麗な靴が飾られている。後藤、ガラスに映った自分のみすぼらしい身なりを
  見ながら、赤く腫れた目をごしごし擦る。

後藤  …広場にいくのもずいぶん久し振りだな。

  後藤、再び歩き出す。歩きながらぼんやりと回想する。
 まだちいさな頃の彼女があらわれる。大きな広場で彼女は、その頃まだ
 生きていた父親に手を引かれている。すれ違う人が、廻りの建物が、その
 全てがめずらしくて彼女ははしゃいだり、父親の手を引っ張ったりしている。
 父親はただ無言でにこにこと笑っている。
 
後藤  (傍白)あぁ。
 
  冷たい風が吹いてきて、後藤の髪をすこしだけ揺らす。


388 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/17 03:17 ID:ffj/F7gT

  広場。身なりのいい若者が何人か輪になって、楽しそうにはしゃぎ
  続けている。

後藤  (傍白)…やっと着いた。

  後藤、広場をゆっくりと見渡す。
  赤いレンガで綺麗に舗装された路上には例えばヒビだとか
  雑草だとかはまるで見当たらなくて、街灯は全く等間隔に並んでいる。
  いくつもの店がひしめきあうようにして並んでいる。
  後藤、ため息をつく。若者の一人が後藤に気付いて顔をあげる。

少女  (聞こえよがしに)何あいつ。超きたねーカッコして。

  その声に、後藤はきょろきょろとあたりを見渡す。言われたのが他ならぬ
  自分であることに気付くと、赤面して下をむく。
  広場に、少女たちのこれみよがしの笑い声が響く。


389 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/17 04:18 ID:ffj/F7gT
続く

390 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/19 06:59 ID:42IZe+p9

  少女、にやにやしながら近付いてくる。

少女  ねぇ、あんたアレでしょ。ビンボーでしょ。

  向かい合うように並ぶ二人。少女の目線は後藤よりすこしだけ
  高い。すこし酔っ払っているような感じで、威圧的に見下ろす少女。

少女  ねぇ、何しにきたのビンボー人が。
後藤  …別に。
少女  別に?別にって。ははは。

  少女と取り巻き、一緒になって笑う。

少女  きったないカッコ、ねぇ、まさかお買い物に来たとか。
後藤  (低い声で)関係ないじゃないですか。
少女  うわ、こわいんだけど。

  後藤、答えずに横をすり抜けていく。後ろからまた笑い声が響く。


391 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 05:31 ID:C7B8yOUm

  陽は傾いていく。
  後藤はあちこちをうろちょろするだけで、どこの店にも入らない。
  やがて人がどんどん増えていく。あかくなった空を見上げる後藤。

後藤  (悲しげに)もうこんな時間。

  後藤、おもむろに一軒の店の前で立ち止まる。店先の、舗装の隙間から
  タンポポが生えている。後藤、しゃがみこんでそれを見つめる。

後藤  (首を傾げて)なんでこんなとこに生えてんだろ。


392 :後藤さん劇場「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 05:32 ID:C7B8yOUm

女    そんなとこにボーっと座り込んでると、邪魔なんだけど。

  後藤、振りかえる。やたらと背の高い女が荷物を抱えている。
  謝ろうと頭を下げかける後藤。

女    何、客?…じゃないか。ビンボーそうなカッコだもんね。

  女、後藤をじろじろ見ながら笑う。あっけにとられる後藤を尻目に
  女は店に入っていく。
  少しためらったあと、後藤、その後について入っていく。



393 :「マッチ売りのごちむ」前スレ:03/01/23 05:38 ID:C7B8yOUm
◆ブルジョワ=安倍 プロレタリア=後藤
http://tv2.2ch.net/morningcoffee/kako/1034/10342/1034237010.html

394 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 05:39 ID:C7B8yOUm

店内は非常に狭く、客が二人か三人入ったらもう身動きがとれないのでは
ないかと思われた。またひどく暗かった。明かりと言えば中央の天井に
据え付けられた黒の蛍光灯のほかにはなにもなかった。そしてどうやら
香のようなものまで焚かれているらしかった。
後藤はきょろきょろと、不思議そうにただ店内を見まわしていた。


395 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 05:41 ID:C7B8yOUm

ほとんどの商品はむきだしで床に置かれていて、じゃなければ箱のまま
無造作に積み重ねられていた。それらの箱は色も形も大きさも全てが
不揃いで、並べられている商品もまったく整頓されていなかった。
後藤の視線はせわしなくその中をくるくるとまわった。
目に入るものは例えば怪しげな絵であったり、バカでかい人形であったり
まったくもってとりとめがなかった。天井から吊り下げられたパラソルに
至っては、はたして売り物かどうかも定かではなかった。
何もかもがでたらめな感じを彼女はうけた。


396 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 05:43 ID:C7B8yOUm

「どーよカオリの店は」唖然とした表情を満足そうに見ながら、カオリと
名乗る店員は口を開いた。店の奥には簡単なカウンターのようなものが
据え付けられていて、彼女はそこにだらしなく肘をつくような格好で頭を
支えていた。暗くてよく見えないが、スツールのようなものに腰かけて
いるらしい。「なかなかオシャレっしょ」そう言うとまたニヤっと笑った。
無論後藤にはなんとも、言いようがなかった。
「まぁ、ゆっくりしてきなよ」カオリはそれだけ言って後藤から視線を外すと
先ほどの荷物をカウンターに上げてあれこれと調べはじめた。
まったく気だるげな様子だった。


397 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 05:49 ID:C7B8yOUm

後藤ははじめこそ遠慮がちにちらちらと絵を眺めたり、人形を弄ったり
していたけれど、しかし彼女の欲しいものがそこにあるはずもなく、いつか
彼女はぼぅっと立ち尽くすのみでほとんど視線も動かなくなっていった。
カオリはと言えばそんな後藤に構う様子もなく、荷物の中にあったと
思われる本に目を落としたまま、それに熱中している表情だった。
そんな様子をみてとると、後藤はきこえないように小さくひとつ溜息を
ついて、視線をまたあてもなく揺らし始めた。


398 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 05:56 ID:C7B8yOUm

一体あたしは何をしてるんだろう?どうしてあたしはこんなところにいるん
だっけ?彼女はそうした疑問を次々と頭の中に作り出した。
答えはもちろん用意されていなかった。それは最初から全くあてのない
考えだった。浮かぶと同時にすぐに泡のように消えてしまうような類いの。


399 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 05:56 ID:C7B8yOUm

そうして、いつしか後藤は自分がひどく時間を無駄使いしているような気分に
おちいってしまっていた。昼間からの自分の行動も、今こうしている時間も。
そしてさらに考えをめぐらせてしまえば、誰も買わないマッチを抱えてあの
ガード下にたたずむその行為すらも、今の彼女にとっては全てが無為に
思えてしかたないのだった。
彼女は退屈していたし、また臆病な自分にいくぶん腹を立ててもいた。


400 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 06:00 ID:C7B8yOUm

またしばらくの時間がながれた。後藤はもう一刻も早く立ち去らなくては
いけないように感じていた。実際彼女の頭の中では断りの文句がいくつも
回っていた。しかし、いざ言い出すとなるとためらわれた。
やがて、ついにカオリが本を閉じて顔を上げた。後藤は決心して、口を
開きかけた。大きな目が後藤をじっと、見つめていた。
いかにも話しかけたそうな表情を、後藤はそこからみてとってしまった。
と、同時に考えていた文句はすべて頭から消えてしまった。


401 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 06:04 ID:C7B8yOUm

人なつっこい視線をさけるように、後藤は商品へと目をそらした。そこには
黒い箱のようなものが幾つか積上げられていた。後藤は何気なくその一つを
手にとった。説明のようなものが色々と書かれていたが、それは英語で
書かれていたせいで、後藤には何もわからなかった。
「それね、スタンガン」不意にカオリが口を開いた。


402 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 06:20 ID:C7B8yOUm

「ほとんど盗んできたものなんだよね」後藤には一瞬その言葉の意味が
わからなかった。カオリはそんな戸惑いを無視して、続ける。
「ほとんどがそう。トウヒン。全部が全部じゃないけどさ」カウンター越しに
頬杖をついた格好で、カオリは説明を開始した。
「例えばその絵、その右端の絵。それなんかあたしが書いたんだけどさ」
そう言って指差した絵には、何やら人の顔らしきものが書かれていた。


403 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 06:24 ID:C7B8yOUm

「いや、別に有名でもなんでもないんだけどねカオリは、だけどなんだろ。
 値札とか適当つけて、んでそれっぽく飾っとくんだって。それでいいの。
 ブルジョアの奴とか喜んで買ってくんだよ、あいつ等バカだからさ」
大きな目が輝いていた。悪戯を自慢しているガキ大将のような顔だった。
そしてその、ブルジョアの奴、という表現は後藤の心をくすぐった。


404 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 06:30 ID:C7B8yOUm

「すごいね」後藤は呟いた。実際とても感心していた。
「そういう盗んだりとか、そういうのって、あたしにはできない」
くすぐったそうにカオリは笑うと、続けた。
「カオリが盗んでるんじゃないよ、すばしっこい仲間が一人いてそいつがね
 …だけど捕まっちゃったんだ。おとといくらいかな?」


405 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/23 06:31 ID:C7B8yOUm

捕まった。そのどきっとする言葉をカオリは平然と言ってのけた。後藤は
驚いてその顔を見つめた。
しかしカオリには特に変わった様子は見うけられなかった。
「まだこの店のことまでは喋ってないみたいだけど、別に喋っちゃっても
 いいのにね(ここで彼女はクスっと、いかにも楽しそうに笑った)でもさ。
 ヤグチはきっと喋んないよ。だからカオリも自首はしないんだよね。」


406 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/25 06:11 ID:1sSuYWUS

カオリは言葉を切った。後藤はなんとなく頷いた。正直頷きかねる部分も
多かったのだが、しかし何となく納得してしまっていた。
「じゃあ、カオリも」
「そう、だからカオリももうすぐ捕まっちゃうのよ、怖いべさ」
そう言うと、カオリは大袈裟に身をよじってみせた。後藤はすこし不思議に
思った。まるで他人事のようなその様子を。


407 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/25 06:13 ID:1sSuYWUS

「だけど」後藤は口を開いた。「もしかしたら、捕まらないかもしれない」
半ば無意識のまま、呟くように言った。
カオリは笑った。
「どうだろうね、盗んだのはカオリじゃないけどね、なんかねぇ、
 なんだっけ?ゾーブツナントカ?罪ってのになっちゃうらしくって」


408 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/25 06:17 ID:1sSuYWUS

「…よく、わからない」
「いや、カオリもよくわかんないんだ。盗んだものをやりとりしてはなんか
 法律としては都合が悪いらしいんだよね。アヤっぺって子が言ってた」
カオリは、見るからにどんどん上機嫌になっていった。
「知らない人にこんなこと喋ってもしょうがないよね、カオリ癖なんだよね」


409 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/25 06:22 ID:1sSuYWUS

「捕まるのとかって、怖くないの」後藤は言った。すこし意地の悪い
思いが、その胸をかすめていた。
「うーん、昔からずーっとやってるからさ、いつかこんな日が来るんじゃ
 ないかとは思ってた、覚悟はできてんのよ、…まぁ怖いんだけどね」
言いながら、カオリはあくまでも平然としていた。


410 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/25 06:28 ID:1sSuYWUS

「じゃあ、なんで、ものを盗んだりするの」
後藤は夢中だった。置き去りにしたマッチのことも、お腹のベルトに
はさんだ包みのことも、その時は彼女の頭から消え去っていた。
「わかるっしょ」大きな目が、またきらきらと輝いた。
「ウチ等ってほら、プロレタリアだから、さ」


411 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/26 06:33 ID:IKj3W0Zo

店を出た頃には、もう陽は完全に沈んでいた。広場の暗やみは
ネオンで照らされ、様々な嬌声や怒号で彩られていた。後藤は
両手に小さな荷物を抱いて、人ごみをぬうようにして小走りで
広場を駆け抜けて行った。
通りに出て、人の波が途切れても彼女はそのまま走り続けた。


412 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/26 06:36 ID:IKj3W0Zo

「まぁ明日も明後日もないような店だし、どうせタダで仕入れたモンだから
 持ってきなよ…お金もないんでしょどうせ」
そう言って半ば無理やり押し付けられた、後藤の両手に握られた包みには
小さな、ぼろぼろの人形が入っていた。
「おみやげだよ、お近付きのしるしっていうか」
後藤は断る言葉を知らなかった。
「でもさ、カオリの話ってだらだら長いじゃん?最後までまじめに聞いてくれる
 人って、なかなかいないんだよ。だからね、なんていうか、ありがとうの気持ち」
はじめて知ったかもしれない、その優しさとも言えないような感情は
後藤をどこまでも走らせた。


413 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/26 06:39 ID:IKj3W0Zo

いつもの通り、ガード下へと続く公園にさしかかって、やっと後藤は
色々なことを思い出した。
彼女はまず立ち止まってお腹を探った。それは無事にベルトにはさまれた
ままそこにあったのだが、しかしその存在をすっかり忘れてしまっていた自分に
対して彼女は驚いて、同時にとても愉快な気分になった。
どこか浮き足立っていた自分を、ふわふわしていた頭を思い返して彼女は
なんだか笑い出しそうな衝動にかられた。実際、笑い出したりはしなかった
けれど。そうして、彼女は再びガード下へ向かい歩き出した。


414 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/26 06:41 ID:IKj3W0Zo

ガード下にはマッチの籠が、朝置き去りにしたそのままに置かれていた。
後藤は包みをどけておいて、それを拾い上げようと手をかけたが、その
動作はまるで中途半端なところで止まってしまった。
彼女の目の前には、いつのまにかあの黒い車が止まっていた。
「なんだべ、その籠は」
声とともに、黒い窓がゆっくりと開いた。


415 :小説「マッチ売りのごちむ」:03/01/26 06:43 ID:IKj3W0Zo

「あんだけの金があって、なしてまだマッチ売る必要があるのさ?」
後藤はもうさっきまでの嬉しさも風船みたいにしぼんでしまって
ただただ上目使いで安倍の様子を伺うだけだった。
「その格好!もうちょっとマシな服がいくらでも売ってる筈なのに?
 なっちをバカにしてるのかい?それとも。なっちの金は使えない?」
安倍の声はどんどん高く、大きくなっていった。自分の言葉に対して
ますます高揚していくようにも見えた。そしてその声は後藤の頭の中を
すっかりしびれさせてしまっていた。


416 : :03/01/27 23:36 ID:18Q1olhv
 

417 : :03/01/28 01:48 ID:hC81l3hy
晒しage

418 : :03/01/28 02:38 ID:uLXX7Qbt
晒しageつかあがってねーし
まぁびみょーに書く気がうせたところだし 丁度いいや放棄で

419 : :03/01/28 02:42 ID:uLXX7Qbt
んで、まぁ>>416は他スレでも見かけたからいいけど
>>417はなに、通りすがりですか、それとも読んでつまんねーと思ったのか
それが知りたかったりする

420 :山崎渉:03/01/28 13:54 ID:/DUnawM5
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉 

421 :名無し募集中。。。:03/01/29 09:54 ID:EpI5L7SS
やめちゃうの?

422 : :03/01/30 00:11 ID:vEVXewKO
今頭から読んだんだけど、おもろいと思うんだがなぁ。
俺は紅の豚の続きが読みたい。

423 : :03/01/31 02:29 ID:+6mr/SHP
>>421
( ^▽^)<1000まで書くよ

>>422
ありがと 
豚とまっちは行き当たりばったりに書きすぎたから続きは
全部出来てから上げようと思います。期待しないで待ってて。

424 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:39 ID:+6mr/SHP
無数のパラソルが、ふわふわした雲の中で規則正しく、まるで花が咲くように並んで
います。満足そうに見つめるのは飯田圭織。その人生を終えた後、下界での功績が
認められて、彼女はいちばん美しかった頃の姿で天国に来ることを許されました。
「…あぁ、これもカオリの努力のたまものだね」
事あるごとにそう呟く彼女でしたが、そのくせ自分でもどういう功績を残したのかは
はっきりとわかっていないのでした。そして彼女は、そんなことはちいさな事だと
思っていました。とするとやはりそれはちいさな事なのでしょう。
とにかく彼女は天国でもそれなりの地位をあたえられて、日々を優雅に過ごして
おりました。
「いいださーん、ちょっとぉ来てくださーい」
その時、かわいい声が彼女を呼びました。


425 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:39 ID:+6mr/SHP
「どしたの、加護」
それは加護ちゃんの声でした。加護ちゃんは天使見習いとして飯田さんのそばに
使えていて、普段から身の回りの世話などをあれこれと言いつけられていました。
「こっちです」
振りかえった飯田さんを、手招きするようにして加護ちゃんは言いました。
「ちょっと、このモニターを見て下さい」
ぽつんと置かれたモニターには、向き合うようにソファが据え付けられていました。
飯田さんはしぶしぶと言った様子でそれに腰を下ろしました。
「全く、人がいい気分でパラソルを眺めてたのに」
飯田さんはぶつぶつと文句を言いました。パラソルは飯田さんの言いつけで天国に
取り付けられたもので、彼女はそれをたいそう気に入っていました。
「そんなことより、とりあえず見て下さいって」
加護ちゃんはそう言うとモニターを指差しました。


426 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:40 ID:+6mr/SHP
モニターには地獄の風景が映し出されていていました。一面の血の海の中で
地獄に落とされた罪人たちが溺れています。残酷な風景に、思わずその綺麗な
眉をひそめる飯田さんでした。
「なぁに、これ血の海じゃない、カオリあんま好きじゃない」
「加護もですよ、でもこの人よーく見て下さい」
「どの人?…あ。」
「そうです、これって保田さんじゃないですかね?」


427 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:43 ID:+6mr/SHP
モニターに映し出されているのは確かに見知った顔でありました。
「そうだよ、圭ちゃんだ、間違いないって!」
飯田さんは驚きました。加護ちゃんは腕組みをしてうなりました。
「うーん、保田さんが地獄にいたとは」
「…でも、似合ってるかも」
「笑ってる場合じゃないですよ!助けましょう」
「そ、そうだね、助けよう!よし加護、ちょっとひとっ走り行って来て」
「え、どこへですか?」
「なっちのとこ!」


428 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:44 ID:+6mr/SHP
天国の端っこには神殿があって、そこでは天使達が色々な出来事を取り
しきっています。一番偉い天使は安倍なつみと言って、特別な存在として
尊敬されていました。なんでも、現世にいる時から天使だったということで
それを「なっち」呼ばわり出来るのは飯田さんくらいのものでした。
とにかく、言われた加護ちゃんは、神殿に向かって一生懸命走りました。


429 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:46 ID:+6mr/SHP
しばらくの後、飯田さんの元に加護ちゃんが帰ってきました。
「ぜぇ、ぜぇ、加護、戻りました」
「おう、ごくろー。なっちなんだって?」
「はぁ、はぁ。えっと、ダメだって言われました」
「ちょっとぉ、なんでよ、カオリの命令だってちゃんと言った?しかも圭ちゃんだし」
「はい、だけど理由もないのにたすけるわけにはいかないって」
その言葉を聞いて、飯田さんの眉が上がりました。
「…なんだって?」


430 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:48 ID:+6mr/SHP
「(やば…)」
加護ちゃんの顔色が変わります。飯田さんは怒ると見境がありません。加護ちゃんは
それを今までの経験から痛いほどよく知っていました。
「昔のメンバーだよ?理由ならそれだけでじゅーぶんじゃん!」
案の定、飯田さんに怒鳴られてしまいました。
「そんなん、ウチに言われても…」
「何ぶつぶつ言ってんの!?ホラもう一回急いで!走る!」
無駄だと思いましたが、飯田さんには逆らえません。とにかく加護ちゃんは走りました。


431 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:49 ID:+6mr/SHP
「ぜぇ、ぜぇ…戻りました」
「どう、なっちは?いいって?」
「はぁ、はぁ、ふぅ…やっぱりダメだそうです、とりあえずコレ読めっていわれました」
「なにこれ」
手渡された一冊の本、それは芥川龍之介著「蜘蛛の糸」でした。
「こういう風に、何でもいいから助ける理由が必要だそうです、読んでください」
「…カオリ、本とか苦手なんだけど」
「それとも、どっちかが入れ替わるっていうなら別にいいけどっていわれました」
「…それはちょっと」
「だったら読む!保田さんのためなんですから」


432 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:49 ID:+6mr/SHP
飯田さんはぶつぶつと文句を言いながら読み始めました。やがて無言になりました。
ついには真剣な表情になって読み進み、やがてぱたんと本を閉じました。
「カオリね、おしゃかさまが悪いと思うの」
加護ちゃんはため息をつきました。飯田さんの目はキラキラとどこかうつろに輝いて
いて、こういう時は何を言っても無駄だと加護ちゃんにはわかっていたからです。
完全に自分の世界にひたりこんで、人の話を聞かないこの状態を加護ちゃんは
「交信」と呼んで密かに、それでいて絶えず怖れていました。


433 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:50 ID:+6mr/SHP
「やっぱりね、蜘蛛の糸が細いから、このドロボーさんは不安になっちゃったんだと
 思うの。でもさ、おしゃかさまのクセに不安を与えるなんて、カオリそんなのアイドル
 失格だと思う。人を笑顔にさせるのがアイドルの仕事でしょ?娘。だってそうだった
 じゃん。辛い時も、悲しい時も、ステージの上ではねぇ、笑って」
「あのぅ、おしゃかさまはアイドルじゃ…」
「アイドルじゃ?何?加護、はっきり言いなさい」
「なんでもないです…それより、やすださんが」
「圭ちゃんがどしたの?今そんな話してないでしょ。大体人の話を途中で遮るのって
 よくないことだとカオリ思うの。だってね、人が話す時っていうのは、その人が──」

「…(終われへんわ、こら)」




434 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:51 ID:+6mr/SHP


「──だからね、フクロウの話に戻るけど、メンバー同士助け合っていかないとね、」
「……」
「誰かが困ってる時は、やっぱり助け合わないと」
「あぁ、例えば保田さん…」
「そうそう、保田さんが困ってる時にも…ってあぁ!圭ちゃん!」
「やっぱ忘れとったんかい!」
加護ちゃんがつっこんだ時にはもうたっぷり二十分は経過していました。


435 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:53 ID:+6mr/SHP
「話を戻すけどさ、結局どうすればいいんだっけ?」
「…え?」
「なんてね。…うそだって、わかってるから。えっと、要するになんとかして圭ちゃんが
 やった善いことをみつければいいんでしょ?」
「はい。でもね、それがそう簡単じゃないんですよ…」
加護ちゃんはそう言うと、懐から分厚い書類の束を取り出しました。それは最新携帯の
説明書より分厚く、書類の類いがなによりも苦手な飯田さんは眉をしかめました。
「げ、なにそれ」
「保田さんが現世でやった行動の一覧、だそうです」
書類をぱたぱたさせながら加護ちゃんは言いました。


436 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:55 ID:+6mr/SHP
「まさかこんなかから…探すの?」
「はい」
「この書類の束の、細かい字のなかから、探せと?」
「はい、手分けしてやりましょう、じゃ半分ずつ」
「…あ」
「どうしました?」
「カオリ、失明したかもしんない」
「しつ…めい?」
「目ぇ見えない、やばい、あー見えない」
「……」
「悔しいけど、加護に任すしかないよ…悔しい…」
「…(そら、メインも逃すわ)」


437 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:56 ID:+6mr/SHP


「ねー、加護まだぁ?」
「…まだですよ!」
「急がないと!こうしてる間にも圭ちゃんは苦しんでるのよ!」
「そんなことゆっても、ないもんは……あった!」
「マジ?どんなのよ、ねぇ」
「えぇと、昔マックでバイトしてたときに、残り物のポテトをノライヌにあげたことが
 あるそうです!」
「…ポテトか…でもいけるんじゃん?ホラ、蜘蛛の糸みたく下まで吊るして、さ」
「それをやすださんがのぼる、と。でも、ちょっと違くないですかね。ポテトを助けたって
 わけじゃなくて、ポテトで助けたわけですから」
「でも、ノライヌじゃね…」
「うーん、まぁとりあえず聞いてきますね」
加護ちゃんはぴょこぴょこと走りました。


438 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:56 ID:+6mr/SHP
「はぁ、はぁ…戻りました」
「どうだった?」
「えぇと、そんな長いポテトねぇよって言われました」
「…正論ね」
「大体ポテトつかんで登って来られても、油がぎとぎとして困るそうです」
「そんなこと言ったら蜘蛛の糸だって同じじゃない!蜘蛛の糸だってそんな長いの
 ないでしょ?それに、ポテトがギトギトなら、蜘蛛の糸だってネバネバして困るし…
 ちょっと待って待って?ドロボーさんはどうやって上ったの?あんなにネバネバする
 糸なのに!?」
「他の、他の探しましょうね!すぐ見つけますから飯田さん!」
怒鳴る飯田さんをなだめながら、加護ちゃんは必死で書類をめくりました。


439 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:57 ID:+6mr/SHP
「…ねぇ、まーだー?」
「おとなしく待っててくださいって、だから…あ!」
「なに、あったの?」
「やすださんの歌に感動して、じんせいが立ち直った人がいるそうです」
「マジで?すっごいね、そういうの。歌ってやっぱりそういう力があると」
「いいださん!」
「あると…あれ、カオリ今脱線しちゃってた?大丈夫?」
「いえ、大丈夫です、…ギリギリ」
ほっと胸をなでおろす加護ちゃんでした。


440 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:57 ID:+6mr/SHP
「でもさ、歌じゃどうしようもないじゃんねぇ…あ、じゃあこういうのはどう?」
「どんなんですか」
「感動した人全員集めて、はしごみたいになってもらうの。ほら、体育祭とかで
 よくやるみたいに、こう下の人が台になって、ってやつ」
「人間ピラミッド、みたいな感じの」
「そうそう、それよそれ!」
「無理じゃないですかねぇ」
「いいから!とりあえず行けばいいの!…ホラ走る!」


441 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:58 ID:+6mr/SHP
「…ダメでした」
「なんでよ?いい案じゃん」
「いや、感動した人自体が、全国に7人しかいないそうです」
「シチニン?ななにん、ってこと?」
「はい」
「いちにぃさんしぃごぉろくなな、の、なな?」
「はい。じゅうひくさんの、ななです」
「1ケタかぁ…じゃあ、無理かも」
「はぁ…」
二人にはもはやなす術もなく、ただ肩を落としてモニターをじっと見つめるだけでした。


442 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:59 ID:+6mr/SHP
どれくらい時間が経ったのでしょう。相変わらずモニターの向こうでは保田さんがもがいて
います。力なく見つめるだけの加護ちゃん。ふと、飯田さんが立ちあがりました。
「カオリ決めた」
「なにをですかぁ…」
「入れ替わる、圭ちゃんと」
「…へ?」
「圭ちゃんの変わりに、あたし地獄行く」
加護ちゃんはびっくりして顔をあげました。
飯田さんの大きな目は決意の光で満ちていました。


443 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 22:59 ID:+6mr/SHP
「でも、そしたら飯田さんが」
「いいの…ねぇ、加護。ウチ等、仲間だよね」
「…はい」
「例えモーニング娘。じゃなくなった今でも、仲間はずっと仲間だよね」
「はい、飯田さん」
「圭ちゃんとも仲よく出来る?」
「はい!出来ます。飯田さん…」
飯田さんはそのまま神殿へと歩き出しました。その後姿を、加護ちゃんは
黙ってじっと、見送っておりました。


444 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 23:00 ID:+6mr/SHP

やがてしばらくの時間が経ち、飯田さんが神殿から出て戻ってきました。
「じゃあ、あたし行くからね」
「飯田さん…」
「加護。あとね、一つ言っておくことがあるの」
「なんですか、飯田さん」
「あたしね、昔ナワトビをね、寄付したことがあるの。学校に」
「ナ、ナワトビ…?」
戸惑う加護ちゃんに対して、飯田さんはイタズラっぽく笑いかけました。
「あたしの母校はナワトビが盛んだったの。そうね、300本くらいかな?」
「…あ、はい!わかりました飯田さん!」
言い終わった時にはもう、その姿はありませんでした。代わりに足音が聞こえます。
きっと保田さんだ、そう思った加護ちゃんはすでに走り出していました。



445 :パクリ童話「くものいと」:03/01/31 23:02 ID:+6mr/SHP
>>424-444

446 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/01/31 23:07 ID:+6mr/SHP
【場面】
  事務所。「お困り事なんでも引き受けます」と書かれた看板がある。
  テーブルを挟んで椅子が二脚あるだけの狭い部屋。女が入ってくる。


447 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/01/31 23:08 ID:+6mr/SHP

男     どうぞ、おかけ下さい。
女     失礼します。
男     失礼ですが、お名前をお願いします。
女     後藤真希です。
男     …は?
後藤   ごとうまき、歌手です。ごとうのごはうしろ、とうは…
男     あ、いえいえ、漢字は結構です…いやぁ、本物ですよね…失礼ですけど。
後藤   はい。
男     こりゃびっくりですな。いや、実は息子がファンでしてあなたの。
後藤   はぁ。
男     まぁ、サインなんか、出来ればいただけるとうれしいんですけども。
後藤   はい、書くものってなんかありますか。
男     うん、えぇと、じゃあこれにお願いできますか。
後藤   はい。
男     …いやぁ、しかしまさかねぇ…


448 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/01/31 23:09 ID:+6mr/SHP

後藤   …できました。
男     あ、ありがとうございます…あぁ、すいません。じゃあご用件の方をぜひ。
後藤   ちょっと、依頼したいことがあるんですが。
男     はぁ、なんでしょうか。私にできることならなんでも。
後藤   困ってるんですよね。なつかれちゃって。
男     なつかれる、ほうほう。とするとストーカーか何かですかね。
後藤   うーん、そう言う風にも言うのかな。つきまとってくるし。
男     私に任せておいてください、そういう手合いは。これでも学生時代は
      柔道をやっておりまして。
後藤   もうすぐ来ると思うんですよね。
男     そいつがですか。
後藤   はい。あ、来た。


449 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/01/31 23:11 ID:+6mr/SHP

  開きっぱなしのドアから、ライオンがのっそり入ってくる。

ライオン  がるるる。
男     ほう、ライオンですな。こんな都会の真ん中で珍しい。
後藤   そうなんです、ライオンなんですよ。
ライオン  がう。

  ライオン、おもむろに男に噛みつく。

男     うっ、噛みますねこのライオンは。痛いいたい。
後藤   投げ飛ばしちゃっていいですよ。遠慮なく。
ライオン  がぅ、がぅ。
男     ちょっと、誰か来てくれ…うぐっ
後藤   あ。
ライオン  がぉう。
男     …
後藤   だいじょぶですか。
ライオン  がるる。


450 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/01/31 23:14 ID:+6mr/SHP

  男、倒れたままピクピクしている。

後藤   ねぇ、どうしてあんたはあたしに付きまとうの。
ライオン がぅ。
後藤   マネージャーやつんく♂さんにもやたら吠えるし。
ライオン がぅ。
後藤   おかげで、最近あたしは肩身がせまいよ。

  後藤、頭をかかえて溜息をつく。
  ライオン、興味がなさそうに一声なくと、その脇に寝そべる。

後藤   はぁ、帰ろうか。
ライオン がう。

  後藤、出ていく。ライオンもその後について出ていく。

男     きゅ、救急車…

  残された男は一人、もがいている。



451 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/01/31 23:15 ID:+6mr/SHP
続く

452 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/01 23:20 ID:qMp1fLZJ
【場面】
  後藤家のリビング。ソファに腰掛けて、後藤がどこかへ電話している。
  ライオンはその脇に寝そべっている。

453 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/01 23:21 ID:qMp1fLZJ

後藤   もしもし。後藤ですけど。はい。クビってどういうことですか。はい。そりゃそう
      ですけど、でも噛んだのあたしじゃないですよねぇ…あたしの責任って、どう
      いうことですか。別に命令したとかじゃないし。しょうがないじゃないですか。
      大体勝手につきまとってくるんですよ、ライオンが。もしもし、もし…
      あーあ。
ライオン がう。
後藤   切られちゃったよ…あんたのせいで。
ライオン がぅ…。
後藤   反省してもらわないことには、ね。

  ライオンは申し訳なさそうにうずくまる。



454 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/01 23:22 ID:qMp1fLZJ

後藤   お腹減ったなぁ。お母さんもユウキもライオンが怖いって帰ってこないし。
      イグアナは逃げるし。お金ないし、冷蔵庫の中身は誰かさんがぜんぶ
      食べちゃうし。米しかねぇよ。
ライオン がるる。
後藤   何、あんた食べ物持ってきてくれんの。
ライオン がぅ!
後藤   いいよ、どうせあれでしょ。ニンゲンの肉とかでしょ。あたしはオムライスが
      食べたいの。


455 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/01 23:23 ID:qMp1fLZJ

  ライオンが出ていき、しばらくしてドアから入ってくる。口には野菜や卵が入った
  ビニール袋がくわえられている。

後藤   何、どこ行ってたの。うわっ、どしたのこれ。まさか盗んできたんじゃない
      でしょーね。冗談じゃないよただでさえごとーん家のライオンは噛むって
      町内で回覧版まわされてんだから、この上盗みまで…あれスーパーの袋。
      てことは買ったんだ。えらいえらい。ってお金どしたの。持ってないでしょ
      あんた。まぁいいか。

  後藤、立ち上がって台所に向かおうとするが、ライオンに遮られる。あっけに
  とられる表情の後藤を尻目に、ライオンが台所に向かう。


456 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/01 23:24 ID:qMp1fLZJ

後藤   ちょっとあんた、台所なんて行ってなにすんのさ。うわっ、フライパンなんか
      持っちゃってるよ。ライオンなのに。油?戸棚の下んとこに入ってるけど。
      ていうかだいじょぶ?卵とか割れる?…すげー、きれーに割ったね。ねぇ
      あんた、火怖くないのどーぶつのくせに。っていうか、ライオンって後足
      だけで立てるんだね。初めて知ったよあたし。ケチャップあんま使わないで
      いいからね。



457 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/02 23:32 ID:o2fTih+U
【場面】
  同じく後藤家。後藤はさきほどと同じようにソファに腰掛けてテレビを見ている。
  ライオンもさきほどと同じような態勢で寝そべっている。
  テレビではアイドル歌手が歌っている。

458 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/02 23:33 ID:o2fTih+U

後藤   …つまんない。

  後藤、テレビを消してソファに倒れ込む。

後藤   あーあ、歌いたいな。でも事務所クビになっちゃったしな。他の事務所
      行くったって無理だろうな。
ライオン がぅがぅ。
後藤   何よその態度。慰めてんの?あんたのせいでクビになったんでしょ。何とか
      しなさいよ。
ライオン がるるる。
後藤   まぁ、ライオンじゃね、どうにもできないっつーか。
ライオン がぅ!
後藤   はぁ。あれ、誰か来た。


459 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/02 23:34 ID:o2fTih+U

  突然チャイムが鳴る。ドアが開き、市井が入ってくる。

市井   おじゃましまーす。おぉ、これが噂のライオン。
ライオン がぅ。
後藤   はじめまして、だって。
市井   …え?あぁ、はじめまして。
後藤   市井ちゃんどうよ最近。
市井   駄目だね。あたしもそろそろかも。
後藤   ふーん。大変なんだ。
ライオン ぐぉ。
後藤   頑張れよ、だって。てかあんたえらそーね随分。
ライオン がう。
市井   …ねぇ、なんでふつーに喋ってんの、おまえ。


460 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/02 23:35 ID:o2fTih+U

  市井、向かい合うようにソファに腰掛ける。

後藤   ところで、今日はどしたの。
市井   いや、ヒマしてんだろーなって思って。
後藤   大きなお世話だよ、全く…あんたのせいで。
ライオン …がぅ。
市井   はは、すげーな反省とかするんだ。
後藤   してんの?
ライオン …。
後藤   シカトしやがった。
市井   面白いな。


461 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/02 23:36 ID:o2fTih+U

後藤   市井ちゃんこそ駄目なんでしょ?
市井   まぁね。あ〜あ、もう駄目なのかねぇ。CD売れないし。
後藤   でもさ、まだいいじゃん、あたしなんてクビよ?くび。
ライオン がうう。
後藤   はぁ?
市井   なに、慰めてんの?
ライオン がぅ。
後藤   ははは!あんた、バッカじゃないの?
ライオン …がぅ。
後藤   超うけるんだけど。さすがライオンって感じ。
市井   えっ、なんだって?
後藤   ユニット作ればいいじゃん、って。
市井   ゆ、ユニット?
ライオン がぅ。
後藤   あたしと市井ちゃんと…ライオンで!
市井   へ?
ライオン ぐぅ。


462 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/03 23:35 ID:3yAky8+Q
【場面】
  どこかの控え室。テーブルを挟んで衣装姿の市井と後藤が
  腕組みをして何やら考え込んでいる。
  ライオンはその脇に興味なさげに寝そべっている。

463 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/03 23:36 ID:3yAky8+Q

市井   おい、お客さん結構入ってるぞ。
後藤   ね。ガラガラだったらどうしようかと思ったけど。
市井   入ってたら入ってたであれだな、きついな。

  市井、楽譜を手に取る。

市井   ほんのちょこぉっとーなんだけどぉ。
後藤   今更練習したって無駄だって。どっしり行こうよ。
市井   …お前にそんなこと言われる日が来るとは…。
後藤   あははは。
市井   でも、緊張すんだよね。
後藤   するね。
ライオン がぅ。
後藤   なに、あんたも緊張してんの。
市井   そうだ。
後藤   どしたの。
市井   だって、こいつほんとの初ステージじゃん。
ライオン がぅ。


464 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/03 23:37 ID:3yAky8+Q

後藤   まぁ、ライオンは緊張してもわかんないしね。
市井   あ、そう言やさっきマネージャーさんから連絡あって。
後藤   あー、なんか話してたね。なんだって?
市井   今日のライブ成功したらCD出せるかもって。
後藤   マジで?すげーじゃん。
ライオン がぅ。
後藤   今日はミスれないね。
市井   あぁ、ますます緊張してきたよ。
後藤   CDかぁ…あの社長さんいい人だよね。ウチ等なんか拾ってくれて。
市井   あぁ、あの人には悪いことしたなぁ。
後藤   市井ちゃんもノリノリでけしかけてたじゃん。
市井   あ、こいつ噛みますよって。
後藤   びびってたもんね。わかりました話聞きますから…って。
市井   あ、今のかなり似てた。
後藤   まじ?
ライオン がぅ。


465 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/03 23:41 ID:3yAky8+Q

市井   昨日なんて肉食わしてくれたしな。明日ライブだからって。
後藤   …いい人だよね。
市井   ちっちゃい事務所だけど、頑張ろうって気になれるっつーか。
後藤   うん、ウチ等ででかくしてあげようよ。
市井   な。
後藤   あんたもしっかり歌うのよ。
ライオン がぅ。
市井   あ。
後藤   どしたの。
市井   また、緊張してきた…。
後藤   はは…。頑張ろうよ。


466 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/03 23:42 ID:3yAky8+Q

  後藤、ライオンをそっと撫でる。

市井   あわん、あつー…。
ライオン がぅ?
後藤   あ、いや、なんでもない。
市井   ほんのちょこぉっとーなんだけどぉ…。
後藤   あんたのおかげだなって思ってさ。
ライオン …がぅ。
後藤   まぁ、あんたのせいでもあるんだけどねぇ。
市井   こぉいというじぃおぉ…。

  ドアが開いて、スタッフが入ってくる。

スタッフ すいませーん、本番お願いしまーす!
市井   はい!
後藤   はい!
ライオン がぅ。

  全員、出て行く。ちょこっとLOVEのイントロが流れだす。




467 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/04 23:43 ID:DCnHNl1o
【場面】
  事務所らしき一室。後藤が薄汚れたソファに座って手紙を読んでいる。
  ライオンはきちんと座って聞いている。

468 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/04 23:44 ID:DCnHNl1o

後藤   …ライブ感動しました。タテガミがとてもカッコよかったです。…だって。
ライオン がぅ。
後藤   まだ読むの?あんたファンレター好きねぇ。

  市井、入って来る。

市井   おい、まだやってんのかよ。
後藤   あ、市井ちゃん。
市井   とうとう明日だな。発売。
後藤   明日だね。
ライオン がぅ!
後藤   はいはい、後で読んであげるから。

  ライオン、ふて腐れたように寝そべる。


469 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/04 23:44 ID:DCnHNl1o

後藤   どしたの、暗いけど。
市井   …売れないような気がするんだよね。
後藤   そればっかだね、こないだから。
市井   だってさ、宣伝とか全然してないし。
後藤   しょうがないじゃん、ちっちゃな事務所なんだから。

  市井、頭を抱えて向かいのソファに座る。

市井   あぁ、事務所やめんじゃなかった…。
後藤   また?もうやめようよぐじぐじ言うの。
市井   ぐじぐじ?大体お前なんかの口車に乗ったから。
後藤   口車って何よ。自分だってノリノリだったくせに。
市井   あん時はどうかしてたんだよ。
後藤   勘違いばっかじゃん。
市井   なんだと。
ライオン がぅ。


470 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/04 23:45 ID:DCnHNl1o

市井   がぅじゃねーよ。そもそもお前が言い出したことだろ。
ライオン …がぅがぅ。
後藤   ちょっと、ライオンは悪くないでしょ。乗ったのはウチ等なんだから。
ライオン がぅ。
市井   そりゃそうだけど…。
後藤   あやまんなよ。
市井   ごめん。
ライオン ぐぉ。
市井   あーくそ、今日よる絶対寝れねーよ。
後藤   だいじょぶだって。あちこち回ったし。みんな買うって言ってくれたじゃん。
市井   そうだけど。
後藤   それに、もし売れなくても地道にやっていこうって。
市井   言ったけど。
後藤   じゃあいいじゃん。
市井   でもなぁ。


471 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/04 23:45 ID:DCnHNl1o

後藤   はいはいおしまい。とりあえずなんか食べよう。
市井   そう言えば腹減ったな。
ライオン がぅ。
後藤   何、あんた作ってくれんの。
市井   じゃ、オムライスで。
後藤   任せた。ケチャップあんま使わないでね。
市井   いや、ケチャップは多めでいこう。
後藤   はぁ?…市井ちゃんわかってねーよ。
市井   なんだと。
ライオン …がぅ。




472 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:28 ID:C852LzTp
【場面】
  事務所らしき一室。黒檀のテーブルに向かい合うようにして市井と後藤。
  大理石の床に、ライオンはやっぱり寝そべっている。

473 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:29 ID:C852LzTp

市井   …まさか、ミリオンいくとは思わなかった。
後藤   あたしだって思わなかったよ。
市井   頑張ったしな。あたしもお前も。あと。
後藤   ね。印税が入ったら、お腹いっぱい肉食べさせてあげるからね。
ライオン がう。
市井   じゃあちょっと悪いけど。
後藤   あっちで寝ててくれるかな?

  ライオン、のそのそと出て行く。

市井   しかしあれだな、不思議なヤツだよな。
後藤   ね。
市井   結構歌うまいしな。
後藤   たぶんあれだよ、ライオンのくせに修行したんだよ。
市井   あ、来たよ。


474 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:29 ID:C852LzTp

  ドアが開いて、つんく♂がきょろきょろしながら入って来る。

つんく♂ ライオンはおらんやろな。
市井   大丈夫ですよ。あっちの部屋で寝てます。
後藤   お久しぶりです。
つんく♂ おぉ。 

  つんく♂、椅子に座る。

市井   話ってなんすか。
つんく♂ いやな、お前等にええ話持って来たったんや。
後藤   ええ話?
市井   でも、ウチ等もう事務所はクビになったはずっすよ。
つんく♂ …そこや。
後藤   なんですか。
つんく♂ お前等を事務所に復帰さそうかっちゅー話が出てんねん。
市井   マジっすか。
つんく♂ しっ。

  つんく♂、人目をはばかるようにきょろきょろとあたりを見まわす。


475 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:31 ID:C852LzTp

後藤   でも、もう今の事務所と契約してますし。
市井   世話になったんですよね。だから裏切るような。
つんく♂ 話はもうついとんねん。ほら、書類や。判も押してあるわ。
後藤   え?
市井   まさか。
後藤   あ、ほんとだ。社長さんのハンコ。
市井   マジ?見せて…うわぁ。
つんく♂ まぁ、そういうこっちゃ。
市井   でも…なぁ。
後藤   ね。すいません、ちょっと待ってください。
つんく♂ なんや。問題あるんかいな。
市井   ライオンが。
後藤   なんていうか。

  つんく♂、頭をかきまわす。

つんく♂ そんなもんお前等が適当にごまかしたったらええやんけ。
後藤   適当にって。
つんく♂ あんな、自分等これビッグチャンスなんやで。ソロでデビュー
      したないんか?
市井   …ソロデビュー。
後藤   そりゃ、したいですけど。


476 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:32 ID:C852LzTp

つんく♂ まだはっきりとは言えんが、上の方としてはゆくゆくは海外デビュー
      まで考えとるそうや。
市井   海外デビューすか。
つんく♂ 吉田美和以上の扱いや。
後藤   すごい。
つんく♂ せやろ。ほならあんなライオンの一頭や二頭、見捨てたらんかい。

  ライオン、のっそり入って来る。

つんく♂ もしお前等が言いづらいんやったら、ウチの方で何人か用意するから
      捕まえて無理矢理どっか動物園かなんかに叩きこんだったらええねん。
市井   あ。
後藤   つんく♂さん。
つんく♂ なんや。イヤやっちゅうんか。お前等甘いこと言っとったらあかんで
      芸能界っちゅーとこは食うか食われるか…げっ!
ライオン ぐぉう!
つんく♂ あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ、あ。
市井   つんく♂さんが。
後藤   食われた。



477 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:32 ID:C852LzTp
【場面】
  後藤家。ソファに腰掛けて、後藤と市井がテレビを見ている。
  テレビではアイドル歌手が歌っている。

478 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:35 ID:C852LzTp

市井   腹減ったな。
後藤   そうだね。…オムライスでも作ろうか。
市井   そうしよっか。いや、ピザでもとろう。

  後藤、電話を手にする。

市井   そう言えば。
後藤   ん?
市井   あいつのオムライス、うまかったよな。
後藤   ね。
市井   結局、逃げきったらしいよ。
後藤   すごい早かったもんね。なんか二本足で走ってたし、最初。
市井   つんくさんも助かったっていうし。まぁなんにせよよかったよ。


479 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:36 ID:C852LzTp

後藤   じゃ、電話するけど。
市井   ん。どれにしようか。
後藤   MかLか。ピザ。
市井   うるさいよ。
後藤   はは。
市井   なぁ、後藤。
後藤   ん?
市井   こないだの、話なんだけどさ。
後藤   つんく♂さんの?
市井   あれさ、ライオンもし入ってこなかったらさ。
後藤   断ったかって?
市井   …うん。
後藤   なんでそんなこと聞くの?
市井   ちょっと気になったから。まぁ、ウソくさい話だったけどさ。


480 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:36 ID:C852LzTp

市井   あぁ、あのハンコ、本物だったのかなぁ。
後藤   ん。
市井   今更聞けないよな。あんな騒ぎになっちゃって。
後藤   ね。
市井   そうだ、こないだなんかリンゴ送ってきたぞ。社長さん。
後藤   マジで?
市井   田舎に帰ったらしい。今リンゴ作ってるってさ。
後藤   へぇ。おいしかった?
市井   うーん、普通?
後藤   はは。今度持ってきてよ。
市井   おぉ。そいで手紙入っててさ。
後藤   なんだって?
市井   あたしとお前にありがとうってさ。


481 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:38 ID:C852LzTp

後藤   それにしても。
市井   ん。
後藤   不思議なライオンだったねぇ。



482 :いちごま劇場「ライオンのうた」:03/02/05 23:39 ID:C852LzTp
>>446-481

483 :「つみとばつ」:03/02/06 00:08 ID:vayEl/FT

とつぜんあたしは死にたくなった。


484 :「つみとばつ」:03/02/06 00:10 ID:vayEl/FT

ゆうべからずっと雨が降っていて通学路は傘であふれていた。みんなおしゃべり
しながら学校に向かっていた。あたしは傘をもっていなかった。だから濡れながら
歩いた。
「おはよー」
橋のところで辻ちゃんが後ろからあたしを呼んだ。辻ちゃんは学校の友達だ。あ
たしはずっと仲よくしようとおもっている。
「おはよ、のの」
あたしは辻ちゃんのことをののと呼ぶ。辻ちゃんはののと呼ばないとすこし元気
をなくす。

485 :「つみとばつ」:03/02/06 00:10 ID:vayEl/FT
「うわ、ずぶ濡れじゃん…あいぼん、傘持ってこなかったの」
「うん」
「じゃ、入りなよ」
黄色いちいさな傘に入ってあたし達は仲よく学校に向かった。
「今日さぁ数学のやつ、やってきた?」
「あー、忘れた」
「やばいよあいぼん、立たされるよ…」
あいぼんというのがあたしだ。カゴアイだからあいぼんだ。

486 :「つみとばつ」:03/02/06 00:11 ID:vayEl/FT
学校はいつもとかわりがなかった。制服はすぐに乾いた。体のふしぶしが痛かっ
たけど風邪はひかなかった。数学の時間にたたされた。授業が終わる頃には雨
はやんでいた。掃除当番だったあたしはすこしだけ教室に残って掃除をさせられ
た。
ぜんぶ終わって帰ろうとした。校門で辻ちゃんが待っていた。
「ごめん、待たせちゃった」
「いいよー」
「裏山行こっか」
「うん」
「のの、傘なんておいてっちゃいなよ」
辻ちゃんと二人で手をつないだ。あたし達は裏山をめざした。

487 :「つみとばつ」:03/02/06 00:14 ID:vayEl/FT
学校の裏は丘みたいになっていてそこから街が見下ろせる。そこを「裏山」とあた
し達は呼んでいた。屋根つきのベンチがあってちょっとした公園みたいだ。
「あぁ、疲れた」
「月曜日だもんね」
ベンチに着くなり地べたにバッグを投げ出した。辻ちゃんはベンチに座って足をぶ
らぶらさせた。
空はだんだんあかくなった。あたし達は空を見ながらいろんな話をした。

488 :「つみとばつ」:03/02/06 00:16 ID:vayEl/FT
「そう言えばさ、あいぼん携帯どしたの」
「あ、壊れちゃった」
「まじ?」
「今度買うよ」
「ふーん、なんか今日眠そうだけどだいじょぶ?」
「あぁ昨日あんま寝てないんだ」
そう言うとあたしはベンチに寝転がった。夕陽を見ながらあたしは言った。
「ののは、将来なんになりたい?」
「えっ?」
「やりたいこと」
「…わかんない」それは困ったような声だった。「あいぼんは?やりたいこととかっ
てあったりする?」
「死にたい」とあたしは言った。

489 :「つみとばつ」:03/02/06 00:18 ID:vayEl/FT
「えっ」
辻ちゃんはびっくりした顔をこっちに向けた。あたしはその顔をじっと見た。
「今、えって言ったじゃん」
「言った」
辻ちゃんは目をぱちぱちさせた。
「その『え』に、てんてんついてたよ」
あたしは指で空のなにもないところにてんてんを書いた。そしてにっこり笑った。
辻ちゃんもほっとしたように笑った。

490 :「つみとばつ」:03/02/06 00:19 ID:vayEl/FT
辻ちゃんと別れたあたしは帰りに古本屋さんに寄った。
古本屋さんには小さい時から知っているおさななじみの人が働いている。苗字が
何回か変わったらしいふくざつな人だ。めんどくさいからあたしは彼女をリカちゃ
んと呼んでいる。リカちゃんにはヨッスィという友達がいてたまに三人で遊んだり
する。
その時もリカちゃんはいつものように一人で店番をしていた。あたしはがらがらと
入り口のドアを引いた。
「いらっしゃいま…」リカちゃんは顔をあげた。「なんだ、あいぼんか」
「なんだじゃないよ、なんだじゃ」と言ってあたしは笑った。

491 :「つみとばつ」:03/02/06 00:20 ID:vayEl/FT
リカちゃんはそれきりあたしのことをほっといて本を読んでいた。あたしは本棚を
なんども往復した。そして自殺マニュアルという本を見つけた。あたしはそれをカ
ウンターに置いた。リカちゃんはとたんに困ったような顔をした。
「こんな本買ってどうするのあいぼん」
リカちゃんは眉を八の字にしていた。困った時はいつもそうだった。あたしはにっ
こりと笑って財布をだした。

492 :「つみとばつ」:03/02/06 00:21 ID:vayEl/FT
帰って部屋に入るとすぐにベッドに寝転がった。制服のままきがえなかった。あた
しは寝転がりながら本をぱらぱらめくった。
あたしはあまり本を読まない。字ばっかりだからだ。だからその本もつまらないと
ころとかできるだけ飛ばして読んだ。内容はほとんどわからなかった。そしてあた
しは疲れていた。寝る前に本をベッドの下に隠した。
リビングで電話が鳴った。その音を聞きながら眠った。そして電話が鳴る度に何
度も目を覚ました。


493 :「つみとばつ」:03/02/06 00:22 ID:vayEl/FT

次の日あたしは学校を休んだ。午前中はずっと眠った。午後になって起きた。あ
たしはベッドに寝転がってあの本を読んでいた。
とつぜんピンポンがなった。

494 :「つみとばつ」:03/02/06 00:23 ID:vayEl/FT
「あいぼん、今日はどしたの」
辻ちゃんは別に近所に住んでいるわけじゃなかった。学校の中でも結構遠いほう
だった。今まで休んだことは何度もあったけどこんな風に家まで来たのは初めて
だった。
「入んなよ」とあたしは言った。

495 :「つみとばつ」:03/02/06 00:23 ID:vayEl/FT
「ちょっと散らかってるけど、ごめんね」
リビングはちょっとどころじゃなく散らかっていた。辻ちゃんは目を丸くしていた。
「泥棒に入られちゃってさ」
「えっ、ほんと?」
「う、そ。」
あたしはそう言ってにっこり笑った。辻ちゃんも笑った。あたしは続けた。
「誰も片付ける人がいないからさー、散らかっちゃうんだよねぇ」
辻ちゃんの表情が一瞬だけくもってすぐ戻った。そして辻ちゃんは「じゃあ、のの
手伝うから片付けちゃおうよ」と言った。
ウチにはお母さんがいない。お父さんはトラックの運転手だ。あたしはいつも家に
独りきり。それを辻ちゃんは知っていた。

496 :「つみとばつ」:03/02/06 00:24 ID:vayEl/FT
「ねぇあいぼん、このお皿どーする」
「あぁ、流しにつっこんどいてよ」
「ねぇあいぼん、なんかホネだけの傘とかあるけど」
「あぁ、袋あるからこれに全部つっこんじゃって。燃えんのとかわけなくていいや」
「わぁ虫だ、へんなムシいるよ!」
「あぁ、それ非常食だから」
「こっちにはなんかケチャップみたいなのこぼれてるよ」
「あぁ、それ血だから」
「…じゃあこっちの緑色のシミは?」
「それは…それは、ゴジラの血!」
あたしは笑いながら言った。辻ちゃんはケタケタと笑った。
「ねぇあいぼん、諦めようか」
「うん、諦めよう」
リビングは掃除のかいがあってすこしだけ綺麗になった。あたし達はリビングを出
て部屋へ向かった。

497 :「つみとばつ」:03/02/06 00:25 ID:vayEl/FT
「珍しいよね」
「なにが」
「わざわざお見舞いに来てくれるなんて」
あたしは椅子に座った。ベッドは辻ちゃんのために空けた。だけど辻ちゃんは座
ろうとしなかった。よくみるとベッドにはあの本が投げ出されたままだった。辻ちゃ
んはそこから目をそらしていた。
「珍しいよね」とあたしは繰り返した。そして付け加えた。「ありがとう」
辻ちゃんは恥ずかしそうに笑った。あたしは軽くうつむいた。すこししてから顔を
向けた。
辻ちゃんはベッドに座ってこっちを見ていた。そしてこう言った。
「ねぇあいぼん、昨日の話のつづきなんだけど」

498 :「つみとばつ」:03/02/06 00:26 ID:vayEl/FT
「将来なんになりたいかって話でしょ」
「うん」
「なりたいものあった?」
あたしは早口で言った。辻ちゃんは首を傾げた。首を傾げた辻ちゃんを見ながら
あたしは「別になんだっていいんだけどさ」と言った。
辻ちゃんはすこしの間傾げた首をひねった。そして言った。
「ののは、歌手になりたい」
今度はあたしが首を傾げた。

499 :「つみとばつ」:03/02/06 00:27 ID:vayEl/FT
「こないだテレビ見た?見てないか…すごかったんだよ」辻ちゃんはテレビで見た
らしいどっかのアイドルグループの話をはじめた。辻ちゃんは話しながら興奮して
いった。そのテレビを見てなかったあたしはただぼんやり頷いたり時々「へぇ」とか
言ったりした。
「でね、それがめちゃくちゃ変なダンスなの、でもね…」

500 :「つみとばつ」:03/02/06 00:28 ID:vayEl/FT
「おーでしょん?」
「そう、オーデションを受けようかなって思って」
辻ちゃんは目をきらきらさせてそう言った。
「そっか」
「うん、あいぼんも一緒にどう?」
あたしは笑おうとした。辻ちゃんはすこし不安そうにこっちを見ていた。あたしは笑
わずに「いいね」と言った。

501 :「つみとばつ」:03/02/06 00:28 ID:vayEl/FT
その夜は夢を見た。
あたしは鏡張りの広い部屋で踊っていた。ほかにもいろんな人がいた。辻ちゃん
も古本屋のリカちゃんもいた。他にも知ってる人が何人かいた。知らない人もい
た。みんな踊っていた。あたしが鏡にうつった。踊っていた。あたしはあたしを見て
吹き出しそうになった。
誰かの手拍子に合わせてあたし達は踊りつづけた。鏡越しに辻ちゃんが見えた。
辻ちゃんもやっぱり吹き出しそうな顔をしていた。くるくると踊りながら辻ちゃんが
近づいてきてあたしの耳元で囁いた。
「踊るだけじゃなくて、歌わなきゃいけないらしいよ」
あたし達は堪えきれずに吹き出した。顔を見合わせて肩を叩きながら笑い転げ
た。


502 :「つみとばつ」:03/02/06 00:29 ID:vayEl/FT
続く

503 :「つみとばつ」:03/02/06 22:25 ID:7U7n7hpJ

一日休んだあたしはすこし元気になった。起きたのはだいぶ早めだった。だから
遅刻せずに学校に着いた。朝のホームルームの時に先生に怒られた。
放課後に居残りで指導室に呼び出された。指導室で先生は「なんで休んだんだ」
と言った。あたしは「お腹が痛かったんです」と言った。先生はあたしを疑った。
「どうして電話に出なかったんだ」と言われたあたしは「寝てたからです」と答え
た。
電話は確かに鳴っていた。
終わったのは五時すぎだった。校門に辻ちゃんは見当たらなかった。

504 :「つみとばつ」:03/02/06 22:26 ID:7U7n7hpJ
帰る途中のことだった。一台のバイクがあたしの目の前で止まった。
「おー、カゴぉ」
バイクにはヨッスィが乗っていた。後ろにはリカちゃんが乗っていた。
「どしたの、これ」あたしは聞いた。「買ったの」
「おぅ、ちょっとなー」自慢げにヨッスィは胸をそらした。
「ヘルメットしなくていいの」
「そう、危ないからって言ったんだけど」リカちゃんがヨッスィを指差して言った。
「ダセーからやだよとか言って、メットしないの」
リカちゃんはピンク色のかわいいヘルメットを被っていた。
「いいんだよあたしは、ぜってー事故んないから」
そう言うとヨッスィはからから笑った。
「カゴぉ、お前も乗りたいか」
あたしは横に首を振った。ついでにバイバイの意味をこめて手も振った。ぐおんぐ
おんという音がしてバイクはどこかに走っていった。

505 :「つみとばつ」:03/02/06 22:26 ID:7U7n7hpJ
十時頃辻ちゃんのお母さんからうちに電話があった。辻ちゃんが来ていないかと
いう電話だった。あたしが「来てません」と答えると電話はそっけなく切れた。あた
しは上着をいちまい羽織って家を出た。
あたしの家の真ん前には神社がある。辻ちゃんはやっぱりその神社にいた。小さ
な犬を抱えていた。そして犬に向かってなにかぶつぶつと言っているように見え
た。
「おかーさん心配してるよ」とあたしは歩きながら声をかけた。辻ちゃんは犬を抱
いたまま顔をあげた。

506 :「つみとばつ」:03/02/06 22:26 ID:7U7n7hpJ
辻ちゃんが抱いている犬はいつも神社にいる野良犬だった。辻ちゃんはその犬
にマロンという名前をつけて時々エサをあげたり撫でたりしていた。マロンという
のは勝手につけた名前だけどマロンはマロンと呼ばれると嬉しそうにしっぽを
振った。マロンはあたしにはあまりなつかなかった。
辻ちゃんの顔がはっきり見える位置まで近付いてあたしは言った。
「帰ろうよ」
辻ちゃんは無言で顔をあたしからそむけた。あたしは「どしたの」と聞いた。
「お母さんと喧嘩した」
辻ちゃんははっきりとわかるくらい涙目になっていた。

507 :「つみとばつ」:03/02/06 22:27 ID:7U7n7hpJ
お賽銭箱の前の階段のところに座ってあたし達は話をした。
「オーデションなんて受けちゃだめって言われた」辻ちゃんは悲しそうにそう言っ
た。「芸能人なんかになったってしょうがないって言われた」それから辻ちゃんはし
ばらくの間お母さんの文句をぶつぶつと言った。ほんとの辻ちゃんをわかってくれ
ないというようなことを言った。あたしは黙って聞いていた。辻ちゃんは急になに
かに気づいた顔をして話し終えた。そして「あいぼんごめんね」と言ってあたしの
顔をじっと見た。
あたしは顔をそらして「あれ、マロンがいない」と言った。
マロンはいつのまにかどこかに消えていた。あたし達はマロンを探す事にした。

508 :「つみとばつ」:03/02/06 22:28 ID:7U7n7hpJ
マロンは神社の裏の方にいた。大きな木の根元のあたりに一生懸命鼻をつけて
ふーふー唸っていた。
「何か宝物でも埋まってたりして」
辻ちゃんは言った。
「なわけないじゃん」とあたしは言った。「それより、行こ」
「どこ行くの」
「ののん家」
「えぇー」
「お母さん心配してるよ」
あたしは辻ちゃんの肘を引っ張った。辻ちゃんはしぶしぶ付いて来た。その時と
つぜんエンジンの音がした。

509 :「つみとばつ」:03/02/06 22:28 ID:7U7n7hpJ
「カゴぉ」
髪を染めてヘルメットなしでバイクに乗ってるヨッスィを見て辻ちゃんはあたしの
袖を軽くつかんだ。あたしはすこし笑った。
「なんだ、友達も一緒か」
「なにしてんの、ヨッスィ」
「んーちょっとね、こいつの顔を見に」
ヨッスィは明るく言った。そしていつのまにか足元に来ていたマロンを指差した。
「ヨッスィもマロン知ってんだ」
「へー、こいつマロンって言うんだ」
ヨッスィはそう言ってマロンを撫でた。マロンはヨッスィに撫でられて嬉しそうにしっ
ぽを振った。はじめて辻ちゃんは安心したように笑った。

510 :「つみとばつ」:03/02/06 22:28 ID:7U7n7hpJ
「ねぇ」
辻ちゃんを家まで送ったあとあたしはヨッスィに言った。
「ちょっとさ、今日泊めて欲しいんだけど」
ヨッスィは首をくるっと回して唸った。
「うーん、今日ウチはちょっときついな…」
「そっか」
あたしは言った。「じゃあここでいいや」
「なんだよ、送ってやるぞ、乗れよ」
あたしは首を振った。「いい、家帰んないし」
ヨッスィは呆れた顔で唸った。そして言った。
「しょーがねぇな…ウチは無理だけど、あそこなら大丈夫だろ」

511 :「つみとばつ」:03/02/06 22:29 ID:7U7n7hpJ
連れていかれた先はちいさいアパートだった。通りすぎるドアの前にはゴミや汚
れた洗濯機が置いてあった。一番奥の部屋まで来てヨッスィは振りかえった。
「ここ。ゴッチンの部屋だから」
ヨッスィは鍵を使ってドアを開けた。

512 :「つみとばつ」:03/02/06 22:30 ID:7U7n7hpJ
ヨッスィは普通に入っていった。あたしもそれに続いた。部屋はめちゃめちゃに散
らかっていた。ベッドの上だけが綺麗だった。そこにゴッチンは寝ていた。あたし
はきょろきょろと辺りをながめた。壁は落書きだらけだった。写真もいっぱい貼っ
てあって色んな人が写っていた。中にはヨッスィも写っていた。リカちゃんもいた。
「ゴッチンさぁ、悪いけどちょっと起きてよ」
ヨッスィはゴッチンを揺すりながら大きな声で言った。
「なに…」
「ちょっとさ、こいつを泊めてあげて欲しいんだけど」
ヨッスィはあたしを指差してそう言った。

513 :「つみとばつ」:03/02/06 22:31 ID:7U7n7hpJ
「じゃあ、あたし帰るから」
そう言うとヨッスィは本当にすぐ帰った。あたしは寝起きのゴッチンと二人きりに
なった。あたしはゴッチンに「初めまして」と言った。それから「お世話になります」
と言った。ゴッチンはだるそうにベッドから起きあがった。そして何も言わずに枕
元にあった変なパイプを手にとってごそごそやりだした。あたしはじっと見つめ
た。

514 :「つみとばつ」:03/02/06 22:31 ID:7U7n7hpJ
ゴッチンは長細いパイプの先に口をつけて根元のあたりにライターで火をつけ
た。ゴッチンが息をすいこむとぶくぶくという音がしてパイプが白で染まった。ゴッ
チンは白を全部すいこむと息をとめた。五秒したら「はふぅー」とか言ってけむりを
吐き出した。
「あんたも吸う?」
あたしは「いい」と言った。ゴッチンは「わかった」と言ってそのままベッドに寝転
がった。それからゴッチンはずっと黙って雑誌とかを読んでいた。ゴッチンの家に
は少女マンガがいっぱいあった。あたしは退屈しなかった。


515 :「つみとばつ」:03/02/06 22:32 ID:7U7n7hpJ

いつのまにか寝ていた。バイクの音がして起きた。音は窓の外から聞こえてい
た。あたしは体を起こした。あたしには毛布がかけられていた。
窓から顔を出すと朝だった。そこにはヨッスィがいた。
「カゴぉ、いい子にしてたかー」
ヨッスィはバイクを止めて言った。それからドアの方にまわって入ってきた。
「迎えに来てやったぞ」
目を覚ましたゴッチンが手をあげた。
「おぉヨシコ、久し振り」
「いやいや昨日会ったから。覚えてろって」
「迎えに来たって、どしたの」とあたしは言った。
ヨッスィはおおげさに手を振った。
「どしたのじゃねぇだろ、お前は学校だろっつうの」

516 :「つみとばつ」:03/02/06 22:33 ID:7U7n7hpJ
「偉いねーヨシコは。自分は中退のクセして」
「うるさいよ、ほらカゴ、制服取りいくぞ」
「わかった」と言ってあたしは立ちあがった。
「じゃあ、こいつ連れて帰るから」
そう言うとヨッスィはあたしの襟首をつかんだ。あたしは笑いながらその手をどけ
るとゴッチンに向き直った。
「ありがとね、ゴッチン」そしてあたしは言った。「できれば、今夜も泊まってい
い?」
ゴッチンは「わかった、覚えとく」と言った。

517 :「つみとばつ」:03/02/06 22:33 ID:7U7n7hpJ
ヨッスィは家にあたしを落とすとすぐどこかへ行ってしまった。制服にきがえたあ
たしはすぐに家を出た。そして神社へと向かった。マロンがいた。マロンは前とお
なじ木の根元に顔をつけていた。そして時々小刻みに前足を動かして穴を掘って
いた。
あたしはうしろから穴を覗き込んだ。マロンがびくっと跳ねた。あたしは笑いなが
ら「見ーたぁなぁ?」と言った。
マロンは逃げ出そうとした。
「だいじょぶだよマロン、脅かしてごめんね」
あたしは笑って手招きした。

518 :「つみとばつ」:03/02/06 22:33 ID:7U7n7hpJ
昼休みの最中に教室に着いた。三つくらいの顔が振りかえってすぐ戻った。あた
しは机にカバンを置くとすぐトイレに行った。あたしはそこで丁寧に手を洗った。そ
して顔を洗った。また手を洗った。トイレから出ようとすると廊下から辻ちゃんの声
がした。あたしはすっと身を隠した。
「ははは、まじで?」
「そうそう、そしたらさぁ…」
辻ちゃんは友達と三人で笑いながら歩いていた。そしてあたしには気づかずに階
段を下りていった。
教室に戻ってカバンを取るとあたしは学校を後にした。

519 :「つみとばつ」:03/02/06 22:34 ID:7U7n7hpJ
家に帰ると、ドアの前にスーツの女の人が二人立っていた。涼しそうな顔の人と
目のぎょろっとした人だった。二人とも知らない人だった。あたしはポケットに右手
を入れたまま「なんですか」と言った。
「カゴさん…カゴアイさんですね」と目のぎょろっとした人が聞いていた。
「はい」
「お父さんはご在宅ですか」
あたしは少し首をひねったあと「いないと思いますけど」と答えた。二人は顔を見
合わせた。涼しそうな方がスーツから黒い手帳を出した。
「警察のものですが、少々お話をうかがってもよろしいですか」

520 :「つみとばつ」:03/02/06 22:35 ID:7U7n7hpJ
「いつもこの時間はアイさんだけなんですか」
「はい、お母さんいませんから、うち」
「お父さんは」
「お父さんはたまに帰ってきますけど、めったに帰ってきません」
「そうですか」
その他にも目のぎょろっとした人からは家族について色々な質問をされた。涼し
そうな感じの人がその度に手帳になにかメモっていた。適当に書いてるように見
えた。知ってることをわざわざもう一度聞いているようにも見えた。
「じゃあ、お父さんはいらっしゃらないんですね」
「はい」
「申し訳ないですが、もしお父さんから連絡があったらこちらにお電話いただけま
すか」
そう言ってぎょろっとした人が名刺をくれた。
「はい」
「何か思い出したこと、わかったことがあったらでもいいです」
二人はすぐ帰っていった。あたしは右手をポケットからだした。汗がすごかった。

521 :「つみとばつ」:03/02/06 22:35 ID:7U7n7hpJ
家に入るとリビングをすこし片付けた。それから出来るだけ大きなバッグを探し
た。それにお気に入りの服を全部つめてファスナーを閉めた。リビングでそれを
枕にして眠った。
夢を見た。内容はあたしにはわからなかった。夢の中でマロンが吠えていた。あ
まりのうるささにあたしは目を覚ました。目を覚ますと同時にその音はピンポンに
変わっていた。ドアを開けるとヨッスィが立っていた。
「ちょっと」ヨッスィは真剣な顔をしていた。「神社まで来てくれよ」

522 :「つみとばつ」:03/02/06 22:37 ID:7U7n7hpJ
外はもう暗かった。神社には辻ちゃんがいた。辻ちゃんはマロンを抱いて泣いて
いた。辻ちゃんはあたしに気づくと顔をあげて言った。
「さっきね、さっきちょっとだけ舐めたの」
あたしは何も言わなかった。
「だからね、ののを待っててくれたんだよ」
そう言って辻ちゃんは泣いた。あたしはマロンを触った。傷口の血はすでに固まっ
ていて体はもうとっくにつめたかった。
「くそっ」ヨッスィがうめいた。「誰だかしらねぇけど、ひでぇことしやがって」
「命なんてあっけないもんなんだよ」
辻ちゃんを見ながらあたしは言った。
「そんなことなんで言うの?」
マロンを見ながら辻ちゃんは言った。

523 :「つみとばつ」:03/02/06 22:37 ID:7U7n7hpJ
ヨッスィはバイクでどこかへ行った。あたしは辻ちゃんと二人で出来るだけ土のや
わらかい所を探してマロンを埋めた。埋め終わる頃にヨッスィがバイクで戻って来
た。
「おい、行くぞ」
あたしとヨッスィは交替でバイクを押した。辻ちゃんはだいぶ離れてついてきた。
あたしは時々振りかえった。
川に着くまで一言もなかった。バイクを置いてあたし達は土手に降りた。ヨッスィ
は袋からお線香とライターを出した。
「ほら、ひとり1本ね」
それぞれ火をつけた線香を発砲スチロールに刺した。全員が刺し終わるとヨッ
スィはそれを川に流した。
それはほたるのように光ったままゆっくりと流れていった。

524 :「つみとばつ」:03/02/06 22:38 ID:7U7n7hpJ
「送ったら戻ってくるから、ここで待ってろよ」
「だいじょぶだって」
「いいから、待ってろ」
「あいぼん」
「ん」
「明日、学校でね」
あたしは手を振った。
ヨッスィは後ろに辻ちゃんを乗せると走っていった。

525 :「つみとばつ」:03/02/06 22:38 ID:7U7n7hpJ
あたしは土手に座ったまましばらく夜の川をながめた。そして寝転がった。夜空は
くもっていた。星は見えなかった。ふいに体を起こした。お線香はとっくに流れて
見えなかった。
流れていった向こうの方を見ながらあたしは「ごめんね」と呟いた。そしてまた寝
転がった。夜空はやっぱりくもっていた。
「あーあ」空に向かってあたしは言った。「死のうかな」
バイクの音はなかなか聞こえなかった。
あたしはそれから10分くらいぶつぶつと呟いた。それから立ち上がって歩き出し
た。ゴッチンの家に着くまであたしの心臓はずっとどきどき鳴っていた。
ゴッチンはいなかった。鍵は開いていた。あたしは昨日の毛布をさがした。それに
くるまって部屋の隅っこで寝転がった。


526 :「つみとばつ」:03/02/06 22:40 ID:7U7n7hpJ
続く

527 :「つみとばつ」:03/02/07 02:34 ID:UmSdf0ep

夢を見た。
夢の中であたしは埋められた。みんながあたしを掘りだそうとした。いちばん頑
張って掘っているのは辻ちゃんだった。ヨッスィやゴッチンもいた。みんなが掘って
いた。あたしは埋まりながらみんなが掘っているのをじっと見ていた。
穴はどんどん深くなった。穴のまわりの土の山もどんどん高くなった。それでもあ
たしには届かなかった。やがて山が崩れそうになった。あたしは「危ない」と言おう
とした。声が出なかった。あたしは何度も声を出そうとした。
土の山はあっさりと崩れた。そしてみんなを埋めた。あたしは「あーあ」と言った。
その時後ろで声がした。
「なんだ、声でるんじゃん」

528 :「つみとばつ」:03/02/07 02:34 ID:UmSdf0ep
あたしは跳ねるように起きた。それからきょろきょろと見まわした。ゴッチンの声が
した。
「うなされてたよー」
ゴッチンは鏡の前で口紅を塗っていた。あたしは声をかけた。
「どしたの、朝から」
「今日はね、ちょっとねー」
ゴッチンは上機嫌だった。とつぜん化粧をやめてこっちを向いた。
「ちょっとさ、今日は悪いけど泊めてあげられないんだ」
ゴッチンは「ごめんね」と言った。

529 :「つみとばつ」:03/02/07 02:34 ID:UmSdf0ep
あたしは後ろから抱きついた。
「なんだよカゴぉ、じゃれんなよ朝からー」と言ってゴッチンは笑った。
あたしは鏡に映ったゴッチンに向かって「あたしもお化粧したい」と言った。

530 :「つみとばつ」:03/02/07 02:38 ID:UmSdf0ep
教室には二時間目の途中にやっと着いた。ドアを開けてから十秒くらいした時に
はみんながあたしを見ていた。あたしはいちばん驚いた顔を探した。机に向かお
うとすると後ろから髪をつかまれた。先生だった。
先生はあたしの髪の毛を引っ張って教室の外へ連れていこうとした。引きずり出
される前にあたしは指でVサインを作った。わずらわしそうな顔と目が合った。み
んなはそんなに沸かなかった。

531 :「つみとばつ」:03/02/07 02:38 ID:UmSdf0ep
「化粧してくるだけでも問題なのに、私服で来るなんて言語道断だ」
指導室に入るなり怒鳴られた。
慌てた様子で担任が入ってきた。そして「またお前か」と言った。
「今、家の人に連絡するからな」
「誰もいないと思いますよ」とあたしは言った。
「なんだこりゃ」別の先生が言った。「おい、お前ん家電話つながらないぞ」
「お前、あと給食費も払ってないだろ…」
「大体最近のお前の生活態度はなんなんだ?」
「なぁ…」
あたしはトイレに行くフリをして指導室を抜け出した。

532 :「つみとばつ」:03/02/07 02:40 ID:UmSdf0ep
昼間にくるのは初めてだった。古本屋さんにはやっぱりお客さんがいなかった。
「いらっしゃ…どしたの?あいぼん、それ」
リカちゃんは奥から鏡をとってきた。化粧はずるずるに剥げていた。その上鼻の
あたりを殴られていたあたしはすごく変な顔になっていた。あたしは鏡を見ながら
言った。
「ちょっとトイレ借して」
あたしはトイレで顔を洗った。そしてあかくなった鼻を見て笑った。

533 :「つみとばつ」:03/02/07 02:44 ID:UmSdf0ep
「ねぇ、リカちゃんさぁ」
「ん?」
リカちゃんは本に視線を落としたままだった。あたしは続けた。
「親ってむかつく?」
リカちゃんの腕には時々アザが出来ている。だからリカちゃんは長袖ばかり選ん
で着ている。そんなことをヨッスィが前に教えてくれた。あたしはそれを覚えてい
た。
「ん、別に」
リカちゃんは本を読みながら首を振った。そして言った。「なんで?」
「ヒトを殺そうかと思ったことって、あるかなって」

534 :「つみとばつ」:03/02/07 02:44 ID:UmSdf0ep
「それは…やめといた方がいいーよぉ」
リカちゃんは首を振りながら答えた。
「なんで?」
「なんでも」
「ふぅん」
あたしはリカちゃんを見つめた。リカちゃんは本から顔をあげてあたしを見てい
た。あたしは言った。
「リカちゃん、将来なんになりたいの」
リカちゃんはたっぷり悩んだ後「お金持ち?」と答えた。
眉は八の字になっていた。

535 :「つみとばつ」:03/02/07 02:45 ID:UmSdf0ep
何も買わずに古本屋を出た。あたしは川へ行った。それからしばらく土手で寝転
がっていた。暗くなってから公衆電話を探した。
「のの、お願いがあるんだけど」
辻ちゃんの家は夕ご飯の最中だった。
「あいぼん…どしたの」
「いや、今日泊めてほしいんだけど」

536 :「つみとばつ」:03/02/07 02:48 ID:UmSdf0ep
辻ちゃんはしばらく口篭もった。受話器の向こうからお母さんの声が聞こえた。
「わかったって、今戻るからぁ!…ねぇあいぼん、悪いけど今日は無理だよ、だっ
ていきなりだし」
「ふーん、わかった」
あたしは電話を切ろうとした。辻ちゃんは小さな声で続けた。
「あとさ、なんか噂になっちゃってるんだよ」
「ウワサ?」とあたしは言った。そして受話器を耳につけた。
「お母さんが、なんかあいぼんとは付き合っちゃいけないって」
受話器を置く前に十円玉が切れた。

537 :「つみとばつ」:03/02/07 02:50 ID:UmSdf0ep
あたしは川に戻った。そして寝転がっていた。眠りはしなかった。昨日と同じところ
であたしはずっとくもった夜空を眺めていた。
すぐに夜中になった。誰かの話し声が近付いてきた。あたしは耳をすませた。大
勢いる気配がした。あたしは飛び起きて思いきり走った。途中で靴がぬげた。もう
片方の靴も脱ぎ捨ててあたしは家まで必死に走った。
家についたあたしはそのまま玄関で眠った。眠りながら何回か吐いた。夢の中で
も吐いていた。


538 :「つみとばつ」:03/02/07 02:52 ID:UmSdf0ep

目を覚ますと服はぐちょぐちょだった。顔を洗ってすぐに制服にきがえた。歯を磨
いてそれから学校に行った。足が痛くて早く歩けなかった。着いたのは八時より
前だった。教室はガラガラだった。一時間目が始まるまであたしは机に座って
眠った。
学校は午前で終わった。呼び出しを避けるためにあたしは四時間目の途中で抜
け出した。辻ちゃんと顔を合わせることはなかった。まっすぐに帰った。

539 :「つみとばつ」:03/02/07 02:56 ID:UmSdf0ep
家の前まで来て立ち止まった。神社の入り口に人だかりが出来ていた。集まって
いたのは近所のおばさん達だった。十人くらいがごちゃごちゃと話をしていた。あ
たしはそっと近付くとその声に耳をすませた。
「……ねぇ…」
「…そうそう、死体が埋まってて…」
「…なんでも、殺されたみたいなんですよ…」
「…やぁね、木の根元に死体だなんて、まるでどっかの…」
神社の入り口からあの二人がこっちに近寄ってくるのが見えた。あたしはすっと
人ごみを離れた。そのまま家に入ろうとしてドアを開ける前に振りかえった。
そこには二人が立っていた。あたしはノブから手を離した。涼しそうな方が一歩前
に出て言った。
「カゴアイさん、あなたに残念な知らせがあります」
あたしは眉をあげた。

540 :「つみとばつ」:03/02/07 02:57 ID:UmSdf0ep
廊下は靴越しにもわかるくらいつめたかった。刑事さんのヒールがかつんかつん
という音をたてた。あたしはスニーカーを引き摺りながらその音につづいた。
「こちらです」
刑事さんは神妙な顔でドアを開けた。

541 :「つみとばつ」:03/02/07 03:00 ID:UmSdf0ep
いくつもならんだベッドのひとつにあたし達は並んで立った。白い布をめくる仕草
までぜんぶドラマでみたとおりだった。
「お父さんに間違いないですか」
ぐずぐずの皮膚を見ながらあたしはだまって頷いた。
「お父さんは…何者かに殺されたようです」
ぎょろっとした人が言った。あたしは頷いた。
「もしよければでいいんですが、すこしお話をうかがいたいんですが」
涼しそうな刑事さんが眉をひそめて言った。あたしはちょっと考えた。
「ごめんなさい、ちょっと気分がわるいみたいなんです」
「そうですか」
あたしは「でもちょっとだけなら」と言った。

542 :「つみとばつ」:03/02/07 03:00 ID:UmSdf0ep
取調室は狭かった。スチールの机の向こうでぎょろっとした人が言った。
「26日の深夜…10時頃から1時頃にかけて、カゴアイさんあなたはどこで何をしていましたか」
あたしは首をひねった。
「このあいだの日曜日です」
「たぶん寝てました、でも覚えてないです」
「お父さんは、その日帰ってきてますね」
あたしはまた首をひねった。「かもしれないです」
「かもしれないです、とは?」
「いるかいないかあんまり気にしないんです」
涼しそうな顔がすこしぴくっとした。

543 :「つみとばつ」:03/02/07 03:03 ID:UmSdf0ep
それから色々なものを見せられた。
「見覚えがあったら言って下さい」
最初に出てきたのは布だった。ところどころに固まった血がついていた。
「これは傘の生地ですね」涼しそうな人が説明した。「死体の顔はこれでくるんで
ありました」
「多分あたしが使ってた傘です」とあたしは言った。
「なるほど、ではこちらは」
どろどろに汚れたスコップを見せられた。
「これもウチのです」
「無くなっていたことには気が付きませんでしたか?」
あたしは「はい」と答えた。
「これらは」涼しそうな人が言った。「一緒に埋められていたものです」
「スコップは穴掘りと、それから凶器に使われました」
「スコップは普段、どこにしまわれていましたか?」
あたしは「覚えてません」と言った。

544 :「つみとばつ」:03/02/07 03:04 ID:UmSdf0ep
「犯人は必ず捕まえます」
「もしかすると、お家の中を調べさせてもらうことになりますが、よろしいですか」
あたしは「どうぞ」と言って鍵をだした。「使いますか」
涼しそうな人がすこし笑った。
「いえ、鍵は結構です。その時にはもちろんアイさんにも立会ってもらいますから」
「わかりました」とあたしは言った。
「出来るだけ家にいてもらえますか?」
「出来るだけ家にいると思います」
そう言ってあたしは立ち上がった。
「あっ」涼しそうな顔の人が言った。「ちょっと、そのカップを取ってもらえますか」
あたしはその指先をたどった。机の上にカップがあった。
「どうぞ」と言ってあたしはそれを手渡した。

545 :「つみとばつ」:03/02/07 03:07 ID:UmSdf0ep
それからあたしはゴッチンの家に行った。ゴッチンはいなかった。しばらくベッドで
うとうとしていると帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
ゴッチンはスーパーの袋を持っていた。
「何それ」
「今夜のおかず。たまには自炊しないとね」

546 :「つみとばつ」:03/02/07 03:07 ID:UmSdf0ep
ゴッチンは料理がうまかった。後片付けはあたしがした。あたしがお皿を洗ってい
る間ずっとゴッチンはベッドで料理の本を熱心に読んでいた。二人分の片付けは
すぐに終わった。あたしはスカートで手を拭いてゴッチンの脇に寝転がった。
「ねぇ」
「ん?」
「ゴッチン、将来なんになりたい?」
「将来?うーん、あたしはねぇ」
ゴッチンは難しい顔をした。すこしの間無言になった。そして言った。
「やっぱお嫁さんだね」
あたしはゴッチンを見つめた。
「…ってなに真剣な顔してんの、恥ずかしいじゃん」
「ねぇ、ゴッチン」
「ん?」
あたしは深く息を吸い込んだ。
「あたしヒトを殺したんだ」

547 :「つみとばつ」:03/02/07 03:10 ID:UmSdf0ep
ゴッチンは「はぁ?」と言ってあたしの目を見た。それから呆れた顔をした。
「マジ?」
あたしは頷いた。「まじ」
「ていうか誰を?」
「お父さん」
「ウソでしょ?なんで」
「おそわれた」
「お父さんに?」
「でもちゃんとしたお父さんじゃないんだ」
「襲われた、って」
「それにはじめてじゃなかったし」
それを言う時のあたしの唇は細かく震えた。

548 :「つみとばつ」:03/02/07 03:14 ID:UmSdf0ep
聞き終わるとゴッチンはまず肩をすくめた。
「疑ってごめんね、たまにいるんだよねそういうウソつく子が」
「うんうん」あたしは首を振った。「怒ってないよ」
「で、どうすんのさ」
「どうするって?」
「逃げるとか」
「逃げる?なんで」
「だって、このままだとあんた捕まっちゃうよ」
ゴッチンは眉をしかめてそう言った。あたしは「あぁ」と言って頷いた。

549 :「つみとばつ」:03/02/07 03:14 ID:UmSdf0ep
「どっか遠い街とか。ヨシコのバイク借りて」
「ヨッスィ…あ」
「ん?」
「あれ、ヨッスィとか、リカちゃんには言わないで」
「え、まだ言ってないの」
「うん、ゴッチンだけ」
ゴッチンは呆気に取られた顔をした。
「へぇ、…なんでまた、あたしに」
「ゴッチン」
「なに」
「あたしも」ちいさな声でささやいた。「お嫁さんになりたかったから」

550 :「つみとばつ」:03/02/07 03:16 ID:UmSdf0ep
その夜はゴッチンと色々な話をした。ゴッチンは時々あたしの頭を撫でた。ゴッチ
ンはいい匂いがした。
「もしアレだったら」ゴッチンがぽつっと言った。「ずっとここにいなよ」
「警察が捕まえに来るよ」とあたしは言った。
「こんなとこにまでこないよ」
「嘘だぁ」
「嘘じゃないよ」ゴッチンは優しくあたしをにらんだ。「信じなよ、バカ」


551 :「つみとばつ」:03/02/07 03:19 ID:UmSdf0ep
続く

552 :「つみとばつ」:03/02/07 23:18 ID:UmSdf0ep

夢を見た。
夢の中であたしは神社にいた。木の根元でマロンが穴を掘っていた。あたしも協
力して穴を掘った。穴はどんどん深く大きくなった。あたしは掘るのをマロンに任
せて家に戻った。
リビングではお父さんが寝ていた。頭から血を流していた。あたしは傘布でその
頭をくるんだ。お父さんを引き摺って戻ってくるとマロンは死んでいた。そのそば
で息を弾ませているのはあたしだった。あたしは「なんでマロンを殺したの」とあた
しに聞いた。
あたしは「あたしが埋まっちゃうから」と言った。

553 :「つみとばつ」:03/02/07 23:19 ID:UmSdf0ep
目が覚めた時は汗をびっしょりかいていた。まだ夜中だった。ゴッチンは眠ってい
た。あたしはその寝顔を見つめた。
「ねぇゴッチン」
ゴッチンはすーすーという寝息をたてていた。
「嘘じゃないって信じるよ」
ゴッチンは突然目を開いた。そして「なにが?」と言った。

554 :「つみとばつ」:03/02/07 23:26 ID:UmSdf0ep
「起きてたんだ」
「まぁね、てかあんたまたうなされてなかった?」
「うん」あたしは言った。「ちょっと罪悪感っていうか」
「あぁ、なるほど」
カーテンのすきまからすこし光がもれていた。街灯のあかりだった。ゴッチンは頭
をごしごしと掻くと言った。「信じてくれたんだ」
あたしは「ごめんね」と言った。
「なんであやまんの」
「だって」あたしは言った。「全部、嘘だったから」

555 :「つみとばつ」:03/02/07 23:26 ID:UmSdf0ep
ゴッチンはしばらく黙った。それから「ふぅん」と言った。
「怒ってる?」
「…信じて欲しかったの、それとも信じないほうがよかったの、どっち」
あたしは首をひねった。そして「わかんない」と言った。
「そっか」と言ってゴッチンはばたっと寝転んだ。「じゃ、あたし寝るけど」
「怒ってないの?」
「ムカっとはきたけどね、でもまぁ、良かったよ」ゴッチンは普通の口調で言った。
「人殺しなんてね、やっぱじょーだんじゃないし」
あたしは「そうだよね」と言った。それからすぐにゴッチンは眠った。

556 :「つみとばつ」:03/02/07 23:27 ID:UmSdf0ep

買い出しにきたコンビニの前で偶然辻ちゃんに会った。ゴッチンの家と辻ちゃん
の家は同じコンビニを使っていた。
「あいぼん…ひさしぶり」
辻ちゃんは目に見えてしゅんとしていた。
「ねぇ、こないだはごめんね」
「こないだ…こないだなんかあったっけ」
「ちょっと変な風になっちゃったから」
あたしは一度目をつぶってから言った。「ねぇ、ちょっと話そうか」

557 :「つみとばつ」:03/02/07 23:28 ID:UmSdf0ep
空は灰色だった。今にも雨が降りそうだった。あたし達は手をつながずに歩いた。
お線香をながした川沿いをただ黙って歩いた。学校の近くの橋まで来たところで
あたしはくるりと振りかえった。
「ねぇ、こないだ言ってたアイドルグループのこと聞かせてよ」
にっこり笑ってそう言った。辻ちゃんは立ち止まった。それから笑った。あたし達は
橋の真ん中で欄干にもたれて座った。

558 :「つみとばつ」:03/02/07 23:29 ID:UmSdf0ep
「この間テレビでね。コンサート見たの」辻ちゃんはゆっくりと話しだした。
「あたしの一番好きな歌やってて、もうすごいの、歌詞とかすごいの」
「どんなん」
「歌いながらなんか叫ぶんだ、青春を謳歌する諸君に告ぐ!って」
「オウカ?」
「ののも意味しらないけど、なんかすごくない?」
「うん、なんかすごい」とあたしは言った。
「我々は完全に楽しんでいる、さぁ諸君達も共に楽しもうではないか!って」
そう言うと辻ちゃんは嬉しそうに笑った。目がキラキラしていた。
あたしは繰り返した。「青春を謳歌する諸君に告ぐ」
「そうそう、我々は完全に楽しんでいる!さぁ諸君たちも」
「共に楽しもうではないか」
声が揃った。
「そう今の完璧だったよ…ね、すごいでしょ」
「すごい…ねぇ、のの」
あたしは辻ちゃんを見つめた。

559 :「つみとばつ」:03/02/07 23:30 ID:UmSdf0ep
「…?どしたの、あいぼん」
「あたしのこと、忘れて」
「え?」
「あたしとここで会ったことも誰にも言わないで、友達だったらそうして」
辻ちゃんはぽかんと口を開けた。それから叫ぶように言った。
「なんで?なんでそんなこと言うの?」
「訳とか聞かない、で」
あたしの声はすこしかすれた。辻ちゃんはそれに気づいた。
「意味わかんないよ、なんで忘れろとか言うの」と言いながら辻ちゃんはあたしの
袖をつかんだ。あたしは辻ちゃんを見た。辻ちゃんは涙目になっていた。あたしは
その手をそっとつかんで下ろした。そして言った。
「ヤならいいよ、でももう会わないよ、さよなら、のの」
「ちょっと待って、待ってよ…あいぼん!」
辻ちゃんは泣き出した。あたしは何も言わずに立ち上がった。背を向けてから一
度も振りかえらなかった。辻ちゃんは追ってこなかった。
「歌手になれたらいいね、のの」

560 :「つみとばつ」:03/02/07 23:33 ID:UmSdf0ep
あたしはそれから神社に向かった。神社に人はいなかった。奥の方には黄色い
テープが貼られていて入れなかった。あたしは引き返そうとして振りかえった。入
り口のところにあの二人が立っていた。
「カゴさん、ゆうべはどちらへ」ぎょろっとした方が声をかけてきた。
「怖かったんで友達の家にいました」とあたしは言った。
「ほう」涼しげな方が言った。「吉澤さんですか、それとも後藤さん」
あたしは「言いたくないです」と答えた。
ぎょろっとした方が何か言いかけた。あたしは無視して脇をすり抜けた。神社を出
てしばらく歩いた。川沿いの道まで出たところで振り返った。二人は追ってこな
かった。かわりに見なれたバイクが一台走ってきた。

561 :「つみとばつ」:03/02/07 23:33 ID:UmSdf0ep
ヨッスィのバイクはあたしの目の前で止まった。
「カゴぉ、今日もゴッチンとこいくんだろ、乗ってくか」
あたしは首を横に振った。
「なんだ、じゃ家まで送ってやろうか」
あたしはもう一度首を振った。
「ちっ、かわいくねーなぁ、じゃあもう行くぞ」
「ねぇヨッスィ、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだよ」
「マロンが死んだ日、ののと二人で神社で何してたの?」

562 :「つみとばつ」:03/02/07 23:34 ID:UmSdf0ep
ヨッスィはすこし口ごもった。それから口をとがらせた。あたしはじっと見つめた。
ヨッスィは「はぁ」とため息をついた。
「わかったよ、言うよ。実はちょっと相談されて」
「そうだん?」
「だから、お前のことだよ」
あたしは首をひねった。ヨッスィはハンドルのところに肘をついた。それから話を
はじめた。
「お前の様子がおかしいから、あの子心配してたんだよ、それであの日偶然会っ
てさ、神社で話してたんだよ」ヨッスィは辻ちゃんをあの子と呼んだ。「でもマロン
がいないっていう話になって、それで探そうとして裏行ったらマロンが倒れてて…
あぁ、思いだしちった」口を閉じるとヨッスィは頭をくしゃくしゃとかきまわした。
「なぁ、お前一体どうしたんだよ、何かあるんだったら言えよ」

563 :「つみとばつ」:03/02/07 23:36 ID:UmSdf0ep
ヨッスィはまじめな顔をしていた。あたしは目を閉じた。そして言った。
「あのね、実は」
「実は?」
あたしは下を向いて目を開いた。そして顔をあげた。うわめづかいでヨッスィを見
つめた。ヨッスィから目を離さずにあたしは言った。
「恋に落ちたの」
ヨッスィは「えっ」という短い声を出した。目を見開いた。それからすごい勢いで笑
い出した。あたしはヨッスィを見ながらにやにやと笑った。ヨッスィはあたしの頭を
軽く叩いて「こいつはよー」と言った。

564 :「つみとばつ」:03/02/07 23:37 ID:UmSdf0ep
あたしは笑ってその手をはねのけた。
「ヨッスィのくせに気ぃ使ってたんだ」
「あたりめーだろ、そうだお前こないだも消えるしよー」
「あぁ、ごめんごめん、ちょっとねぇ」
「ったくよ、心配して損したっつーの」
「はは」
「あーあ、じゃ行くけど、お前今度絶対話聞かせろよ」
「ねぇ、ヨッスィ」
エンジンをかけたヨッスィの背中からあたしは言った。「将来、なんになりたい?」

565 :「つみとばつ」:03/02/07 23:38 ID:UmSdf0ep
「お嫁さん?」
ひびくエンジンの音の中でヨッスィは確かにそう言った。振りかえったヨッスィは
笑っていた。あたしは目をつぶって手を振った。バイクの音が完全に通りすぎる
まであたしはそうして涙をこらえた。


566 :「つみとばつ」:03/02/07 23:38 ID:UmSdf0ep

雨音のうるささとあまりの寒さに何度も目を覚ましながらあたしは眠った。あたり
がまぶしくなってからようやく起きた。あたしは裏山にいた。
雨はかなり降っていた。あたしは雨を全身に浴びながら裏山を下りていった。橋
のところでちょうど通学中のみんなにぶつかった。
あたしはずぶ濡れのまま欄干に上った。そして立ちあがった。通りすぎる傘達に
向かってあたしは叫んだ。
「青春を謳歌する諸君に告ぐ!」
何人かが振り向いた。何人かは振り向かなかった。

567 :「つみとばつ」:03/02/07 23:42 ID:UmSdf0ep
「我々は完全に楽しんでいる!」
あたしは欄干に爪先立ちしたまま叫び続けた。体中が冷えきっていて感覚がな
かった。
「さぁ諸君たちも共に楽しもうではないかぁー」
思いっきり叫ぶと頭がすこしくらくらした。咳込みそうになってあたしはよろめい
た。
雨音にまじってくすくすという忍び笑いが聞こえた。
「──青春を謳歌する諸君に…あ」
さっき以上の大声を出そうとすると急に立ちくらみがした。あたしはあっさりと欄干
から足を滑らせた。落ちていく途中で目を閉じた。

568 :「つみとばつ」:03/02/07 23:42 ID:UmSdf0ep
つぎに目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
辻ちゃんの顔が真っ先に目に入った。「あいぼん!」という叫びが聞こえた。辻
ちゃんはあたしの首のあたりにしがみついた。
川に落ちたあたしを引き上げてくれたのは辻ちゃんだった。辻ちゃんはずぶ濡れ
になりながらあたしを病院まで運んでくれた。そんな説明をしながら辻ちゃんは
「あいぼんごめんね、あいぼんごめんね…」と目に涙を溜めて何度も言った。
「なんであやまんの」とあたしは言った。
「あいぼんごめんね…」
辻ちゃんは泣き出した。

569 :「つみとばつ」:03/02/07 23:43 ID:UmSdf0ep
あたしは辻ちゃんから顔をそらした。そして言った。
「404…って書いてあるね、ここって四階なの」
「…そうだよ…ねぇ…あいぼん」
その時がちゃりという音がして女の人が二人入ってきた。あたしは誰だか見る前
に分かった。片方は目がぎょろっとしていて片方は涼しそうな顔をしていた。
「カゴアイさん、こんな場所で申し訳ないんですが」涼しそうな方がしろい紙をつき
つけるようにして見せてきた。「あなたに逮捕状がでています」
あたしは辻ちゃんを見た。辻ちゃんは口をぽかんと開けたまま紙を眺めていた。
「待ちなって」ぎょろっとした方が辻ちゃんを親指で差した。「ほら、友達がいる」
「ののなら別にいいよ」とあたしは言った。
「…5分、待ちます」
そう言って涼しそうな方はくるっと背を向けた。ぎょろっとした方も慌てて付いて
いった。

570 :「つみとばつ」:03/02/07 23:44 ID:UmSdf0ep
二人が出て行ってドアが閉まった。あたしは混乱した顔の辻ちゃんを見つめた。
「辻ちゃん、ごめん、さよならだね」
「…さよなら…?」
「あたし辻ちゃんのこと大好きだったよ」
「…辻ちゃん?ねぇ、あいぼん一体どしたの?」
「辻ちゃん、ごめんね。マロンを殺したのあたしなんだ」
「えっ」
「あ、またえにてんてんついてる」

571 :「つみとばつ」:03/02/07 23:44 ID:UmSdf0ep
辻ちゃんは笑わなかった。
「そんな冗談言わないで」
「でもね、あたしも死ぬから大丈夫」
「えっ、えっ?」
「あたし今から飛び降りるよ。マロンは可愛がるから安心してね」
辻ちゃんは信じられないといった顔であたしを見た。
「…なんで?なんで飛び降りるの?」
あたしは辻ちゃんの耳に顔をよせた。手で顔を引き寄せた。そして出来るだけの
小声でささやいた。
「本に書いてあったから」
辻ちゃんはゆっくりとこっちに顔を向けた。あたしの目を見た。20センチ向こうで辻
ちゃんは悲鳴のような大声を上げた。あたしはにっこりと笑って体を離した。

572 :「つみとばつ」:03/02/07 23:45 ID:UmSdf0ep
「飛び降りが一番楽なんだって!本に書いてあったからぁー」
窓を開けながらあたしは大声で叫んだ。
それがあたしの遺言だった。
ドアがすごい勢いで開いたその時にはあたしはすでに窓の外にいた。
コンクリートに当たったあたしはすこし跳ねた。それから四日ぶりにぐっすり眠っ
た。
雨はいつのまにかやんでいて最後に見えた風景は抜けるような青空だった。

573 :「つみとばつ」:03/02/07 23:46 ID:UmSdf0ep
>>483-572

574 :「なみだのりゆう」:03/02/10 21:58 ID:mtigbk7K
黄色い傘に、ぱらぱら音を立てる小雨。昨夜からずっと、降り続いている。あたし
は水たまりを避けるように、足をあげたり、下げたり、それはそれで忙しい。学校
に続く道の途中には、おおきな橋がかかっている。学校にかよう人たちは、あちこ
ちの道からそこでひとつになる。傘がたくさんならぶことになるのだ。
そんなみなれた風景だけど、今日はおかしなところがひとつ。あたしが来るのと
は反対の、向こう側からくる人の流れのなかで、傘も差さずに濡れたままのお団
子頭がずっと、後ろの方から目立ってた。
朝から雨で、ちょっとだけしずんでたあたしだったけど、なんだかおかしくなって
笑ってしまった。あいぼんは学校の友達。ちょっと不思議なところがあるけど、あ
たしの大切な友達だ。
あたしは、少し早足になった。あいぼんが、橋をわたろうとする前にやっと、追い
ついた。
「おはよー」
振りかえったあいぼんは、もうぐちょぐちょに濡れていた。自慢の前髪も台無し
だ。
「おはよ、のの」

575 :「なみだのりゆう」:03/02/10 21:58 ID:mtigbk7K
「うわ、ずぶ濡れじゃん…あいぼん、傘持ってこなかったの」
あたしはちょっと驚いた。あいぼんは濡れるのが大嫌いだって、口癖みたいに
言ってる。授業のプールだって、どんな暑い日でも滅多に入らないくらいなのに。
「うん」
だけどあいぼんは普通にうなずいた。あれ、変だなとは思ったけど、とりあえずあ
たしは傘をさしだした。
「じゃ、入りなよ」
あいぼんの前髪から、水滴がぽとりと落ちた。寒そうに体を震わせるあいぼん。
すこし様子がおかしかった。どうしたの?って聞こうと思ったけど。なぜか、あたし
の口から出たのは、全然違う言葉だった。
「今日さぁ数学のやつ、やってきた?」
あいぼんはちょっとこっちを見て、それから口をぱかっと開いた。
「あ、忘れた」
それはいつもの、お茶目なあいぼんの顔だった。あたしは笑って言った。
「やばいよあいぼん、立たされるよ…」

576 :「なみだのりゆう」:03/02/10 21:59 ID:mtigbk7K
傘を差していたとは言っても、やっと校舎にたどりついた時は、ところどころあたし
も濡れていた。ゲタバコのところで、びちょびちょのローファーを脱ぐと、足の先が
冷やっとして、気持ち悪かった。あいぼんとはクラスが違うから、ゲタバコの列が
ちょっと違う。ささっと上履きに履き替えたあたしは、一列向こうでやっぱり冷やっ
としてるはずのあいぼんを、思い浮かべてちょっとにやっとした。
「ねぇ、あいぼん…」
驚かすつもりで、ゲタバコの隅っこからひょいっと、顔を出した。そこには、誰もい
なかった。
カゴアイ。端から2番目の下から3番目。だから、そこにいるはずだったのに。ゲタ
バコのふたを開けてみると、あいぼんの靴は、そこにあった。泥だらけのスニー
カーが。
「なーんだよ…」
置き去りにされたことに気づいて、あたしはちょっとふてくされた。

577 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:00 ID:mtigbk7K
授業は、とても退屈だ。だってよくわからないから。あたしはいつものように、窓の
外を眺めていた。眠る時もあったし、マンガを読んだりする時もあったけど、まぁ
授業中の大体は、窓の外を見て過ごす。なぜって言われると困るけど。
ずっと降っていた雨も、2時間目の途中にはもう止んでいた。すこし雲がかった空
を見上げながら、あたしは思い出した。あいぼんのクラスは、たしか今が数学の
時間のはずだった。
あいぼん立たされてるかも?そう思ったあたしは、立てた教科書の裏で、ひそか
にメールを打った。
「がんばって立つんだ→あいぼん!」ピースマークと、あとハートマークをばぁっと
つけておいた。さっきのことは、もう忘れてた。立たされながら、情けない顔でメー
ルを覗くあいぼんを想像して、あたしは一人でにやにやしてた。
そのうち、チャイムが鳴った。メールは帰ってこなかった。

578 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:02 ID:mtigbk7K
昼休みに、あいぼんの教室に行った。ご飯をいっしょに食べようと思ったから。教
室に入るともう人はまばらで、あいぼんは探すまでもなく、すぐ見つかった。いち
ばん後ろの席でぼーっと外を見ていた。それはいつものことだった。
だからあたしもいつものように、そぅっと近付いた。気づいているのに、気づいてな
いふりをする。そんなところが、あいぼんにはあった。だからその時も、あたしは
にやにやしながら近付いた、だけど。
2メートル、1メートル、机を挟んでもあいぼんは気づかなかった。無視してるん
じゃなくて、あたしがそばにいることに気づいていなかった。そんなわけはないっ
て、思うかもしれないけど、その時のあいぼんの目はどこも見てなかった、と思
う。窓の外を見てるんだけど、窓の外に顔を向けているだけ、って感じだった。声
をかけようか、どうしようか迷った。だけど、あたしは後ずさりしてしまった。
正直に言うと、その時のあいぼんは、すごく怖かった。

579 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:02 ID:mtigbk7K
「辻ちゃん、かーえろ」
「あ、うん」
チャイムが鳴って、授業が全て終わった。ノートをしまうのもそこそこに、立ちあが
るあたし達。3年になって、新しいクラスになって、あたしにはあいぼん以外の友
達が何人かできた。あたしにとって嬉しいこと、それは、帰る方向がみんな一緒
だってこと。
「そうそう、昨日さ、テレビ見た?」
「見た見た、あれちょーうけるよね、あの変なダンスでしょ?」
「歌もすげー変だしさぁ、マジで」
そして、どういうわけか、同じテレビを見ることも多い。こういうのをあたしは不思
議だな、って思う。
「辻ちゃんも見たでしょ?」
あたしはにっこり笑って、答えた。
「見たよー、おもしろかったー」
彼女たちは、あたしを辻ちゃんと呼ぶ。だからどうだってわけでも、ないけど。

580 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:03 ID:mtigbk7K
「あのさ」
校門を出てしばらくして、あたしはみんなに声をかけた。
「ちょっと、忘れ物しちゃった。先帰ってて、ね」
「え?」
もちろん、忘れ物なんてしていない。あたしが残ったのは、なんだかあいぼんが
心配だったから。
「何忘れたの?」
「一緒に行こうか?」
心配そうにそう言ってくれるみんなを、適当にごまかした。校門に引き返す途中
で、あたしは振りかえって叫んだ。
「ばいばーい!」
みんな、手を振ってくれた。

581 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:05 ID:mtigbk7K
校門のところに立って、あたしはあいぼんを待った。すれ違う知り合いに手を振り
ながら、ところどころに出来た水たまりを眺めながら。
「おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか…」
携帯は、つながらなかった。あたしはなんだかどきどきしてきた。
電波がはいらない、でも、ウチの学校で電波が入らない場所なんて、そんなにな
かった。帰っちゃったのかもしれない、でもそんなに早く帰ったことなんて、多分今
までなかった。電源を切っているのかもしれない。だとしたら、なんのため?
だけどあたしは、そんなに悩まなくてすんだ。向こうの方からあいぼんが、とことこ
歩いてきたから。
「ごめん、待たせちゃった」
それはいつもの、あいぼんだった。待ち合わせしたわけでもないのに、当たり前
みたいにそう言ってくれる。そこにはさっきの、別人みたいなあいぼんはいなかっ
た。
「いいよー」
あたしは手をあげてそれに答えた。
「裏山行こっか」
「うん」
あいぼんはにっこり笑って、あたしの手元を指差した。
「のの、傘なんておいてっちゃいなよ」
雨はとっくに止んでた。あたしも笑った。傘立てに戻って、傘をつっこんだ。置きガ
サはあんまりしたくなかったけど、あいぼんと手をつないだら、そんなこと忘れた。

582 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:06 ID:mtigbk7K
裏山といっても、実はただの丘だったりする。学校の裏にあるだけで、ほんとうは
山でもなんでもないんだけど、あたし達は「裏山」と呼んでた。あいぼんがつけた
名前は、多分ドラえもんかなんかを、参考にしたんだと思う。よくドラえもんを読み
ながら、土管のある空き地なんかを、うらやましいと言っていたから。
裏山へと続く道は、すこしでこぼこしていて歩きづらい。だけど昔は競争で、駆け
上がったりもした。頂上のあたりにある、屋根つきのベンチ。そこがあたし達の
ゴールだった。
手をつないだまま、あたし達はベンチに着いた。あいぼんは、着いた瞬間にバッ
グを投げ出した。どさっ、という音がした。
「あぁ、疲れた」
そう言ったあいぼんはほんとうに、疲れてるみたいに見えた。よく見ると、顔色も
あまりよくない。ムリヤリ付き合わせてるみたいで、ちょっとだけ寂しくなった。
「月曜日だもんね」
あたしはまた、考えてることと全然べつのことを言った。いつもなら帰ろうか?な
んて、簡単に言えるんだけど。なぜかその時は出て来なかった。

583 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:07 ID:mtigbk7K
あたしはベンチに座って、街を見下ろした。色んな人の家が、コンビニや学校が、
ここからはとても小さく見える。この眺めはあたしも、あいぼんも好きだった。だか
らここに来る時間は、あたしにとってとても大事な時間だった。
「ねぇ、そう言えばさ、今日どうだった?」
「ん」
「数学の時間、メール入ったでしょ」
「ん」
「2時間目の途中で雨止んだじゃん、だから思い出したんだよね…」
あたしは、色んなことをしゃべった。あいぼんはずっと、空を見ていた。あたしは途
中で気付いた。それは、さっきのあいぼんと同じだった。見ているようで、なにも
見ていないような顔。きっと、あたしの話だって、全然聞いていないはずだった。
あたしは、それでもほとんど一人でしゃべり続けた。理由はわからないけどなんと
なく。

584 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:08 ID:mtigbk7K
時間はゆっくりと過ぎた。しゃべり疲れてノドが乾いたあたしは、ジュースを買いに
行こうとして、あいぼんに声をかけた。
「あいぼん、なんか飲む?」
だけど、あいぼんはやっぱり上の空だった。目も動かさなかった。
「ん」
あたしは、仕方なく言った。
「じゃあさ、ちょっと待ってて、買ってくるから」
ベンチからはすこし離れたところに、自動販売機がある。あたしはそこでオレンジ
ジュースを買った。すこし考えて、あいぼんの分は買わなかった。一緒に飲めば
いいや、そんな風にも思った。
あいぼん全然しゃべんないんだもん、ノドも乾いてないよね…なんて、すこしイジ
ワルな気持ちにもなっていた。

585 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:10 ID:mtigbk7K
ジュースを飲みながら、戻って来たとき、あたしは気付いた。
「ねぇ、あいぼん」
「ん」
あいぼんはまた、そっけない返事をかえす。だからあたしは、おおげさな手振りで
空を指差した。
「見てよ、真っ赤だよ」
「あ」
あいぼんはその時はじめて、あたしの言葉に反応した。
「ほんとだぁ…」
きれいな夕焼けを見ながら、あいぼんはため息をつくように、そう言った。まっしろ
な横顔が、あかい空をバックにして、とてもきれいに浮きあがっていた。
「きれーだね」
あいぼんは、こっちを向いた。笑っていた。そこには、いつものあいぼんがいた。

586 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:13 ID:mtigbk7K
その変化はほんとに、おおげさじゃなくて、まるで別人みたいにみえた。目の輝き
かたとか、言葉に対しての反応のしかただとか、それはほんのささいな違いなの
かもしれないけど、そういうのが絡みあって、なんだか不思議な違和感みたいな
のを生み出してた。少なくともあたしには、別人のようにみえた。
「そう言えばさ、あいぼん携帯どしたの」
気を取りなおして、あたしは聞いた。あいぼんは、不思議そうな顔をした。それか
ら、何かを思い出したような顔をして、言った。
「あ、壊れちゃった」
「まじ?」
あたしは、びっくりした。携帯が壊れるなんてちょっと考えても、あまりよさそうな理
由が思い当たらない。なんだか事故とかケンカとか、そういう想像が頭を巡って、
悪い予感にどきどきした。

587 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:15 ID:mtigbk7K
だけど、あいぼんは一言で済ませちゃった。説明もなく。
「今度買うよ」
そう言うと、また空をぼーっと眺め出した。横顔を見つめながら、あたしは不満を
隠そうともせずに、言った。
「ふーん」
だけどあいぼんには効かなかった。あたしはつけくわえた。
「なんか今日眠そうだけどだいじょぶ?」
「あぁ昨日あんま寝てないんだ」
そう言うと、あいぼんはぐたぁって、ベンチに寝っ転がった。それは、今初めて疲
れてることに気づいたような感じで、なんだかわざとっぽく見えたけど、でもほんと
に疲れてるようにも見えた。そして、あいぼんは言った。
「ののは、将来なんになりたい?」
寝っ転がって空を見ながら、呟くように。

588 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:18 ID:mtigbk7K
「えっ?」
「やりたいこと」
不意をつかれて、あたしは少し考えた。やりたいこと、なんて。お母さんや、先生
が言うならともかく、あいぼんからそんな質問がくるなんて、ちょっと驚いた。やり
たいこと。なにも思いつかなかったし、いくら考えても、思いつきそうになかった。
「…わかんない」
結局、そう言った。あいぼんは、なにも言わなかった。表情もちっとも変わらな
かった。なんだかあたしは、きまりが悪くなった。だから逆に聞き返した。
「あいぼんは?やりたいこととかってあったりする?」
あいぼんは、こっちを向いた。目と目があって、あたしはまた気付いた。その顔
は、またあの怖いあいぼんに戻っていた。なんだかまた悪い予感がした。そして、
あいぼんは言った。
「死にたい」

589 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:19 ID:mtigbk7K
「えっ」
一度頭を素通りした言葉を、あたしはもう一度たしかめた。シニタイ。そう聞こえた
んだけど、意味がよくわからなかった。
あたし達は見つめあったまま、ちょっとの間黙った。その間がなんだか、とてもな
がく感じた。そうして、あいぼんは口を開いた。
「今、えって言ったじゃん」
あいぼんは、あたしから目をそらさない。あたしは、わけがわからないまま、目を
何度かぱちぱちさせて、ほとんどおうむがえしに呟いた。
「言った」
あいぼんは、とつぜんいたずらっぽく笑った。そして、いかにもおかしくてたまらな
いって感じで言った。
「その『え』に、てんてんついてたよ」
そうして指で、空のなにもないところにてんてんを書いた。あたしはやっと意味が
わかった。冗談だってわかって、ほっとした。それ以上に、またいつものあいぼん
に戻っていたことが嬉しくて、あたしは笑った。
あいぼんはそんなあたしを、満足そうに見つめていた。と思ったら、突然むくっと
立ちあがって、言った。
「ごめん、そろそろ帰んなきゃ、今日寄るとこあんだった」

590 :「なみだのりゆう」:03/02/10 22:19 ID:mtigbk7K
帰り道は、会話もあんまりなかった。手もつながなかった。その日の夕焼けは、と
ても綺麗だった。いままで見たことがないくらい。見たことはきっとあるんだけど、
それをあたしは知ってるんだけど。
まるでため息が出そうな、そんな景色をバックに、ゆっくりと前を歩いていくあいぼ
ん。その背中が、とっても遠く見えたのを覚えている。
それからその日はなんだか、一日元気がでなかった。家に帰ってからもあたしは
部屋でずっと、あいぼんの質問について考えてた。どうしてあんなことを聞いてき
たのだろう、何て言えばよかったんだろう、それから、どうして死にたいなんて言っ
たんだろう?いくら考えても、ぜんぜんわかんなかった。
カーテンの向こうの、まっくらな空を眺めながら、ずっと考えてた。それから、あた
しは枕にばふっと顔をつけた。明日学校行ったら、色々なことを聞かなくちゃ、と
思った。


591 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:40 ID:Piaax+UW

昨日のくらい天気とはうって変わって、空はとっても晴れていた。放課後、家に帰
らずに制服のまま、あたしは川沿いの道を、ひとり歩いていた。ほとんど一本の
道をまっすぐ歩く。それはあたしにとって、もしかしたら通学路よりも通いなれた道
だった。学校を出て、あたしの家からちょうど逆の方向へ。それは、あいぼんの家
へと続く道だった。
どうして、そうしようと思ったのかは、自分でもわからない。とにかくあたしは、学
校が終わるとすぐ、一人であいぼんの家に向かった。誰かを誘おうと思ったけ
ど、あたしとあいぼんには、そういう友達がいなかった。
もちろん連絡しようと思ったけど、携帯はやっぱりつながらなかった。あたしは、あ
いぼんの家の電話にかけてみた。なんだか久し振りだった。昔はよく、かけてい
たから、番号はおぼえていた。
プルルルルルル。
何度鳴らしても、あいぼんは出なかった。あたしは、ため息をついた。一体何を
やってんだ、あいぼんは、ひとにこんなに心配かけて──

592 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:42 ID:Piaax+UW
「あぁ、カゴちゃん?今日お休みみたいよ」
「…あ、わかった。ありがと」
昼休みに、交わされたそんな会話にあたしは、力なくうなだれた。通りすがりのク
ラスの人は、そんなあたしを、なんだか気の毒そうに眺めていた。あたしは、実際
すこし落ち込んでいた。
と言っても、あれからずっとあいぼんのことを考えてたわけじゃない。昨日のおか
しな態度はやっぱり、心のどこかにずっとひっかかってはいたけど、でも一晩ぐっ
すり眠って起きたら、それがなんだかひどくちいさなことのように思えたのも事実
だった。なんていうか、細かいことを勝手に気にしすぎたんじゃないか、って。
だから昼休みになって、あいぼんが休んだことに気づくまで、あたしはいたってい
つもどおりのあたしだった。だけど、あいぼんが来てないってわかると、あたしは
なぜかへこんでしまった。それからあいぼんが来てないってだけで、こんなに落ち
込む自分がいたことに、ちょっとびっくりもした。
お見舞いになんて行ってやるもんか、そう思う自分がいて、だけどすぐに頭の中
では、昨日「死にたい」と言った時の、あのあいぼんの表情がちらつく。そうして気
づけば、こうしてあいぼんの家に向かっている。あたしはあたしがわからない。

593 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:43 ID:Piaax+UW
川沿いの道から一本曲がって、ちいさな通りに入ってしばらく歩くと、古めかしい
神社がある。そこが目印。真ん前があいぼんの家だ。昔はよく行ったけど、最近
はそんなに行かなくなった。理由は、いろいろあったような気がするし、なんにも
ないような気もする。
1年の時も、2年の時も、あたしはあいぼんにべったりだった。3年になって、新し
い友達ができて、クラスも違うようになって、あたしはすこしあいぼんと離れた。離
れてはいないんだけど。だけど、あいぼんと一緒にいる時間が減ったのは、間違
いない事実だった。
いちばんの友達は誰だ、って聞かれたら、それはあいぼんだって答える。だけど
いちばん一緒にいて楽しいのは誰だ、って聞かれたら──
そのへんの答えは、なかなか出てこない。不思議だ。とにかく一息ついてから、あ
たしはピンポンを鳴らした。

594 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:43 ID:Piaax+UW
「入んなよ」
ドアを開けたあいぼんは、いたって普通に見えた。むしろ昨日に比べると、全然
元気そうに見えたくらいだった。心のどっかでいつのまにか、顔色の悪いあいぼ
んを想像してたあたしにとっては、すこし拍子抜けって感じだった。
「ちょっと散らかってるけど、ごめんね」
そう言って、とっととリビングへと歩き出したあいぼんの背を、あたしはすこしの間
ぽけっと眺めていたけど、ふと我に返って、靴を脱いだ。なんだか想像してたのと
は、なにもかもが全然違っていることに、あたしはひたすら戸惑っていた。
「…おじゃましまーす」
小声でそう言って、リビングに足を踏み入れた瞬間。あたしはまた戸惑うことにな
る。

595 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:45 ID:Piaax+UW
部屋は、一言で言うと、めちゃくちゃだった。
倒れたタンス、あっちこっちを向いたソファ、テレビの前に積み重なった服。床な
んて、足の置き場もないくらい、色んなもので埋められていた。すいがらがこぼれ
た灰皿、放り出されたレコード、本、食べかけのお皿、倒れたコップ、こぼれた
水、割れたリモコン…。
言いかたは悪いけど、ひとが住んでるとは思えなかった。もう雰囲気からして、冷
えきっているような感じだった。なんだか、へんな匂いまでした。
「泥棒に入られちゃってさぁ」
「え、ほんと?」
「う、そ。誰も片付ける人がいないからさー、散らかっちゃうんだよねぇ」
冗談めかしたそんな言葉に、あたしは思い出した。あいぼんにはお母さんがいな
い。お父さんもほとんど、家にいない。悪いところに触れてしまった、とそんな風に
思った。だけどあいぼんは言いながらも笑ってたし、全然普通みたいな感じだっ
た。あんまり驚くのも、なんだか失礼にあたる気がしたし、そんな水臭いことを考
えてる自分もイヤだった。だからあたしは言った。
「ねぇ、のの手伝うから片付けちゃおうよ」

596 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:46 ID:Piaax+UW
あいぼんもなんとなく頷いて、片付けがはじまった。片付けは、こんな言いかたが
許されるなら、とにかく盛りあがった。あたしは主に力仕事を、あいぼんは細かい
ものの整理を担当した。あたしはゴミのような山に顔をつっこんでは、ひたすら色
んなものをひっくりかえしたり、一ヶ所に集めたりして、へんなものを探してはあい
ぼんを呼んだ。
「ねぇあいぼん、このお皿どーする?」「あぁ、流しにつっこんどいてよ」「ねぇあい
ぼん、なんかホネだけの傘とかあるけど」「あぁ、袋あるからこれに全部つっこん
じゃって。燃えんのとかわけなくていいや」「わぁ虫だ、へんなムシいるよ!」
「あぁ、それ非常食だから」「こっちにはなんかケチャップみたいなのこぼれてる
よ」「あぁ、それ血だから」「…じゃあこっちの緑色のシミは?」「それは…それは、
ゴジラの血!」
最後の方になると、あたしもあいぼんも、なんだか片付けをしているというよりは
もう、古いおもちゃ箱をひっくりかえして遊んでるような、そんな感じだった。とにか
くひたすら笑って、ふざけてはしゃいでいるだけだった。
「ねぇあいぼん、諦めようか」
しばらくしてから、息を弾ませてあたしは言った。
「うん、諦めよう」
あいぼんは生真面目な顔でそう言った。それから二人で顔を合わせて大笑いし
た。

597 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:47 ID:Piaax+UW
なんだかんだ言って、すこしはきれいになったリビングを後にして、あたし達はあ
いぼんの部屋に移動した。あいぼんの部屋はとてもきれいで、もしかしたら部屋
も?なんて構えてたあたしだったけど、ちょっと安心した。
「珍しいよね」
「なにが?」
「わざわざお見舞いに来てくれるなんて」
言われたあたしは気付いた。そう言えば、あたしがあいぼんの家に来るのは、大
抵が夜だったような気がする。お見舞いって形で訪れることは、今までに一度も
なかった。
あいぼんは机のところに座って、あたしをじっと見ていた。空いたベッドに、座ろう
と思ってあたしは、ふっと止まった。ベッドの上に、むぞうさに投げ出された本、そ
の表紙の「自殺」という文字だけが、ちらっと目に入って、あたしはすぐに目をそら
した。
あいぼんはやっぱり黙ったまま、あたしをじぃっと見つめていた。

598 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:48 ID:Piaax+UW
その目を見ながら、あたしはどう反応していいかわからず、とにかく平然とした表
情をつくった。まるでわざと置きっぱなしにして、あたしに見せてその反応を楽し
んでるんじゃないかって、そんな考えまでちょっと頭をよぎって、あたしはひたすら
立ち尽くしていた。
「…珍しいよね」
そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、あいぼんはそう繰り返すと、そのま
まの姿勢で、ちいさな声でなにか呟いた。
「ありがとう」と聞こえた気がする。でもわからない。あたしは何も答えずに、とりあ
えず向かって笑いかけた。とたんに、なんだか照れくさくなった。その言葉というよ
りは、その時部屋の中に出来あがってしまった一瞬の雰囲気に、照れくさくなって
しまった。
あいぼんはうつむいた。同じ気持ちだったのかもしれない。とにかく、あたしはあ
いぼんが見てない隙に、ベッドに座った。そうして、あいぼんがこっちを向くのを
待ってから言った。
「ねぇあいぼん、昨日の話のつづきなんだけど」

599 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:52 ID:Piaax+UW
「将来なんになりたいかって話でしょ、なりたいものあった?」
あいぼんは、とたんにびっくりするくらい早口で言った。食いつくようなその調子に、あたしがちょっと気を飲まれていると、今度はすこし調子を変えて、
「別になんだっていいんだけどさ」
なんて、言い出した。
それは、不自然だったけどでも真剣な感じで、あたしは今度こそ、その質問から
逃げられないような気がした。必死で頭を回転させるあたしも、きっとおなじくらい
真剣だったと思う。
そうして、あたしはひとつ答えを見つけた。
「ののは、歌手になりたい」
そう言って、あいぼんの様子をうかがった。あいぼんは、首を傾げていた。

600 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:53 ID:Piaax+UW
それだけだったら、なんだかまるきりコドモじみた、バカみたいな答えだってことく
らい、あたしにだってわかってた。だからあたしは続けた。
「こないだテレビ見た?」
あいぼんはあっけに取られた顔のまま、首を振った。
「…見てないか、すごかったんだよ、アイドルが出てて、グループなんだけどさ…」
あたしは延々と、その内容を説明した。学校でよく話題になっている、アイドルグ
ループがいて、こないだテレビで新曲をやっていて…
話しながら、頭のぜんぜんべつの所でちらっと思った。学校の子は、みんなテレ
ビ見てたのに、あいぼんはあの時間何をやってたんだろうって。
「でね、今度そのグループが、メンバーを追加するんだって」
「追加…」
「そうそう、それでオーデションをするの。」
「おーでしょん?」
「そう、オーデションを受けようかなって思って」

601 :「なみだのりゆう」:03/02/12 22:54 ID:Piaax+UW
不思議なことに、軽い気持ちで言い出したはずのそんな話は、口に出していくうち
にどうやら、あたしの中で形になっていった。なんだか前からの夢でもあったよう
に、その時は感じたものだ。それで、あたしはこんなことをつけくわえた。
「あいぼんも一緒にどう?」
あいぼんはヘンな顔をした。困ってるような、何て言っていいかわからないよう
な、そんな表情。なんだか持て余されてるみたいに感じて、あたしはちょっと後悔
した。そんなあたしの後悔に、気づいたのかもしれない。
「いいね」
あいぼんは、やっぱり優しかった。
学校を休んだ理由は、とうとう聞けずじまいだったけど。

いつの頃からか、よく覚えてない。あたしはよく、神社に行くようになった。理由は
…やっぱりおぼえてない。その日も、帰りに神社に寄った。神社にはマロンがい
て、あたしを見つけると、息を弾ませて駆け寄ってきてくれた。あたしは笑ってそ
の頭を撫でた。
しばらく遊んだあと、はしゃぎ疲れたらしく腕のなかでじっとしているマロンに、あ
たしはそっと小声で呟いた。
「あいぼんはね、やっぱりあたしの、一番大事な友達だったよ」
そしたら、マロンはすこし首をひねって、一声だけ鳴いた。

602 :名無し募集中。。。:03/02/23 13:59 ID:IagZgNdR
保全

603 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:05 ID:5X8l9gBl
たいせつな思いは、伝えないと忘れてしまう。それがどんなに真剣な思いであっ
ても、そこに変なものが入り込む隙は、いくらでもある。そして。
マイナスな思いは、いちどそんな風に思ってしまうと、なかなか抜けることが出来
ない。それであたしはたいした根拠もなく、思う。あいぼんは、あたしのことが嫌い
になったんじゃないかって。
胸の中で抱いたマロン。あたしはそっとその背中をなでてあげる。くらい空を眺め
ていると、気分までくらくなってしまうように感じる。人気のない神社の中に、つめ
たい風だけが吹いている。寒いね、マロン、それにしても、どうしてこんな。

604 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:06 ID:5X8l9gBl
わるいことは、わるいことを呼ぶ。そういう話をむかし聞いたことがある。はじまり
は、些細なことだった。あいぼんの家に行った次の日。あたしは、お母さんと喧嘩
をした。
「おかーさん、あたし、アイドルになるよ」
夕ご飯を食べ終わって、くつろいでる時のことだった。始めは、冗談のつもりで
言った。お母さんも最初は笑って、普通に聞いてたはずだった。
「なぁに、この間テレビでやってたやつ?」
「そうそう、オーデションするんだってさ、今度」
「オーディション?」
「そう、オーデション」
話しながら、あたしはなんだか嬉しくなってきた。あいぼんに話した時もそうだった
けど、どういうわけかこの思いつきは、口にだすとすぐにあたしの中できらきらと
輝いてくる。あたしは、また夢中になって、お母さん相手にまくしたてた。
そうして調子にのってきたというか、勢いがついてきたというか、あたしはすこし大
袈裟なことを、言ってしまった。
「こないだ話して決めたんだ、あいぼんと、一緒に受けようって」

605 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:06 ID:5X8l9gBl
お母さんは、その時お皿を洗ってたんだけど、その手がとまった。ゆっくりと振り
かえった時には、すごく怖い顔になっていた。
「いけません」
あたしは、何がなんだかわからなかった。今まで、にこにこしながら聞いてたはず
の後姿が、振りかえったらあんな顔になってる、その意味がわからなかった。
「いけません、って、なんで?」
「…そんなことより、あんた最近、成績落ちてきてんじゃないの?」
苦いものを、はきだすようにして、お母さんは言った。
「あんまり遊んでばっかりいないで、ね?高校行けなくなったらどうする気?」

アイドルになるから、高校なんて行かなくても大丈夫──言えるわけがなかった。
「あんたはね、コドモだから、何にもわかってないの」
お母さんは手をふきながら、こっちに近寄ってきた。
「のの、コドモじゃないもん!」
「いーえ、コドモなの。カゴさんだって迷惑してるはずよ、そんなの決められて」
カゴさんだって、迷惑している。そうお母さんは言った。
「…でも」
「カゴさんだってね、優しいからあんたに合わせてくれたのよ」
そう、あいぼんは確かに優しい。あたしはそれを知っている。その言葉に戸惑い、
口篭もるあたしを見ながら、お母さんは勝ち誇ったように笑った。それ、見なさい
とばかりに。
そうして、あたしの頭に反論は浮かばない。ちらつくのは、あの時のあいぼんの
顔。「いいよ」と言った時の、あの微妙な表情。
「…もう、いいよ」

606 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:07 ID:5X8l9gBl
もう、なにも話す気になれなかった。あたしは話を切り上げてたちあがると、わざ
と強めに足音を立てて、玄関に向かった。
「出かけてくる」
後ろから、聞こえてくる声。
「ちょっと、どこ行くの?」
「かんけーないでしょ!」
近所に響くくらいの勢いで叫んだ。バタンとドアを閉めて、あたしは走った。そうい
う時お母さんは、絶対に追いかけてこないんだけど、それでもあたしはなぜか
走ってしまう。そうして走り出す時には特に、行き先は考えてないんだけど、あた
しはいつも気が付くと神社にいる。その日も結局、あたしは気付くと神社の入り口
で、息を弾ませていた。
マロンはあたしを見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。マロンを抱いて、あたし
は階段のところに座った。ふさふさした毛を撫でながら、あたしはマロンに向かっ
て、お母さんの悪口をぶつぶつと言った。お母さんはあたしを分かってくれない、
お母さんは勝手だ、お母さんは──
そのくせ、あたしはどうしてお母さんがあんなことを言ったのか、その理由を考え
ようともしなかった。そう、考えればすぐに、わかったことなのに。

607 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:09 ID:5X8l9gBl
黙ってシッポをふるだけのマロンを相手に、意味のない言葉を積み重ねて、どれ
だけの時間が経ったかわからない頃。向こうの方から声がした。
「おかーさん心配してるよ」
あたしは、顔をあげた。神社の入り口から、あいぼんがゆっくりと歩いてくるのが
見えた。
「帰ろうよ」
あたしは顔をそむけた。絶対に追いかけてはこないくせに、あたしの行きそうなと
ころに電話をしてまわる、そういうお母さんのやり方は卑怯だと思った。
「どしたの」
「お母さんと喧嘩した」
あいぼんは悪くない、そもそもあいぼんには関係ない。そうわかっていても口調
はつめたくなってしまった。
あいぼんはなにも言わずに、あたしの横に座った。

608 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:10 ID:5X8l9gBl
あたしはあいぼんに対して、さっきマロンに言ったのと同じようなことを話した。あ
いぼんの名前を出したことは抜いて話した。照れくさかったからだ。だけど、もう
ちょっと違う理由もあった気がする。
あいぼんはじっと黙って、あたしの話を聞いてくれていた。最初は夢中になって話
してたあたしも、話を続けていくうちに、なんだか気が散ってきた。そしてなんだ
か、やたらと変な考えばかりが頭に浮かんできた。
話してすっきりしたからかもしれない。あいぼんは寒くないだろうかとか、そう言え
ばいっつもあいぼんに愚痴ってるけど、あいぼんはめったに愚痴らないなとか。
考えがめぐるうちに、あたしの頭の中から愚痴っぽい部分が消えていく、そうして
迷惑かけてるんじゃないか、っていう思いが、かわりにあふれてきた。あたしは話
をやめて、あいぼんの顔をじっと見た。
「あいぼんごめんね」
ほんとはありがとう、って続けようとした。だけど、あいぼんは顔をそらしてしまっ
た。
「あれ、マロンがいない」
照れくさかったから、話を逸らしたのかな、って思ったけど、見まわしたらほんとに
マロンはいなくなってた。
「探そうよ」
あいぼんは、もう立ちあがっていた。

609 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:13 ID:5X8l9gBl
あたしもすぐに立ちあがった。あたし達は、マロンを探しに神社を見てまわること
になった。マロンはすぐに見つかった。
神社の裏の方は、ちょっとした林になっている。そこの一番大きな木の根元に、マ
ロンはいた。鼻をつけてふーふー唸っているマロンを見ながら、あたしはさっきの
照れくささをごまかすために、わざとふざけて言った。
「何か宝物でも埋まってたりして」
昔話に、そんなのがあった気がする。犬がここ掘れわんわんって──
「なわけないじゃん」
あいぼんはぴしゃりと言った。それはびっくりするほど、つめたい声だった。一瞬
あいぼんってわからなかったくらい。ここには、あたしとあいぼんしかいないのに。
「それより、行こ」
「どこ行くの?」
「ののん家」
「えぇー」
「お母さん心配してるよ」
そう言うと、くるっと振り向いて、あたしの肘をつかんだ。あいぼんのその顔。その
目はあたしの戸惑いも、反抗も、映していない。どこか機械的な動きで、あたしの
肘を引っ張って神社を出ようとするあいぼん。雰囲気が一瞬にしてかわったこと
に、あたしはもう気付いていた。
いつか見た「怖いあいぼん」がそこにいた。
逆らうこともできずに、あたしはあいぼんに付いて、神社の入り口へと向かった。

610 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:14 ID:5X8l9gBl
もちろん、嫌だった。家出なんて大袈裟なものじゃないし、いつかは帰らなくちゃ
いけない、ってことももちろん知ってたけど、でもこんな終わりは嫌だった。でも、
言えない。もうあいぼんはきっとあたしの話を聞いてくれないだろう。
もう少しで泣きだしてしまいそうになった。でもあたしは泣かなくてすんだ。あいぼ
んの足がふっと止まって、いつのまにか、一台のバイクが神社の入り口で止まっ
ていた。

「カゴぉ」
バイクに乗っていたのは、派手な髪型をして、ヘルメットも被っていない人だった。
さいしょ絡まれたのかと思ったあたしは、ちょっとびっくりしたけど。
「なんだ、友達も一緒か」
「なにしてんの、ヨッスィ」
ヨッスィと呼ばれたバイクの人は、いかにも気安そうに、あいぼんに向かって手を
あげた。あいぼんもそれをうけて笑っていた。
「んーちょっとね、こいつの顔を見に」
「ヨッスィもマロン知ってんだ」
「へー、こいつマロンって言うんだ」
そうして頭を撫でられて、マロンは嬉しそうにシッポを振った。それを見ながら、あ
いぼんも笑っていた。
あたしの緊張みたいなものはほどけた。バイクの人も笑顔でマロンを抱き上げて
いた。それをあたしはぼんやりと眺めながら、笑った。悪い人ではない、と感じ
た。さいしょの雰囲気こそとげとげしかったけど、なんだろう、どこか安心できると
ころを残したような。それはどこかあいぼんに似ていた。

611 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:16 ID:5X8l9gBl

「乗んなよ、送ってやるから」
「…いいです」
話しているうちに、なんだかおかしなことになってしまった。
「ごめんね、のの。この人バカだから」
「そう…あれ、今バカって言った?」
「言ってないよー」
あいぼんは笑いながらあたしの方に近付いてきて、そっと耳打ちしてきた。
「バイク買ったばっからしくて、乗っけたくて仕方ないんだよ」
「おい、何こそこそ言ってんだ?」
「なんでもなーい、ね、のの」
「…うん」
あたし達はバイクを押しながら、あたしの家に向かって、川沿いの夜道をゆっくり
と歩いた。

612 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:17 ID:5X8l9gBl
あいぼんはとてもよく笑った。学校ではとても見せないような、はしゃいだ口調で
喋った。
「こいつほんとガキだからさぁー」
と、ヨッスィさんが時々あたしに言った。あたしは頷いたり、曖昧に笑ったりした。
そこには、まだあたしの知らないあいぼんがいて、あたしは笑ってこそいたけど、
なんだか寂しいような不思議な気持ちになったのを覚えている。
学校の近くの、橋のところであたし達はわかれた。
「もういいからさ、あたしここで待ってるし」
「そうだな、じゃ、乗りなよ」
「あ、…うん」
戸惑うあたしをよそに、バイクは走り出した。渡されたピンクのヘルメットは、あた
しにはすこし大き目で、走ってるうちにかたむいてきて、あたしは目隠しされたみ
たいになってしまった。
「どーだぁ?気持ちいーだろー!?」
「うん!」
ものすごい勢いの向かい風と、ちょっとしたスリルに震えながら、あたしは大声で
答えた。

613 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:17 ID:5X8l9gBl
「ただいまー」
「…おかえり」
バイクはお世辞にも快適じゃなかったけど、それでもやっぱりすっきりしたのか、
家に着くころには気まずさを忘れていて、あたしは普通にただいまと言えた。色々
あったせいもあるんだろうけど。
「ねぇ、バイクの音がしたけど」
お母さんは、すこし眉をしかめていた。あたしはごまかそうかどうか、ちょっと迷っ
たけど、結局正直に言う事にした。テーブルに座って、今あったことをあたしは、
お母さんに説明した。
「…そう、それで、送ってもらったんだ」
あたしは頷いた。
「その、バイクの人は、カゴさんの友達なのね」
お母さんは独り言みたいにそれだけ言うと、「あ、もう寝なさい」と言ってくるっと振
りかえった。あたしはそれにしたがって、部屋に行った。

614 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:19 ID:5X8l9gBl
すぐに寝ようとしたけど、あいぼんの顔がちらついてあんまりよく眠れなかった。
それは次の日になって、学校に着いてからも続いた。あたしは気が付くと、あい
ぼんのことを、ヨッスィさんのことを考えていた。
なんとなく、なんとなくだけど、あたしはあいぼんに対して、孤独っていうイメージ
を持っていた。あんな顔で笑ったり、甘えた様に喋るあいぼんを、あたしは見たこ
とが無かった。そう、あたしと一緒にいる時でさえも。
二人はあの後どうしたんだろう、そんなことを考えたりもした。考えながら、胸がも
やもやしてくるのを、あたしは抑えられなかった。もやもやがどこから来るのかは
知らなかった。ただ、それがよくない感情だってことだけがわかっていた。

「あぁ、今日も来てないみたいよ」
昼休みに会いに行った。あいぼんは、やっぱり来てなかった。あたしは、正直
ちょっとむかついた。人の気も知らないで、あいぼんは。あの後どっか遊びに行っ
たのだろうか、それでまだ寝てるのかもしれない。じゃなかったら、まだ遊んでる
のかも。
あたしの頭の中で、昨夜のバイクの人とあいぼんの、仲の良さそうな様子がちら
ついた。あたしはぶんぶんと頭を振った。あいぼんのことなんて、知るもんか。と
思った。
昼ご飯は、クラスの友達と食べた。

615 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:20 ID:5X8l9gBl
帰り道はいつものように、クラスの友達とはしゃぎながら帰った。だけどあたしは、
ちょっと気を緩めると、いつのまにかぼーっとしていた。
「どうしたの?辻ちゃん」
聞かれるたびに顔をあげて、あたしは笑顔になった。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
あたしは自分を、なんだかあいぼんみたいだな、と思った。ぼーっとして、ひとの
話を聞かないあいぼんの、気持ちがちょっとだけわかった気がした。なんだか会
話がぜんぶ、あたしに全然関係ないところで、頭の遠く上をとおりすぎてくみたい
に感じた。

616 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:20 ID:5X8l9gBl
とつぜん、みんなが急に黙った。あたしは顔をあげた。昨日のあたしみたいな表
情で、みんなが後ずさりしているのが見えた。目の前にはバイクの人、つまりヨッ
スィさんが、バイクの上であたしに向かって手を挙げていた。
「おーい」
のんきな声でそう呼びかけて来た。あたしは、呆然とする友達を尻目に近よった。
「き、昨日はありがとう」
なんとか声は震えなかった。
「あ、お友達なんだ…」
「…辻ちゃん、じゃあ、明日ね」
みんな、そそくさと手を振って、すぐに先へ行ってしまった。その様子を、睨みつけ
るようにして、ヨッスィさんがぼそっと呟く。
「なんだ、感じ悪ぃな」
あたしはびくっとした。本当に、怒っているような口調だった。
「…それとも、もしかして、ちょっと場違いだったかな?」
そう言って、ヨッスィさんはにやっと笑った。顎に手なんて当てたりして、それはす
ごく、安心するような笑顔だった。あたしは、その顔を見つめながら、とつぜん何
かを話したくなった。

617 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:21 ID:5X8l9gBl
「昨日は、ありがとう」
とりあえず、あたしはもう一度、繰り返した。結局、さしあたって、他に言うことがな
かったからなんだけど。
「ん?あぁ、いいよ」
「あのぅ…えぇと…」
あたしはちょっと口ごもった。それはなんていうか、困ってたから。そしてなんに
困ってたかというと、それは。
「うんと…ヨッスィさん?」
あたしがそう呼ぶと、ヨッスィさんは、飛び出すんじゃないかってくらい、目を丸くし
た。それから、火がついたみたいに笑い出した。
「はははは…やっぱカゴの友達は、おもしれーな」
涙目になりながら、笑い止むまであたしは、ちょっとむっとしながら待った。
「だって他に呼び方が」
「いいよ、ヨッスィで。あだ名なんだからさ。あだ名にさん付けかよ!」
「うー」

618 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:23 ID:5X8l9gBl
ヨッスィさんあらためヨッスィは、偶然この近くを通りかかったという。ちょっと顔を
合わせただけのあたしを、あんな風に家まで送ってくれたり、今日みたいに偶然
あっただけでも、きちんと声をかけてくれる、そんなあったかさのようなものが、あ
たしの口を滑らかにした。
「あのぅ、あいぼんのことなんですけど」
あたしは、そう切り出した。
「カゴのこと?なに、あいつなんかやらかしたの?」
「あいぼん、最近ちょっとおかしくないですか?」
「おかしい?」
「なんか、変なんですよ、どこが変とか、ちょっと一口では言えないんですけど」
あたしはヨッスィさんに、月曜日からの、おかしなあいぼんの様子を説明した。学
校に来なかったり、時々おかしな様子になったり…ヨッスィさんは難しそうな顔で、
腕組みをして聞いてた。時々よくわからないところで反応したりもした。
「なんか、変な本とか持ってて」
「変な本?」
「変な本です」
「…あぁ!変な本ね」
「そう、変な本…なんて名前だっけ」
「いや、名前はいいでしょ、この際」
ヨッスィさんは、そう言ってちょっとにやにやした。でも大体はまじめに聞いてくれ
てた。こんな調子で、話がひととおり終わると、ヨッスィさんは一言、まとめるよう
に呟いた。
「あいつはね、変な奴なんだよー」
変な奴、の一言で済まされては、たまらない。あたしはすこし慌てた。

619 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:23 ID:5X8l9gBl
そんなあたしに、構わず続けるヨッスィ。
「こないだもな、家帰りたくないとか言い出して…」
「あのぅ、ヨッスィさん」
「…ヨッスィさんって言うな。な?」
「…じゃあ、ヨッスィ」
「何だ?」
「立ち話も、なんだから」
「…おぉ、そうか」
もっとじっくり話さなくちゃいけないような、気がした。ヨッスィも、もしかしたらそう
思ってたのかもしれないけど。色々考えた結果、あたし達は、神社へと向かった。
どこかお店に入ろうにも、二人ともお金をあんまり持っていなかったから。
ピンクのヘルメットを、あたしは今度こそずり落ちずに被ることが出来た。
「どうだー、気持ちいいだろー!?」
流れていく風景は確かによくって、あたしは大声で笑った。


620 :「なみだのりゆう」:03/02/23 21:24 ID:5X8l9gBl

…それからのことは思い出したくない。
ただマロンの命が消えて、まっくろな川に蛍が三つ流れた。

621 :「なみだのりゆう」:03/02/28 02:38 ID:HIHIoC6v
夜が明けて、学校に来ても、あたしの頭は現実を、なかなか認めたがらなかっ
た。衝撃はまるで、夢の中にいるような感覚に、あたしを落とした。あたしに見え
たことはすくなかった。あたしにわかったことはすくなかった。
つまりあいぼんだけじゃなくて、あたしもおかしくなってたんだと思う。マロンを失っ
たことがショックだったのかもしれない。でもそれだけじゃなくて、あたしはたぶん
疲れてたんだと思う。
ここしばらくが、なんだかめまぐるしかったからかもしれない。

622 :「なみだのりゆう」:03/02/28 02:39 ID:HIHIoC6v
「ねぇ、知ってる?カゴさんの話」
「聞いたきいたー」
「あ、辻ちゃん聞いた?」
昼休みの教室は、あいぼんの話でもちきりだった。
「なんかー、私服で来たらしいよー学校に」
「で、すっごいのが、思いっきり化粧してたんだってー」
「結局ソッコーでつまみ出されたらしいよ、何考えてんだろね!」
みんなは本当に嬉しそうな声で、カゴさんのことを、カゴちゃんのことを話し合って
いた。あたしはぼんやりと、昨日のあいぼんを思い出していた。

623 :「なみだのりゆう」:03/02/28 02:41 ID:HIHIoC6v
ヨッスィに呼ばれて、あいぼんが神社まで来た時には、涙で滲んで顔がよく見え
なかった。つめたくなったマロンを抱きかかえるあたしに、近づいてきたあいぼんは、
口を開くと、真っ先にこう言った。
「命なんてあっけないもんなんだよ」
そんなコメントなんて、誰も聞きたくなかった。「怖いあいぼん」は、マロンの死すら
悲しむことができないのだろうか、とあたしは思った。
「そんなことなんで言うの?」
そう答えたあたしに、あいぼんは返事をくれなかった。ただつめたい目を、観察す
るようにあたしとマロンに向けただけだった。
会ってから一日にもならないけど、声を荒げてマロンの死を悼むヨッスィの方が、
まるで昔からしってる人みたいで、それに比べてその時のあいぼんは、まるでし
らない人のような感じがした。
もしかしたらあいぼんは、しらない人になってしまったのかもしれない。いつのま
にか。そんな気が、した。

624 :「なみだのりゆう」:03/02/28 02:42 ID:HIHIoC6v
「ねぇ、辻ちゃん、カゴさんってさぁ…」
友達が目を輝かせて、あたしに言う。
「しーらない」
少なくともカゴさんだか、カゴちゃんだか、知らないけど。あたしはそんな人は知ら
ない。あたしは話を打ち切って、そのままぼんやりと、窓の外を眺めていた。そう
してその日は一日中、窓の外を眺めていた気がする。
学校が終わって、友達と喋りながらの帰り道でも、やっぱりあたしは上の空だっ
た。
で、頭をよぎるのは、やっぱり思い出したくもない、昨日のことばかりだった。

昨日のことと言っても、途中のことはほとんど覚えていない。気づくと、バイクが止
まって、家の前にいた。あたしはふらふらとバイクを降りて、ドアを開けようとし
た。
「…なぁ、元気だせよ」
ヨッスィの声がした。あたしは軽く頷いただけでまたドアに振り返った。家に入ろう
とするあたしに、ヨッスィが言った。
「なぁ、怒ってんのか」
怒ってはいないよ、とあたしは思った。ただひとつだけ言いたいことがあった。
「さっきの、さっきのあいぼん」
その時、ヨッスィの顔がすこしだけ固まった。
「…ひどいよね」

625 :「なみだのりゆう」:03/02/28 02:43 ID:HIHIoC6v
どこかに寄るという話からわかれて、あたしは一人で家に帰った。ここしばらくの
疲れを癒すかのように、あたしはすぐ部屋に入って、昼寝をした。
眠る前にマロンのことを考えた。その時はじめて、マロンが死んだことを、あたし
は誰にも言っていないことに気が付いた。
夕食に呼ばれるまであたしはぐっすりと眠った。お母さんの声であたしは目を覚
ました。

お母さん。
二日連続で、夜遅くバイクで帰ってきたあたしに、お母さんは何も言わなかった。
ただ非難っぽい目付きを向けてきただけだった。ねぇ、あなたもわかってるでしょ
う、だから何も言わないけど…と、そんな風な感じの目付き。急にちらついたのは
あいぼんの顔。あたしは、その時ようやく気が付いた。
お母さんはあいぼんのことが嫌いだってことに。

626 :「なみだのりゆう」:03/02/28 02:43 ID:HIHIoC6v
夕食は最初からおかしな雰囲気だった。険悪じゃないけど、どこかよそよそしいと
いうか、誰もしゃべらないし、しゃべってもどこか水臭い感じで、もうとっとと食べ終
わってあたしは、一刻もはやくそこから離れたかった。
その時、電話が鳴った。家の電話だった。
「はい、おりますけど。ご用件は。はい、今夕食の最中なんですよねぇ…」
電話に出たお母さんの、妙にとげとげしい口調が気になった。
「はい、すいませんが…」
早く切ろうとする、お母さんの様子で、あたしはピンと来た。電話の相手が。
「いいよ、換わるよ、何いってんのお母さん!」

「あぁ、のの、お願いがあるんだけど」
無理矢理電話を換わったはいいものの、そのけろっとした声を聞いていると、きっ
とマロンのことなんて、もうとっくに忘れてるんだろう、そう思えてきて、あたしはま
た腹が立ってきた。わざわざ出るんじゃなかった…とあたしは思った。
「あいぼん、どしたの」
わざとつめたい声を出した。あいぼんは、気づいただろうか。すこしの沈黙のあ
と、あいぼんはどちらともとれるような声で、言った。
「いや、今日泊めてほしいんだけど」
あたしは声が出なかった。

627 :「なみだのりゆう」:03/02/28 02:45 ID:HIHIoC6v
「ほら、のの、ご飯冷めちゃうから早く戻りなさい!」
お母さんが、わざと大声で怒鳴った。そうすればあいぼんにも聞こえるからだ。あ
たしもほんとは、早く切りたかったんだけど、だけどそういうやり方はずるいって
思った。
「わかったって、今戻るからぁ!」
振りかえって、怒鳴る様にそう言うと、また受話器に口を当てて言った。
「…ねぇあいぼん、悪いけど今日は無理だよ、だっていきなりだし」
「ふーん、わかった」
あいぼんはそう言った。ぜんぜん興味のなさそうな声で、そう言った。まるで最初
からどっちだってよかったみたいな、その言いかた。いくらなんでもひどい、って
思った。
そう思ったその時、あたしは、変なことを言い出そうとしていた。
「あとさ、なんか噂になっちゃってるんだよ」

628 :「なみだのりゆう」:03/02/28 02:47 ID:HIHIoC6v
「ウワサ?」
「お母さんが、なんかあいぼんとは付き合っちゃいけないって言ってるの、今日も
学校でさ、あいぼんのこと問題に…」
電話はいつのまにか、切れていた。つー、つーという音を聞きながら、あたしの胸
の中にいろんな思いがこみあげてきた。
「終わったの、ほら、食べなさい」
「いらない」
あたしはそう言って、部屋に向かった。背中からお母さんがあたしを呼んだ。聞こ
えたけど、振りかえらなかった。

どうしてあたしは、あんなことを言ったんだろう。あいぼんは、どうして泊まりたい
なんて言ったんだろう。あふれる疑問は全て、後悔につながった。気が付くと涙が
溢れて、止まらなかった。部屋に戻って、枕に顔をつけた。あいぼんごめんね、あ
いぼんごめんねって、胸の中で何度も繰り返した。
いくら腹が立ったからって、こんな敵討ちはないよね──思い返すだけで、顔が
真っ赤になった。自分が恥ずかしくてしょうがなくて、あたしはまた泣いた。

629 :「なみだのりゆう」:03/03/03 23:16 ID:H16IdJm5

謝ろう、謝るべきだと、そう思った。だけど謝るだけじゃ足りないとも思った。あたし
はあたしなりに、色々なことを考えた。胸がいたくなったり、そのうち疲れてき
ちゃったりして、考えはなかなかはかどらなかった。
あいぼんは、あたしのことが嫌いなんだろうか。
あたしとあいぼんは本当に友達なんだろうか。
ほんとの友達ってなんだろう。
色々なことを考えたり思い出したり、それを繰り返したりして、少なくともこれだけ
はわかった。
あたしは、ほんとのあいぼんを知らない。

630 :「なみだのりゆう」:03/03/03 23:17 ID:H16IdJm5
次の日、目を覚ますとあたしの目は赤く腫れていた。そんなにひどくはなかった。
顔色もわるくて、どちらかといえばそっちの方が目立っていた。時計を見ると、四
時をすこしまわったところだった。ずいぶん早く起きちゃったことに気が付いたけ
ど、いまさら寝る気にもなれなくてあたしは、とりあえず立ちあがってカーテンを開
けた。
空はまだ暗かった。だけど向こうの方から、すこし薄い白が広がってきているよう
に見えた。窓を開けると、冷たい風がふわっと吹き込んでくる。目のあたりが冷や
りとして、気持ちが良かった。窓枠に肘をついて、しばらく空を眺めていた。
涙のつぶがひとつふたつ出てきて、視界をにじませる。まばたきすると、その度
に空がどんどんぼやけていくのがわかった。朝日がそのうちのぼって、まっしろな
光が射すと、辺りの闇はやがて分裂していくみたいに、ほどけていく。

631 :「なみだのりゆう」:03/03/03 23:18 ID:H16IdJm5
制服に着替えるまで、土曜日だってことに気が付かなかった。通学路をたどりな
がら、あたしは一週間をほんのすこし振りかえった。そのうち、なんだか笑いそう
になった。
あたしは落ち込んでいたし、疲れていたし、それに、傷ついてもいた。色々あった
気はするんだけど、でも、じゃあ実際何があったかって聞かれたら。
言えるのはせいぜいマロンのことくらいで、あとはとるにもたらないことばっかり。

傷ついたような顔でぶつくさ考え込んでるのは、あたし一人だけだって思った。あ
いぼんのことだって、今はこうしてぐじぐじ悩んでいても、実際あいぼんに会った
ら案外──そんな風に思うと、あたしの気持ちはかるくなって、そしてやたらと、あ
いぼんに会いたくなった。

632 :「なみだのりゆう」:03/03/03 23:21 ID:H16IdJm5
だけど学校では、あいぼんに会えなかった。休み時間には廊下にも出ずに、ずっ
と教室にいた。あいぼんには会いたかったけど、なんだか中途半端に顔を合わ
せるのがつらかったから、あたしは放課後を待った。
そうして放課後、あたしは校門のかげで、あいぼんを待ちぶせしていた。不意打
ちみたいにして謝って、それから二人きりでゆっくり、裏山かなんかで話をしようと
思っていた。それは軽い思いつきだった。だけどその時のあたしには、とてもいい
思いつきに感じた。
ひとつだけ誤算があった。あいぼんは、いつまで経っても出て来なかった。
「カゴちゃん待ってるの?」
通りかかったあいぼんのクラスの子が、声をかけてきた。待ち疲れて、力なくうな
ずくだけのあたしに、その子はなんだか申し訳なさそうに教えてくれた。
「カゴちゃんね、四時間目の途中で逃げちゃった」
逃げちゃった、という言葉とほとんど同時に、あたしから逃げていくあいぼんが頭
に思い浮かんだ。全力ダッシュで逃げていくあいぼんは、イタズラっぽく笑ってい
た。
「なんかね、呼び出し食らってたみたいよ、だからじゃん?」
あたしは礼を言って、とりあえず歩き出した。足は当然のように、あたしの家とは
逆の方向を選んでいた。

633 :「なみだのりゆう」:03/03/03 23:22 ID:H16IdJm5
あたしはぶつぶつと考えながら、川沿いの道を歩いた。あいぼんの家に向かっ
て。あいぼんに会いたいという気持ちは、あいぼんに会わなきゃという気持ちに、
いつのまにかすりかわっていた。そうしてその時のあたしははたして、なんであい
ぼんの家に行こうとしたのか、あいぼんに会ってどうしたかったのか。自分でも
はっきりとはわからないでいた。
あたしは得体のしれない感覚のせいで、なぜかひどくあせっていた。その感じは
あたしがこれまでに、いちども抱いたことのないものだった。強いて言えば四日く
らい前に、あいぼんの家にお見舞いに行った時に、これと似たような感じを抱い
たことがあった。
それは、言葉ではうまく説明できない感覚だった。根拠はないけど、頭から離れ
ないというような、予感のようなものなのかもしれない。でも違うかもしれない。と
にかくあたしは感じていた。あいぼんがこのまま、あたしの前から消えてしまうん
じゃないかという、そんな予感のようなものを。
あいぼんの家のちかくまで来たところで、あたしはちょっとした異変に気が付い
た。

634 :「なみだのりゆう」:03/03/03 23:26 ID:H16IdJm5
神社の、鳥居のあたりに人だかりが出来ていた。何か事件があったみたいで、警
察の人なんかもいた。あたりには興奮した感じのおばちゃん達が集まって、色々
としゃべっていた。
明らかに、たたごとじゃないみたいな様子だった。いつもだったら、どうしたんだろ
うなんてどきどきして、あたしもやじ馬の一人になるところなんだけど、その時は
全然興味もわかなかった。あいぼんのことで頭がいっぱいだったし、それに神社
にはもう──変な言いかただけど──しばらく関わりたくなかった。
あたしはその脇を通り過ぎると、深呼吸をして、あいぼんの家のピンポンを押し
た。しばらく待ったけど、反応がなかった。なんだか勢いづいてきたあたしは、何
度もピンポンを鳴らした。だけど反応がなかった。
あたしは鳴らすのを諦めた。留守だな、と思ってがっかりしつつも、正直すこし安
心をした。少なくともひとつは義務をはたした、というような気持ちになった。その
時あたしの頭からは、あせりや、不吉な予感は消えていた。むしろ晴れ晴れした
気持ちにすらなっていた。

635 :「なみだのりゆう」:03/03/03 23:31 ID:H16IdJm5
思い返せば、それは随分不思議な感じだった。チャイムをいくつか鳴らしただけ
なのに、どうしてそんな気持ちになれたのだろうか。
それからあたしは振りかえった。神社の前のやじ馬、みんながおかしな目つきで、
あたしを見ていた。

もったいぶった顔で、おばさんの一人が前に出て、声を殺すようにして、言った。
「あなた、ここの家の子の友達?」
あたしは頷いた。頷いた瞬間、悪い予感がむくむくと雨雲のようにあたしの胸を。

636 :名無し募集中。。。:03/03/06 11:57 ID:1HAg9Orh
吃驚する位下手糞ですね。自己満足DQN逝ってよし

637 ::03/03/06 15:41 ID:l16aqWHu

モーヲタは包茎!

モーヲタは童貞!

モーヲタは悪臭!

(;゚д゚)キモ‥・



638 : :03/03/07 01:51 ID:NGrNbwHp
(〜´◇`)<あぁ〜凹む。マジ凹む。

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